チェガン

林檎

解決

  アルカの手にはピンク色の可愛いケースに入ったスマホが握られている。

「この携帯。被害者の田辺さんのポケットから見つけたんですよ。すごく可愛いですね」

  そう言いながら携帯をまじまじと見るアルカ。
  何を考えているのだ。

「それが、なんだって言うんだ!!」
「この携帯の中身は流石に見ていません。刑事さんが確認してからの方がいいかと思いまして」

  そういい、アルカは刑事さんに携帯を渡した。
  それと同時に平野さんは静かに息を吐いた。

「この携帯。データ残っているのか?」
「それを確認していただきたいと思っております。あと、多分残っていますよ」

  笑顔を絶やさないアルカ。
  疑問に思っているのか、刑事さんは眉間に皺を寄せながら操作をしている。
  その間、誰が何も言葉を発さないため沈黙が訪れる。

「この携帯...」
「ありましたね。履歴が」

  アルカも一緒に覗いていたため携帯の中身を確認することが出来たらしい。
  刑事さんも笑みを浮かべ携帯の中身を読んでいる。

「な?!そんな馬鹿な!」

  そう発したのは平野さんだった。
  やばいと気づき口を手で隠したが時既に遅い。アルカはこの気を逃すまいと口を開く。

「なにが〈馬鹿〉なんですか?なぜそんなに驚くんです?」
「そ...それは...」

  焦点が合わない。明らかに動揺している。
  今この状況。明らかにアルカ達の方が優位に感じる。が、何故だろう。
 なんとなくだが胸騒ぎがする。
  このままでは終わらない気がする。

「そ...それはさっきお前が落とした資料が偶然目に入ったのだ!それに記載されていた。」

  口調は先程とは打って変わって弱々しい。
  
「ほう。そうでしたか!それは失礼しました。ですが、僕が持っていた資料に携帯のこと書いてましたっけ?」

  惚けているのか本当に覚えていないのか。
  首を傾げるアルカ。

「そ...そうだ!書いてあった!それを見たから変に思ったのだ!」

  口調が弱々しい口調から強気の口調に変化する。
  単純。
  その言葉が今頭の中に出てきた。
  だが、そう言われてしまうとまた資料を探さなければならない。
  アルカは資料を無くさないためか説明が終わったあと、資料を必ず刑事さんに渡している。
  落とした時の資料がどれなのか流石に覚えてはいないだろう。
  どうするつもりなのか。
  
「それでは、次に行きましょう。」
「は?」

  アルカは人差し指で現場の木を指さした。

「容疑者三人と刑事さん。あと君たちも同行を願うよ」

  顔を向けられたのはリヒトとエレナ。いつもとは違う爽やか笑顔を向けられた。
  顔を見合わせアルカの方へと向かう。

「なんで私たちまで...」
「証人は多い方がいいからな」

  そういったあとすぐに足を動かして言ってしまった。
  ついて行くしかないリヒト達はゆっくりとアルカの後ろについて歩いた。

「では、高山さんと神永さんは現場に着いた時の立ち位置についてくれませんか?」

  そう言うと二人は顔を見合わせたあと言われた通りに立ち位置につく。

「高山さんはしゃがんで頂けないでしょうか?」
「は...はい」

  そういいしゃがむ高山さん。
  怪訝な表情を浮かべる神永さんを少し見たあと、アルカは次に平野さんにも指示を出す。

「次にあなたは刑事さんと一緒に自分が現場にいた立ち位置に行ってくれます?」

  そう言うと刑事さんは平野さんの腕をつかみ半場強引に歩かせる。
  何が起きているのか考えているといきなり肩をつつかれた。

「ちゃんと見てろよ。お前らもちゃんとした証人なんだからな」

ーー証人?
  エレナと顔を合わる。
  よく分からないが要するにちゃんと見ていろと言うことだろう。
  言われた通りにするため平野さんの方へと顔を移そうとした。だが、その本人がどこを見てもいないのだ。

「あれ...」
「どこいったんだろう?」

  二人で周りを見てみるもどこにも見えない。
  どういうことだろう。

「刑事さーん!着きましたぁ?」
「あぁ!!どうやらここらしい!」
「了解です!」
「ありがとうございます!!もう戻っても大丈夫ですよ!あ!写真は忘れないで下さいね!」
「分かっとる!」

