月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第8話 灰色と黒と…

城塞都市シュトルゲン

この街は、街の周りを高い壁に囲まれており、盗賊や魔獣の襲撃を防ぐことが出来るようになっている。

そして、街の東西1つずつある門に厳重な管理を敷いており、人や物の出入りを憲兵隊が管理している。

ロキとアリシアは、カサンドラが持たせてくれた通行証を憲兵に見せると、憲兵は最敬礼して通してくれた。

「これ、凄いな。」
通行証を見て感想を漏らすロキ。

「カサンドラが凄いのよ。あなた、彼女とは深い関係の割に知らないの?」

「深い関係?」

「だってその…あなたと彼女って、男女の仲なんでしょ?」

「???…何の話だ?」

「だって夜に彼女を抱き上げて、部屋に入っていったじゃない。それってそういうことでしょ。」

この手の話はまだまだ苦手なのか、アリシアは頬を少し赤くして、言いよどんでいた。

(なるほど。酒に酔ったリーを部屋まで運んだのを何処からか見ていたのか。だがどうする、なんだか言い訳のような感じもするが。)

「失礼、お二方。何やら揉めていらっしゃるようですが、お困りごとですか?」

2人はとっさに振り向いた。
そこには灰色のローブを深々と被った者が立っていた。

「誰?」
警戒心をあらわにするアリシア。

「あ、いやこれは失礼。」

フードをめくり上げると、
短い黒髪と、日焼けしたかのような褐色の肌、そして髪と同じく黒い瞳の女性の顔ががあらわになった。

「私は、ロゼッタ。このシュトルゲンで、占い師をしています。見かけない顔でしたので、おそらくここに着いたばかりかと思いまして。」

そういうとロゼッタは、ニコリと笑い八重歯を覗かせた。

「お二人は、シュトルゲンへは何をしにいらっしゃったので?」

ロキは、アリシアを見て頷いたことを確認した。

「オレはレイ。彼女はユアナ。ここには観光に来たんだ。宿を探していて、道に迷ってしまって。」

いきなり素性や目的を話すのは、危険だと判断したロキはとっさにウソをついた。

「おやおや、それはお困りですね。道案内をして差し上げましょうか?」

「いや、もう少し自分たちで探してみるよ。ありがとう。」

「そうですか〜。私、翡翠館というところにおります。もし、この街でお困りなことがありましたら、おいで下さい。
それでは……レイ様。」

そういうとロゼッタはニコリと笑い、スタスタと歩いていった。

「なんだか不思議な人だったな。」

「そう!なら早く宿に行きましょ!レ・イ!」

(なんで機嫌が悪いんだ?)

シュトルゲンの東西の門に近いところは、主に商店や旅館などが立ち並び、街の真ん中に向かうほど民家や行政府の建物が増える。
そして、アルヘイム王国としては、珍しいことにシュトルゲンは貴族による統治ではなく、行政府は民間人から選出された老若男女で構成されている。


「さて、シュトルゲンまできたのはいいが、これからどうする?」

ロキがカサンドラから依頼されたのは、アリシアを無事にシュトルゲンへ送り届けること。

平たく言えばここで、ロキの仕事は終わりである。
アリシアは、少しためらいを見せたが、胸元から古い銅褐色のペンダントを取り出した。

「……ノルトの街に来る前のことはほとんど覚えていないの。ただ、このペンダントの裏に書いてある「フレイア・ノーベル」という名前は、シュトルゲンのノーベル家のことじゃないかと、カサンドラが教えてくれたの。」

「それを手掛かりに来たってわけだ…」

「フレイアという人が、私とどんな関係なのかはわからないけど、物心ついた時からこのペンダントは身につけているから、何らかの関係はあると思う。」

(どうやらここに、アリシアの身内がいるみたいだな。だとすると、その身内もダークストーカーなのか?)

