チェガン

林檎

少年の正体

「...。」

  リヒトはよく分からないまま、今にも人を一人殺しそうなほどの形相をしている少年の前に立っている。

「なにしてる??そいつはもう大丈夫だぞ?」
「...完璧に大丈夫とは...言えないと思うけど...」

    ぶるっ!

  嘘でも大丈夫と言い切ってほしいと心から願うが時既に遅しだ。

「まぁ〜、確かにな...安全とは言いきれねぇーな」

(そこは嘘でも言い切ってよ!!)

  やはり言ってはくれなかった。
  心の中でそう思ったけど、口に出したら本当に怖くなってしまいそうだから、口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

「...あ...あの...?」
「お前...」
「ヒャイ?!?!」

  少年は下を向きながらリヒトを呼んだ。
  緊張しているところにいきなり声かけてくるから変な声が出てしまった。

「ぷ...くく...っく...」

  後から笑いを堪えている声が聞こえた。
  大体予想つくがやはり腹が立つものだ。

「笑わないで!!」

    怒ったあとにまた、少年の方へと顔を向けた。

「お前はよく、エレナと絡むやつだな。」
「...え?あ...そ...そうだよ...」

  話はちゃんと出来るのには安心したが、質問の内容が考えていなかった事だったため返事が曖昧になってしまった。

「エレナの事...知ってるの?」

  少年は顔を少しあげ答えてくれた。

「知ってる...というかもう一人の俺がエレナだ」

  ーーー何を言っているんだ。

    第一印象はこれだった。

「それってどういう事だ?」

  後ろからいつの間にか来ていたのか、アルカがリヒトの隣にいた。

「...お前に答えることなんて何もねぇー」
「...てめー、今の自分の立場わかって言ってんのか?いいから質問に答えろ」
「...っ?!」

  少年は少しびくついた。
  リヒトの角度からではアルカの表情は確認出来ない。
  だが、いつもと雰囲気が違うのは何となくわかる。

「落ち着いて...今怒っても...どうにもならない...」
「チッ、」

  アルカは舌打ちをしたあと、またさっきの階段前に座った。
だか、表情は怒りを隠しきれていない。

「ごめんね...話...続けて...」

  少年は俯いたまま動こうとしない。

「ね...ねぇ〜...あの...もう一人の俺がエレナってどういうこと?」
「...。」

  おそるおそる聞いてみた。すると、質問を質問で返された。

「...二重人格って分かるか?」
「二重人格?」
「そうだ...簡単に言えば、一人の中にもう一人の違う人格が宿る...」
「...。」
「...エレナは昔...親を亡くしている。」
「あ...」

  その話を聞き、今日の学校の屋上でご飯を食べていた時の会話を思い出した。

「親が亡くなって...エレナはもう何もする気がなくて...生きることも放棄しようとしていた...でも、許せなかった。」
「許せなかった?」
「あぁ...親を殺した者達...家を...自分の大切なものを全て奪っていった...『ベーゼ』を...許せないでずっと憎んでいた。」

(そんな...)

「そこで、俺が生まれた...俺は、エレナの憎しみ、恨み...そんな気持ちから俺が生まれた。」
「そんな...?!」
「それで、俺はエレナがせっかくその苦しみから解放されたのに、また苦しい思いをエレナがしたら...だから俺は、エレナを守る。そう決めた。」
「でも、エレナはそんなこと一言も言ってなかった!そんなこと言ってなかったよ?!」
「それは、親が亡くなった時の「気持ち」を、俺が預かったからだ。」

ーー気持ちを預かった?