  そう言うと刑事さんは戻ってきた。しっかり、片手にカメラを持って。

「これが一体なんだってんだよ」

  最初よりはマシになったが、まだ怒りが含まれている神永さんの声に体をびくつかせてしまう。
  
「まぁ〜まぁ〜。落ち着いてください。平野さん。今回の実証で分かったことがあります。」

  顔を平野さんへと向けてそう言うアルカ。
  何かを企んでいる顔にもみえる。

「まずはこれを。先程の刑事さんにとっていただきました写真ですね。」

  カメラの画面を平野さんへ向けた。
  カメラの画面には綺麗な桜の木が立っている。こんな所で事件が起きたなんて思いたくないほど鮮やかだ。

「なんも変哲もない写真じゃないか」
「確かにこれだけ見たらそうですね」

  少し間をおき、アルカは平野さんを見た。

「あなたが入ってきた時、どんな行動をとったんでしたっけ?」

   平野さんは目を見開き固まっている。
  額には尋常なじゃないほどの汗が滲み出て、体をわなわなと震わしている。

「思い出しましたか?ですが一応確認しましょう。リヒト。この人の証言を思い出して口に出すんだ」

  みんなの視線はリヒトへと向く。
 
   は?

「思い出す。それだけだぞ?やってみろ」

  何を考えているのか笑顔を絶やさないアルカはリヒトに難題を突きつけた。

(え...え?)

  いきなり名前を呼ばれたこと、なれない場所、みんなからの視線。こんな中でまともに考えられるほどリヒトの肝は座っていない。
  すると隣から心配そうに顔を覗かせるエレナが見えた。

「大丈夫だよ。最初の方の三人の言葉を思い出せばいいんじゃないかな?」

  優しく微笑んでそういうエレナを見て先程まで強ばっていた体は自然に力が抜け、思考もちゃんと働くようになってきた。
  
「ありがとう。エレナ」
「うん!」

  その光景を安心したような目で見守るアルカ。
  まるで分かっていたような、それとも絶対に大丈夫だと思っていたのか。リヒトには分からなかった。
  
  冷静になったリヒトは容疑者の三人が最初の方に言っていた言葉を思い出した。

(確か、高山さんは田辺さんと遊ぶ約束をしていて時間までに来なかった田辺さんを公園まで行き探した。そして、桜の木に吊られてしまっている田辺さんを発見。力が抜けその場に崩れ落ちた。)

   考えているリヒトを笑顔で見守るエレナ。その表情には一切の不安は感じられない。信じているのだろう。

(次に、神永さんは高山さんの悲鳴を聞き急いで桜の木へ向かった。そこには泣きじゃくる彼女と木に吊らされている田辺さん。その光景を見て咄嗟に携帯へ連絡。変なところはないだろう)

   資料に目を通すアルカ。リヒトに話を振った張本人にも関わらず気にする様子を見せない。

(三人目。平野さん。平野さんも神永さん同様彼女の悲鳴を聞いて桜の木に行く。そして、一番最初に目に入った高山さんの所へ行き慰めようとした。この行動力はすごいと思うけど変では...)

「あれ?」

  考えているとふとっ思ったことがある。が、これを口に出してもいいものなのか。一応、自分は部外者。
  もし、これが記憶違いなのだとしたらこの現場を荒らすことになってしまう。この状況はアルカ達が優位。それを間違ったことを言ってしまい立場が逆転してしまうかもしれない。

   声を出してからずっと黙っているリヒトに対し、周りは不審に思っている感じだ。
  周りの行動が目に映るがそれでも声を出すことが出来ない。
  エレナも不安そうな表情でリヒトを見る。

(これがもし...違ったら...)

  震えているといきなり肩に重りを感じた。すると、耳元で囁いてくれる声が聞こえた。

「安心しろ。お前がミスしても俺がカバーしてやる。だから、思い出したことをちゃんと言え」

  いつもの命令口調はそのままだが、優しく暖かい。安心できるような声だった。
 リヒトは意をけして声を出した。

「平野さん。あなたは現場についたあと一番に目に入ってきたのは高山さんと言いました。ですが、このカメラがもし本当にあなたがいた所を写しているのであればおかしいと思います。」

