脇役転生の筈だった

紗砂

32

2日目


私はいつも通り5時に目が覚める。
少し早い気もしたが目が覚めてしまっていたため支度を始めた。

今日の服は淡い水色の、スカートが長めなカシュクールだ。
靴も少しだけヒールが高めのものにし大人っぽさを出そうと試みる。
そして薄く口紅をし、髪を一つにまとめあげると時計を見た。
時間は6時。
まだ少し早い気もするが下で待っていればいいだろうと判断し部屋を出た。

朝食会場に向かうと何人かが忙しなく動いていた。
その中には天童さんもいて、私に気付くと微笑んだ。


「咲夜様、おはようございます。
ご朝食をご用意致しますか?」

「おはようございます、天童さん。
朝食は皆さんが来てからにしますのでお茶だけいただけますか?
ものは天童さんにお任せいたします」


私がそう言うと天童さんは少しだけ緊張感をただよわせながらも「かしこまりました」とだけ言い戻っていった。
そんな天童さんに対し私は一体何を選ぶだろうかと笑みを深めたのだった。

暫くして天童さんがお茶を運んでくる。


「ペパーミントティーです」


ハーブティーだった。
ペパーミントならばスッキリとした清涼感のある香りが特徴的であり、集中力ややる気を高めたり、ストレスの緩和などといった効果もある。
朝には持ってこいのお茶だと言えるだろう。


「ありがとうございます」


私は天童さんにお礼を伝えると一口だけ頂く。
すると、いつもとは異なりミントの清涼感よりもフルーティーな香りを感じた。
これは……レモンピールやジンジャー、ローズヒップも混ぜてあるのではないだろうか?


「ブレンドティー、でしょうか?
奏橙は好きそうですわね」

「はい。
兄と育てているハーブをブレンドしてみました」


驚いた。
兄弟でハーブ栽培もやっていたなんて……。
いや、それよりも天童さんってブレンドとかも出来たんだ……。


「天童さん、ハーブはお好きなのですか?」

「はい、今も自室でいくつか育てています」


ハーブの事を語る天童さんは本当に楽しそうだった。
その表情を見て私は1つの事を決めた。


「分かりました。
その前に……天童さん、昨日言っていた事は本気かしら?」


私が何を聞きたいのか分かったのだろう。
天童さんは短く「はい」と答えた。


「私が雇われる時、旦那様から咲夜様が望まれるのであれば海野家ではなく、咲夜様個人にお仕えするようにと言われております」


父はそんなことを言っていたなど私は知らなかったのだが…。
だが、そんな事よりも天童さんの意思が問題だろう。


「天童さんはそれでいいんですの?
私個人に仕えるだなんて…」

「勿論です。
…私の方こそ咲夜様にお仕えするには技量が足りないと思うのですが…」


それで技量が足りないのならば殆どの者が技量が足りないと言われてしまうのだが……。
分かっているのだろうか?
……絶対分かっていないな。


「私は天童さんの技量が無いだなんて思っていませんもの。
…ですが、良かったですわ」


私は安堵故に微笑んだ。
そして、意を決してその言葉を告げた。


「天童さん、私の料理人になってくださいますか?」

「勿論です、咲夜様」


無事に了承を得られた事に私は思わず笑みを深めた。
あとは父にお願いするだけだ。
給料については私の私財もそこそこにあるため今のところは大丈夫だろう。
……大学を卒業したら考えている事もあるし…。
いざとなればそれを繰りあげればいいだろう。


「…と、いう事で…。
天童さん、私が与えられている花壇が2つほど余っているのだけれど……そこでハーブを作る気は無いかしら?」

「え……」

「私も最初の2つまでは喜んで使っていたのよ?
でも…さすがに5つ目6つ目となると…ねぇ……」


私もちゃんと、最初の2つ3つまでは育てているさ。
でも、でも!
それを見た父や兄が次々とここの花壇の一角を…とか言い出すし、終いには造らせてたし!!
そんなこんなで私のもらった花壇は今あるだけで7つ。
そのうち3つは私が、2つは庭師が使っている。
だが、あと2つは残っていたのだ。
庭師に上げると言っても遠慮されて貰ってくれなかった。
と、いう事で天童さんには是非ともハーブを作って貰いたい。


「では、有難く使わせていただきます」


天童さんはそう言うと楽しそうに何を育てるのか考えている様だった。
そしてそのまま仕事に戻っていった。


私は天童さんが行ったことを確認すると時差を確かめた。
ドイツとの時差は8時間で向こうの方が進んでいる。
今の時間は7時だ。
つまり向こうでは15時。
電話をかけても問題無いだろう。
だが、父の仕事の関係もあるため一応メールにしておいた。