「ロキ…」

思案の中、アリシアに呼ばれて顔を向ける。アリシアは目を見開いて、ロキの背後に視線を合わせている。

ロキは直感的にアリシアを庇うようにして、背後を振り向いた。

そこには、黒い人間が立っていた。
真夜中を人の形で切り取ったような、全身を黒の外套で覆い、魔法使いのような黒い三角帽子、顔にはこれまた黒い布を巻き付け目だけが見えていた。

ヤバイッ!!コイツはヤバイ!

さらに直感が頭に響く。

逃げろ!逃げろ!逃げろ!逃げろ!逃げろ!逃げろ!逃げろ!逃げろ!逃げろ!

ロキは身体中の血液が反射的に下半身へどっと流れ込むのを感じる。
ロキの腕にしがみつき、体を震わせるアリシア。
 
「へへ……逃がさないよ〜」

黒いモノは、2人の心を悟ったかのように無邪気に笑う。それはまさに、風体から黒い死神である。

「お前は誰だ!」

「………誰だっていいじゃないか。狩るものが、狩られるものにワザワザ名乗ったりしないだろ?」

そういうと、男とも女とも判断がつかない声の主は、懐から刀身に穴の空いた奇妙な形のナイフを取り出した。

「ハンターなの……?」

アリシアは迫り来る恐怖と戦いながら、相手の正体を知ろうとしている。

「ああ、健気だね〜。お嬢ちゃんもいい声で歌ってくれそうだ。ダークストーカーを狩るのは久しぶりだしね〜。」

「お前、オレ達がダークストーカーだと知ってるのか!?いつからだ!?」

黒のハンターは、首を傾げるような仕草をみせる。

「おやおや?おやおやおや?お前は私を覚えていないのかい?ロキ…」

「なぜ名前を!?」

「3年前のお話です。旅をしている家族がいました。両親と娘の3人は、遠い異国からやってきました。」

ハンターは、ナイフを回しながら左右に動き、おとぎ話を語るように話し出した。

「3人は黒森を通る際に、5人の野盗に襲われます。そして、男と女は殺され、娘は慰みモノへ…ヒヒヒ!」

(まさか!?)

「残った娘は奴隷にして、めでたしめでたし……のはずでした。ところが、そこに青い眼をした白い鬼がやってきました。その鬼は、あっという間に野盗を殺してしまいました。」

「お前まさか!?」

過去の忌まわしい記憶が蘇ってくるをロキは感じた。

「鬼は娘を助けようとしましたが、隠れていた野盗の1人に矢で撃たれ、娘も死んでしまいました。お・し・ま・い」

ハンターは、パチパチと拍手をして、道化のように笑っている。

「お前、お前があの時の野盗の生き残りなのか!?」

「ザリュだ!!俺はザリュだ!!ザリュ!ザリュ!!ザリューーー!覚えとけ、この犬コロがーーー!!」

ピタリと動きを止めたザリュは、大声で喚いた。

「ロキ……コイツ普通じゃないわ」

アリシアは、狂気じみたザリュの振る舞いにますます恐怖感が増してしまう。

「さあ…さあさあさあさあーー!殺し合おうよロキ!紅い眼を持つ白い鬼!!」

ザリュと名乗るハンターは、ナイフを持ち替え臨戦態勢を取ろうとする。

その時、いくつかの缶が投げ込まれた。

缶からは、白い煙が勢い良く吹き出し、ロキ達をあっという間に包み込む。

「なんだなんだ!?誰だ邪魔をするのは!」

「ロキ様、こちらへ…」

ロキとアリシアのすぐ近くで声がすると、声の主は2人の手を引き駆け出した。

遠くで叫ぶザリュの声がこだますが、直ぐに聞こえなくなった。

大通りを横切り、路地を何度か曲がり、ロキとアリシアは緑色の建物に逃げ込むように入った。

ハアハアと息を切るロキとアリシア、そしてもう1人、煙幕を使い2人の手を引いたのは、灰色のローブに身を包んだ黒髪の女性ロゼッタだった。

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