  手を強く握り目を背けずに平野さんを見据える。

「ここの現場は、桜の木を中心に山なりになっています。高山さんの反対側にいるはずのあなたが一番最初に見るのが高山さんなんて不可能なんですよ!」

  アルカは口元に笑みを浮かべ安心しきった顔をしていた。
  早く、自分の犯した罪を認めて償って欲しい。
  その思いのまま言葉を口にする。

「平野さん!あなたは自分の言葉と行動で自分の首をしめているんですよ!これ以上言い逃れしようとしても意味は無い!早く罪を認めてください!」
「何を言っているの?それは君の記憶違いではないか?」
「え...?」

  声を出したと思ったら冷静に返された。
  先程まで慌てているように見えたが今はそんな様子を見せない。
  リヒトは間違ったことを言ってしまったと思い青ざめてしまった。

「何も言い返せない。やはり記憶は曖昧のようだね。僕はそんなことを言っては...」

  平野さんの言葉を遮るようにアルカの方から『声』が聞こえた。

〈それで、公園に入ったあなたの目には泣いている彼女がいち早く入り慰めようと近寄った〉
〈はい〉

  ぴっ

  声の方を見るとアルカの手には携帯が握られている。画面には録音画面。

  皆が一斉にアルカに注目する。
  本人は片手を下ろし笑みを浮かべながらゆっくりと口を開けた。

「これは僕があなたにした質問と答えですよね?あなたは迷いなく〈はい〉と答えている。リヒトの記憶違いではないですよね?だって、あなた自身、そう答えているのですから」

  アルカは平野さんに近づき耳元に口を近づけた。

「あなたはいつまで自分の罪から逃げるのですか?」

  静かで冷たい声に体を震わせる。
  そんな時、リヒトと目が合った。 
  と、同時に走り出す。
  拳を握りながら。

「部外者の分際でベラベラ余計なことを言ってんじゃねぇー!!」

  咄嗟のことで動くことが出来ない。
  殴られると思い目をつぶった。が、一向に痛みなどが来ない。
  不思議に思い目を開けると目の前にはアルカが立っていた。
  平野さんの拳をアルカが上手く受け止めていた。

「罪を認めたくない。そう思うのは仕方ないことかもしれません。ですが、それでもあなたは認めなければならない。人の命を奪うというのはその人の人生をも奪ったということ。それと同時に、周りの人の人生までも狂わすことでもあるのです。あなたは、自分の身勝手な行動によって多くの人生を奪ってしまった。その事を胸にいつまでも置いておいてください。そして、償ってください」

  何が起こったのか分からなかったが、アルカの静かな声が耳に残っている。
  

「お...俺は...」
「あなたはまだ田辺さんを愛していたんですね」

  その言葉に周りの人は驚いた。
  
「どういう...こと?」

  高山さんがありえないというような顔でアルカを見る。
  神永さんも眉間に皺を寄せアルカに目線を向ける。

「あなたのネックレス。それは一人でつけるものではない。ペアのネックレスの男性用のものを付けている。それだけで分かりますよ。あなたが、彼女をどう思っているのか。」

「彼女のつけていたネックレスはどちらにあるのでしょうか?」

  もう全てをわかっているかのような表情で問うアルカ。あくまで最後は犯人に自白させたいらしい。
  それがアルカのやり方なのだろう。
  
「......奥の...トイレのゴミ箱の奥底...」

  弱々しく告げられた事実。
  その言葉を聞いたあとアルカは刑事さんに目で合図し、警察の1人が走り出した。
  見に行くのだろう。本当にあるのか。
  いや、絶対にあるだろう。
  だって、アルカがもう笑っていない。
  静かで悲しんでいるような瞳で平野さんを見ている。

「僕は...諦めきれなかった。まだ、好きなんだ。でも、あいつに別れを告げられ、心に大きな穴が空いたような感覚だったんだ。もう、何もしたくない。なんの取り柄もなく誰からも愛されなかった僕を唯一愛してくれる存在だったんだ。だから、僕はまたよりを戻そうとあの時間に呼んだ。僕がなんて言っても拒否し続ける彼女に苛立ちを覚えいつの間にか彼女のネックレスに手を...やってしまったんだ...」