『お父様、突然申し訳ありません。
天童さんの事なのですが、私の専属に出来ないでしょうか?
我儘ばかりで申し訳ございません』


と、送るとすぐに返信…ではなく電話がかかってきた。


『咲夜、用件があるならこれからは電話にしなさい』

「ですが、お父様のお仕事が…」

『何を言っているんだ。
仕事よりも咲夜の方が大切に決まっているだろう』


そこで私は悟った。
これは会議を抜け出してきたな…と。
そして母に怒られて連れ戻されるのだろうと。
…そうなる前にさっさと用件を伝えてしまおう。


「ありがとうございます、お父様。
天童さんの事なのですが……」

『いいぞ。
元はと言えば悠人が咲夜のために…と探した料理人だったからな』


……そんな話、聞いたこと無かったのだが……。
兄が、か。
…今度、お礼を言わないとなぁ…。


『あ・な・たぁ……?
何会議を放りだしているのです?
これで何度目になるのかしらねぇ?』


その母のお怒りの声に私は呆れてしまう。
やはり、また会議を抜け出していたらしい。


『わ、悪かった!
だから許……』

『ふふっ…あら…咲夜ちゃん?』

「お母様、私のせいで申し訳ありません」


こちらに向かってきたらヤバいと思ったため早めに謝罪をしておく。


『あらあら…咲夜ちゃんは何もしていないでしょう?
こっちこそごめんなさいねぇ……。
この、サボリ魔が咲夜ちゃんの連絡を悪用しちゃって……』

「いえ…元はと言えば私の考えが至らなかった事が原因ですから。
お母様、お邪魔をしては申し訳ないのでそろそろ切りますね」

『えぇ、ごめんなさいねぇ……』


私は電話を切り、テーブルに置く。
…そして、盛大なため息をついた。

無事逃げられた…!
父には申し訳ないが……。

一応、心の中で父に向けて合掌をしておいた。


そこで、


「あ……」

「魁斗、おはよう」

「…ん、おはよう。
起きるの、速いんだな」


話は聞かれていなかったらしく私は安堵した。


「まぁ、いつも5時起きだからね。
そうしないとお兄様が大学に遅れるからね…」


まぁ、兄なりの優しさ……じゃないか…。
でも、心配されてるんだなぁ…って分かるし苦じゃないんだよね。


「ふぅーん……」

「そういう魁斗も早いと思うけど…」

「…俺はいつもこの時間には朝練あるから」


その理由にあぁ、と納得する。

…大変だよね、朝練……。
私も前世では高校の時にマネージャーやってたから朝練とかナイターとかの苦労は良くわかる。
あれは辛い。


「……1つ、聞いていいか?」

「ん?
1つとは言わずにいくつでも」


魁斗の真剣そうな表情を見て私も真剣な表情になる。


「…何で、姉さんに近付いたんだ?
金持ちが庶民のうちの姉さんと仲良くなったって意味なんかねぇだろうが…」


私はその質問にスっと瞳を細めた。
…いつかこんな質問をされるとは思っていたものの…魁斗にされるとは…うん、少しというか大分ショックだ。


「さぁ?
何でだと思う?」


私はすぐに笑みを浮かべてそう問いかけてみた。
すると、魁斗は眉をつりあげて立ち上がった。


「…お前が何しようと関係ねぇけど姉さんを巻き込んだりしたら許さねぇ!」

「…へぇ?
でも、許さないと言って何になるの?
訴える?
そんな事してもどうせ海野家の弁護士が無かった事にするよ。
それを踏まえて聞こうか。
そんな事をして何になる?」


私はあくまで笑みを浮かべたままだ。
それも小馬鹿にしたような笑みだが。


「っ……それでも!!
お前1人くらいは…」

「無理だと思うけどねぇ……。
私は別にいいけどさ…お兄様やお父様がそれを許さないと思うんだ。
それと、私のファンクラブも結構過激な様だし……」


私はファンクラブの事と兄の事を思い出してため息ををついた。


「それとさぁ…ただでさえ少ない友達を!
そんな下らない事で失うわけないでしょうが。
魁斗も意外と私のお兄様と同類?」


私が面白がっている事が分かったのか魁斗は顔を真っ赤にして弁解を始めた。


「なっ…ち、違うからな!?
姉さんが嵌められてるんじゃないかと思っただけ…で……」

「分かってるから大丈夫だよ?
で、何で近付いたかだっけ?
理由は入試で天也と奏橙と同じ点数をとったから。
今まで私達3人でライバル関係になってたのにそこへ1人入ってきたんだから気にならないわけないじゃん」


それに…エデンの事もあるし。
友達とか欲しかったし……。
そんな事は思ってたにせよ愛音にとって不利になることはやっていないはず。
あるとすれば私といることで友人があまり増えない事だろうか?


「は?」


まだ納得がいっていないらしいので私は更に理由を話し始める。


「まずさ、利益ってとこ!
私が利益なんて考えると思う!?
私は元々天也と奏橙から逃げようとしてたんだよ!
なのに、なのに!
あの2人が寄ってくるせいで友人は出きないし!
虐められるし、それをお兄様にバレないようにしないといけないし…!
何で虐められてるはずの私が虐めてる人達を助けないといけないのか本当、不思議だったよ……」


と私がまくし立てると魁斗は目を逸らした。


「それに、利益なら私は貰ってる。
愛音は私の友人になってくれた。
それだけで私にとっては最大の利益なんだよ」

「……疑って悪かった。
学園では姉さんを頼む」

「勿論!
……と、言いたいところなんだけど……。
私、来週から留学しちゃうんだよねー……。
まぁ、愛音は上手くやってるから大丈夫だと思うけど」


そう言うと魁斗は心の底から安堵したように強ばっていた頬を緩ませため息をついた。



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