月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第24話 帰り着いて…

ザッ、ザッ、ザッ…
軽快な雪を踏む音が足元から聞こえる。

先日から続いた寒波は、ノルトの湖に氷を張り、例年以上に雪が降った。

雪が止むと、街の至る所で雪掻きや雪下ろしをする人達で溢れ、ちょっとしたイベントの様になっていた。

十字橋の上でも、雪を避ける作業をしている人が何人もいた。

リィズは、橋を越え『ジャック・オ・ランタン』の店に続く街道を歩いていた。

まだこちらの方は雪掻きの手が届いていない様で、雪がやや固くなっていた。

店が見えると、扉のところに青く光るランタンが吊るされていた。

「…オースさん、だよね。」

「おお!これはリィズ殿、お元気になられましたこと、お喜びいたします。その…大変お手数なのですが、降ろして頂けると有難いのですが…」

「…いつからそこに?」

「3日前からでございます。」

(どうしてそんな長い間…?)

リィズが店を訪れたことに気が付いたオースは、必死に助けを求めてきた。

「ちょっと待ってね…」

バンッ!!

リィズがオースを降ろそうと手を伸ばした瞬間、重いはずのドアが勢いよく開き、ロキがすごい剣幕で出てきた。

「おい!勝手に降ろすな!」

「ご、ごめんなさい!」

「……リィズ、か?」

怒鳴った相手がリィズだと気付くと、怒りを収め、普段の態度に戻った。

「すまん。てっきりオースのやつが誰かを呼び込んだのか思ったんだ。……もう、怪我は、足は大丈夫なのか?」

「あ、はい。大丈夫…です。あ、あの…」

「とりあえず、寒いから店に入りな。……そいつ(オース)はそのままで良い。」

リィズは店の中に入ると、店の中が前に来た時とは少し違う印象を感じた。

ロキはリィズを店の2階に案内し、お茶を勧めた。

「あ、美味しい…」

出されたお茶を一口含むと、嗅いだことのないハーブの柔らかい香りが鼻を通り、少し緊張がほぐれた気がした。

ロキは、作業台のところで何かをしている様だった。
 
リィズは、もう一口だけお茶を飲み、カップをテーブルに置いた。

「あ、あの、鉱山では助けに来て頂いて、あ、ありがとうございました。」

普段、言い慣れていない言葉遣いは辿々しかったが、ちゃんとお礼を言いたいと言う気持ちの乗った言葉だった。 

「こちらこそ、すまなかった…」

(あれ?なんでロキさんが謝るんだろ?)

「今回の魔石のことに関しては、おれにも責任がある。リィズ、君が魔石のことを聞いたという老人のことなんだが……」

「ロキさんの知り合いなの?」

「……オースだ。」

「あの…ロキさん、それはどういうことなんですか?」

「オースは、少しの間なら蜃気楼の様に自分の姿を見せることが出来るんだ。」

リィズが十字橋のところで、出会ったのは、オースが作り出した仮の姿だった。

オース曰く、リィズの両親に対しての思いやりに打たれ、少しでも役に立てばとの行動だった。

「私の方こそ、ご迷惑をかけして、すみませんでした。それこそ、最初にロキさんに相談すればよかったと、今は反省しています。」

「そうか……、まあお互い無事に街に戻れたんだ、それでよしとしよう。」

「それと、助けてくれてありがとうございました!」

リィズは深く頭を下げた。

「もう良いさ。それに、鉱山でのことはあながち無駄でも無かったしな。」

「それって?」

ロキは、リィズの手を取り、何かを手渡した。
それは、樫の木を細く削り、腕輪状にしたものが2つあった。
腕輪は大小の大きさが違い、男性用と女性用の様だった。そして、腕輪のそれぞれに夜空の様な深い青地に、星の様な細かな粒が金色に輝く石がはめ込まれていた。

まるで、冬の星空をそのまま閉じ込めたかの様な美しさだった。

「キレイ……」

「リィズが鉱山で気を失っていた所に、これが落ちてたんだよ。それを一緒に持ち帰って、腕輪に加工したんだ。」  

「キレイ…」

リィズは、ロキの話よりも、その石の美しさに感動していた。

「……」

「あ、ごめんなさい。この石は魔石なんですか?」

「ラピスラズリという魔石の一種だが、顔料に用いられことがほとんどだ。」

「へー!?」

「…やるよ。タダで良い。」

「そんな!こんなにキレイなものなのに、タダなんてダメです。」

「それを掘り当てたのはリィズ、君だ。それに、君の両親には世話になってる。」

その後、何度もロキとリィズは押し問答を続けたが、ロキは半ば強引に腕輪を握らせた。

リィズは、お礼を言うと1階に降りていき、店を出ようと、ドアに手をかけたところで立ち止まった。

「あの……」

リィズは、2階の階段のところで見送るロキの方へ振り向き、声をかけた。

「ん?」

「私が気を失っている時に……、いえ、なんでもないです。」

リィズは夢の中で出会った白銀の狼のことを話そうと思ったが、変に思われると思い、言葉を飲み込んだ。

「デンゼルとモーラによろしくな。」

「あ、はい!また、お店に来て下さいね。」

そう言うとリィズは、ロキにもう一度お辞儀をして店を後にした。

外からリィズとオースが何か話している様だったが、最後はオースが泣き叫ぶ声がした。

ロキは2階の窓から東の空を見上げた。
灰色の分厚い雲がゆっくりと流れてくるのが見えた。

「今夜はまた積もるだろうな。雪に埋もれる前に、オースを戻しておくか。」

ロキは、一階に降りていくと、店の外に出た。
リィズの時よりも、さらに泣き叫ぶオースの声が響いた。

太陽の光が反射し、キラキラと輝く白い雪がノルトの冬を告げる。

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