月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第27話 紅い魔女再び

寒い日が続く中、春の日差しを薄っすらと感じる、穏やかなノルトの街。

その片隅にある雑貨屋『ジャック・オ・ランタン』の2階では、厳冬に逆戻りの如く、冷たい空気が流れていた。

テーブルを挟んで片方には、店主であるロキと、店の従業員のリィズ。

   もう片方には、オーネスト家当主にして、ノルト領の主たるカサンドラ・オーネスト、そして彼女の後ろにはオーネスト家の執事長を務めるマリス・オットーが控えていた。
  
「あら、美味しいわねこのお茶。香りも中々私好みだわ。」

「あ、ありがとうございます、オーネスト様。」

カサンドラは、リィズの入れたお茶に感想を述べると、リィズは少し嬉しくなった。

「それで、今日は何の用だカサンドラ?」

(マスター!さま!様ですよ!)

リィズが例の如く、小声でロキに注意を入れる。

「性急ね…。まあ、いいわ。」

カサンドラはカップを置くと、考えをまとめる様に、軽く深呼吸をした。

「近々、私は王都へ行きます。その従者としてあなたに一緒に来てもらいたいの。」

「王都と言えば、ヘイムダルだったか?」

「ええそうよ。国王とその王族、貴族達が住まうアルヘイム最大にして首都ヘイムダル。ノルトの街も決して小さい街ではないけど、王都と比べてしまうと、ノルトも辺境の村になってしまうわね。」

「お嬢様、ノルトのご領主であられるあなた様が、ノルトの街を辺境などと申されていては、いささか不穏なことでございます。」

オットーがカサンドラを諌めると、彼女は肩をすくめた。

「でも、事実だわオットー。街の規模や経済で見ても、ここノルトとはかなりの差がある。その事は、認めないといけないわ。認めてから初めて、物事は進む事もあるということよ。

失礼しましたと言わんばかりに、オットーはカサンドラへ一礼した。

カサンドラはカップを持つとお茶を一口飲み、改めてロキの方へ向き直った。

「話が逸れちゃったわね。今回のヘイムダルへ出向は、王女殿下のご指名なのよ。」

「王女殿下?王様に娘がいたのか?」

カサンドラは、小さく溜息をつくと赤い髪をクルクルと弄んだ。

「王女様って、ティファナ姫様のことですか、オーネスト様?」

「あら、リィズは知っているのね。相変わらず、ロキはこういう世間的な良識に疎いわね。」

カサンドラはジト目でロキを見ると、ニヤリと笑ってみせた。

「大きなお世話だよ。だけど、何で王女様がお前をご指名なんだ?」

(だから、領主様ですって〜)

「ふふ、リィズ良いのよ。彼は特別だから、私は好きに呼ばれても構わないわ。」

ロキに気を揉んでいるリィズに、気にしないでというカサンドラのことばに、リィズは少し胸をなでおろした。

そのやり取りを見ていたオットーは、カサンドラに耳元で囁いた。

「そうね、オットー、ありがとう。
ロキ、王女殿下のご指名の内容については、詳しくは話せないの。だけど、恐らくあなたにとっても重要なことになると思うわ。」

「それは……血のことか?」

カサンドラはコクンと頷くと、オットーを耳元に呼びなにかを囁いた。

「リィズ様。宜しければお店の中を案内して頂けますか?」

「ふぇ?」

いきなりオットーに話しかけられたリィズは、思わず変な声をあげてしまい、トレーで顔を隠してしまった。

「リィズ、オットーさんの案内を頼む。」

「は、はい。わかりましたマスター。」

ロキに支持され、リィズはオットーと2人、1階の店に降りていった。


「可愛い子ね。それに明るく素直な良い子だわ。」 

「ほぼ押し掛けの店員だけどな。押しの強いところは、誰かさんによく似ている。」

「あら、ひょっとして私のことを言ってるのかしら。私は押し掛けなんてしないわよ。押し付ける事はあってもね…」

「そういえばそうかもな。」

ロキは、ほんの少し自分が笑ったことに気づいた。

「そうやって少しは笑いなさいな、ロキ。そうすれば周りから、親しみを持たれやすいから。」

カサンドラは頬杖をつきながら、ロキの顔を指差した。

「オレは別に誰彼構わず親しくなりたいわけじゃないよ、リー。それに親しみを持ちたいと思える人とだけ、親しめば良いじゃないか?」

カサンドラは藍色の瞳を大きく開け、キョトンとした顔をした。

「な、なんだよ。」

「まさか、あなたがそんな事を言うとは思わなかったわ。あなた、基本的に人嫌いの気が強かったし、何より『親しみを持ちたい』なんて言葉が出るなんてね。何?心境の変化でもあったの?あのリィズってこの事?」

カサンドラが悪戯っぽく突いてくる。

ロキは、カサンドラの手を抑えて溜息をつく。

「それで、話を戻すが、王女様のご指名にオレが付いて行く理由を聞きたいんだが…」

「……手を離してくださる」

「あ、悪い」

ロキが手を離すと、カサンドラは背筋を伸ばし、さっきまでの笑顔を消し、領主の顔つきで話した。

「王都までと、その滞在中あなたには私の護衛をお願いします。」

首筋にピリッと電気が走るのをロキは感じた。

「出発は3日後の早朝、良いですね?」

「拒否権は?」
「無いわ」

ズバリと言い放つカサンドラの言葉は、切迫した危機感があった。

「わかった……引き受けるよ。」

「………ごめんなさい。そして、ありがとう。」

そう言うとカサンドラは、静かに席を立ち下への階段に向かった。

「今度…屋敷に商品を売りに行くよリー。」

カサンドラはピタリと足を止め、少しロキに振り向き口元で微笑んだ。

そして、カサンドラは階段を降りていき、リィズと少し話してから店を出て行った。

ロキは、カサンドラの座っていた席を見つめ、彼の手に残る彼女の細く冷たい手の感触を思い出していた。

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