「そして焦ったあなたは彼女を自殺と見せつけるため手首に切り傷をつけ木に吊るしたと。化粧をしたのも彼女の職業柄を利用しようとした。違いますか?」

「あっています。流石探偵さんですね。」

 「あなたは何か勘違いをしているようですね」

「勘違い...?」

「はい。僕は彼女はまだあなたのことが好きだったと思いますよ」

「そんなわけが無い。あっちから別れを告げのだから」

「でしたら、なぜあなたと会う時にペアのネックレスをしていたのでしょうか」

「...?」

「気づきませんでしたか?あなたはペアのネックレスで彼女を殺害してしまったのですよ。その、ネックレスのチェーン。彼女の首のあとに一致するのです」

「だが、似たようなチェーンならあるだろう。必ずしも...」

  神永さんがそう言うとアルカは体を動かさず答えた。

「似ているチェーンでしたら沢山あるでしょう。ですが、この人の行動は咄嗟のもの。偶然全く同じのものを持っているなんてペア以外には難しいと思いますよ。あとは、ゴミ箱の中にあるネックレスとこの人のネックレスを合わせればわかると思います」

「...。」

「彼女は最後まであなたを本気で離すことが出来なかった。本当に嫌いなのであればオシャレ着を着てあんな時間に外に出るわけがない。」

「でも!あいつは...」

  苦しそうに声を出す平野さん。
  それでも話を続けるアルカの表情は何を思っているのか分からない。

「これを見てみるといい。彼女のポケットから出てきたものだ。」

  そう言い、手渡すとアルカはリヒト達の方へと歩き出す。
   手渡されたのはロケットペンダント。チャームが開閉でき中に写真などを入れることが出来るものだ。
  
「分かったか?彼女が本当は何を考えていたのか。本当の気持ちが」

  後ろを確認しないまま言うアルカ。
  もう、この事件は終わりと告げるような静かな声。

「あ...あぁ...」

 
  その中に入っていたのは笑っている男女が二人写っている写真が入っていた。
  そして、蓋の方には文字が書かれている。

『あなたを最後まで愛すことを誓います』

  
  平野さんは我慢出来なくなり声を出して泣いた。
  本当は殺したくなかったんだろう。
  自分にとって大事な人に手をかけたんだ。辛くて悲しい。
  目をそらした先には高山さんが立っている。目に涙を浮かべ平野さんを睨んでいた。
  恐らく怒りが抑えきれないのだろう。怒りと悲しみが入り交じってそれをどうすればいいのか分からないように思える。
  あの人たちは自分にとっての大事な人を奪い、奪われた。
  辛いのはお互い様。だが、本当にこれしかなかったのか。殺さないと。殺されないといけなかったのか。
  リヒトには分からない。

「平野さん。あなたにはちゃんと罪を償ってもらいます。」
「...はい」

  小さく返事をすると警察の人が手錠を出し、平野さんの手首を拘束した。
  その間も高山さんの怒りは平野さんへと向けられた。

「あ...あんたなんかに!なんで梓桜が殺されなければならなかったの?!あんたみたいな身勝手な人に梓桜は!!」

  泣き出す高山さんに神永さんは肩を撫で落ち着かせる。
  足元から崩れ落ち泣きじゃくる。
  リヒトは他にもっといい結末があったのではないか。殺さずとも、死なずとも皆が笑っていられるような結末があったのではないか。
  それを考えたところでこの状況を変えれる訳では無い。
  辛いのはあの人たちだろうに、リヒトも涙が出そうになる。
  すると頭に暖かいものを感じる。

「帰るぞ。あとは警察の仕事だ。」

  そう言うと頭から手を離し歩き出してしまったアルカ。
  
「リヒト...」

  不安そうにリヒトを見るエレナ。
  こんな所で立ち止まる訳には行かない。
  リヒトは涙を拭い顔を上げ、アルカに向かって歩き出した。

「エレナ。行こ。」
「...うん!」

  今回の事件は辛く悲しい結末だった。愛した人を殺してしまった人。大事な人を殺されてしまった人。身近にいた人がいなくなってしまった人。
  この事件を通してあの人達は変わってしまうのだろうか。
  不安な気持ちを胸の中に収めリヒトはアルカについて行く。


  今回の事件で分かったことがある。
  一つ目は、アルカが探偵だったこと。
  二つ目、意外にエレナは柔軟性がある事
  三つ目、アルカの才能がとりあえずすごいこと。

  この三つが今回わかったことだ。
  これを通してエレナも少しは分かってくれただろうか。
  また、屋敷に戻りエレナに仲間に入ってもらうための説得をしなければ。

「よし!!」

  1人で気合を入れ直し歩く。

(あの人たちにいい未来が訪れますように)

  そう心の中で願いながら。

  
  リヒトの内に潜む力が目覚めようとしていることをまだ誰も知らない。

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