月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第13話 不安と焦燥

日はもう傾き始めていた。

ザリュがアリシアをさらった後、部屋の家具は散乱し、ロゼッタとフレイアは床にたおれていた。

「ロゼッタ、大丈夫か?ケガは?」

ロキは、咄嗟に庇ったロゼッタを抱き起こすと状態を確認した。

「は、はい。私は大丈夫です。それよりも、おばあちゃんは?」

ロキは、フレイアの元へ駆け寄る。

「フレイアさん!フレイアさん!!」

「う……うーん。あ、ロキ、さん?」

ロキは、フレイアを抱え、そのままベッドに寝かせる。

ロゼッタは、庇った際に右足を挫いたようで、右足を引きずりながらフレイアの元へ駆け寄って来た。

「お、おばあちゃん。大丈夫だった?」

「ああ、ロゼッタ。私は大丈夫です。あなたの方はなんともない?」

「う、うん。私はロキ様に庇ってもらったから大丈夫だよ。」

「そう…う、ゴホッ!ゴホッ!」

急に、咳き込むフレイア。口を抑える手の隙間から、赤い血が少し滲む。

「お、おばあちゃん!!」
「フレイアさん!」

「はあ、はあ、だ、大丈夫。も、もう治ったから。」

とても大丈夫には見えない。肺を患っているとは聞いたが、かなり悪そうに見える。 

「あ、アリシアは?あの子はどこ?」

「…………じつは。」

ロキは、ここにくる途中、ザリュという黒服の男に襲われこと、それがアリシアを拐らったこと、日没までに探さないとアリシアを殺すということを説明した。

「そう、でしたか。」

「オレは今から、アリシアを探します。彼女を抱えたままでは、そんなに遠くには行けないと思う。ロゼッタは、ここでフレイアさんと待っていてくれ。」

「待ってロキさん。ロゼッタ、あなたならアリシアがいる場所を探せるでしょう。」

その言葉に、ロゼッタはビクッと身を震わせる。

「それはどういう?」

「わ、わたしには……そんな事…」

「いいえ、ロゼッタ。探してる人や物への想いが、強ければ強いほど、あなたはそれを感じて探すことが出来るはず。そう、教えたでしょう。」

「でも、でも!」

「頼むロゼッタ!どういうことかは、わからないが、ロゼッタがアリシアを探すことが出来るなら、それに頼るしかないんだ!」

「ロキ様……。そこまで、あの人のことを…」

ロゼッタは俯き、身を震わせていた。

「……ロゼッタ。あなたはわたしの家族よ。たとえ、血の繋がりはなくても、あなたは大切な、わたしのロゼッタよ。」

「おばあちゃん……」

ロゼッタは顔を上げて、フレイアの顔をみつめる。そこには、いつも見せてくれる祖母の笑顔があった。

  まだ、ロゼッタが小さい頃、食事を一緒に採る時も、夜中にフレイアのベッドに潜り込んだ時も、占いや、まじないのことを教えてくれた時、いつもそこにはフレイアの、家族を慈しみ、愛情に溢れる笑顔があった。

「さあ、ロゼッタ。これはあなたにしか出来ないこと。どうかあなたの力で、アリシアを助けてあげて。」

そういうと、フレイアは右手を差し出し、それをロゼッタが両の手で優しく包んだ。

ロゼッタは不安だった。アリシアがさらわれた時、真っ先に頭を過ぎったのは、自分なら占術で探知できる。でも、同時にフレイアのアリシアに対する想いの大きさも感じる事になる。

もし、自分よりもアリシアへの想いが強いと感じたならば……

そんな、嫉妬に似た感情を持ってしまったことが、ロゼッタが躊躇う原因となったのだ。

「これは…」

「これは、わたしがロゼッタに教えた占術の一つで、人や失い物を探す方法です。
対象となるものに対して、思い入れが強ければ、それだけより具体的な場所を示すことができます。」

聞き取れないほど小さな声でロゼッタが、言葉を紡ぐ。

「我……求めて………導きの……」

ロゼッタとフレイアの周りの空気だけ澄んでいくような感覚をロキは感じる。

「暗い……怖い…………ダメ!わたし彼女のことを感じ取れない!」

ロゼッタは、膝をつきフレイアの手を握りしめる。

「落ち着いてロゼッタ。」

「でも、わたし…わたしの力じゃ、イメージしか感じ取れない。」

「………今から、わたしの想いを魔力に込めて、あなたに託します。その力を使いアリシアの場所を突き止めなさいロゼッタ。」

その言葉にハッとするロゼッタ。

「ダメ!!今のおばあちゃんがそんなことしたら、身体にどんな影響が出るかわからない!」

「ロゼッタ……ごめんなさいね。あなたのことを大切に想っているのと同じくらい、アリシアのことも大切に想っているの。だから、どうかわたしのお願いを聞いて頂戴。」

少しの沈黙のあと、ロゼッタはフレイアの顔を見上げて、少し微笑み、また立ち上がり目を瞑った。

先程とは、空気の流れが明らかに違う。
フレイアからロゼッタへ、何かが流れ込んでいく様に空気が騒めく。

音は無いはずなのに、空気が振動しているかのような錯覚。

「アリシアさんは……暗い部屋にいます。水の流れる音……何か金属が擦れる音がします………これは……時計?」

「水の音ということは、水路か!?」

ロゼッタは、地図を取り出しペンで印をつける。

シュトルゲンの水路は、街の東西と南側を流れ、街を1周するような流れ方をしていた。

だが、時計の設置されているのは、教会や役場であり、どこも水路とは距離があり過ぎる。

「水路があって時計の音がする所………、クソ、両方があるところなんてどこにもない!」

ロキは、地図を見て場所を確定しようとするが、ロゼッタのいう条件に合うところが見当たらず、焦りだけが募る。


「セントラル広場の時計台!」

不意に、ロゼッタが叫ぶ。
ロキはすぐに、地図を確認する。が、時計はあっても、水路はだいぶ離れている。

あるのは、花壇と大きな時計台、そして噴水があるぐらいだ。

「噴水?そうか、水路じゃなくて、噴水か!?」

「そうです!ここは、小さいですが、噴水があります。きっと地下か見えないくらい細い水路が引かれてるはずです!」

「わかった。ロゼッタはここに居てくれ。フレイアさん、アリシアは俺が必ず助けて戻ってきます。」

目的場所が決まり、ロキはフレイアの家を飛び出した。

すでに、影が伸び始め、太陽が城壁の淵にかかろうとしていた。

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