  少年はあまり表情に出ないタイプらしく、エレナの事を話している顔も変化はない。
  淡々と話しているのが逆に場の雰囲気を醸し出しているように感じる。

「そうだ。だからアイツには、辛い...憎いといった気持ちはない」
「そ?!そんな訳ないじゃない!!
あの子にだってあるよ!悔しい気持ちとか!絶対!」
「本当にそうか?」
「...え?」

  後からアルカの声が聞こえた。
  リヒトは少し後ろを向いたら、思っていた以上にアルカは近くにいることに少し驚いた。
  すぐにアルカが静かにリヒトに問いかけてきた。

「本当にそう言いきれるか?今までのアイツの空気というか...とりあえず。なんか変だと思っていたんだ。」
「変?」

   アルカの後ろの方にいたガブが問いかけた。

「アイツには『怒る、憎しみ』そんな気持ちが一回も感じなかったんだ」
「一回も?」

ガブが確認を兼ねて聞いている。
  リヒトも、今までのエレナの態度を思い出してみるが、確かに笑っている表情はすぐに思い出すことが出来た。だが、怒っているところを思い出すことが出来ない。

(...あ...れ...?そう言えば...エレナの怒ってるところ見たことが...ない...?)

「普通、人間にはそういう『負の感情』が知らずに出る時がある。確信はないが、アイツには全くなかったんだ。」
「あと...俺は少ししか...話してない...けど...あの子は...あの時...『無の表情』を...してた...気がする...」

(無の表情...?)

「無の表情だと?」
「うん...僕が、あの子から離れた時..驚いたりしてなかった..それどころか...表情が無くなっていた..気がする...」

  二人が色々話しているがリヒトは頭が真っ白で全然会話が入ってこなかった。

「いや...俺も時々、そう感じた。だから少し気になって連れてきたんだからな。そもそも。リヒトが普通の反応のはずだ。怒ったり、怒鳴ったりな。それが全くなかったんだからな。そりゃ、気になるだろ」
「そうだったんだ...」
「ガブも少し感じてたんだったら、こいつの言ってることは嘘ではないのかもしれねぇーな」
「こんな事で嘘つくわけねぇーだろうが」

ガシッ

  アルカは少年の頭を鷲掴みにして口元に笑みを浮かべていた。が、目は笑っておらず冷たい目をしていた。

「テメー...俺のことなんだと思ってやがんだ...」

  顔を引き攣らせながら怒ってる。
  二人はそのまま会話を続けていた。

「大丈夫?」

びくっ

  ガブが心配そうな顔でリヒトの顔をのぞき込んでいる

「大丈夫...とは...言えない...かも...」

  リヒトは下を向きながら答えた。

「今、何が何だか分からないし...二重人格とか...エレナがすごく辛い思いをしたとか...知らなかった...いつも一緒にいたのに...私は...!!」

  泣きそうになってしまう。
泣いちゃいけないって頭では分かっている。
  今泣きたいのは自分じゃない。頭にそう言い聞かせるも目が潤んできてしまう。

「もしかしたら...エレナって子...自分が二重人格なんてこと...知らないんじゃない?」
「え?ど...ういうこと...?」
「だって...何も聞いてなかったんでしょ?なら...話さなかったんじゃなくて...話せなかったんじゃないかな...」

ーー話せなかった。

  確かに、このことを知っていたらエレナはあんなに楽しく笑えているのだろうか。

「でも、エレナは自分の親が亡くなってるって知ってた...」
「でも、『ベーゼ』の手によってとは...聞いてないんじゃない?」

  確かにそうだ。
  エレナは、親は殺されたと言っていたが、誰かの手によってとは言っていない。

「多分...知らないんだよ...何もかも...」
「でも、それはそれで、怖くなかったのかな...」
「怖い...か...」
「だって、自分の親が亡くなったって知ってるのに、ほかは何も知らない...私なら...怖いよ...」

  何も知らない。
  なのに、親はいなくなっており自分の過去と今の自分は違う。そんな状況で、今まで通り過ごすなんて不可能ではないのか。
  想像しただけでも身震いするほど怖い。

「それは...君が...ずっと一緒にいたからじゃない?」

  静かに告げたガブの声に少し顔を上げた。

「わた...し?」
「そう...君がずっと一緒にいてくれた。又は、ずっと一緒とか約束...したとかじゃない?そのようなこと...言ってなかった?」

  確かに言った。
  だが、それは今日言ったことのため今までのエレナには関係の無い約束だ。
  

「たとえ...約束がなかったとしても...君がずっとそばにいた...だからあの子は...笑えているんじゃない?」

  そうだったらいいな。
  リヒトはそう思いながら少年の方へ顔を向けた。
  今もまだ、アルカと言い争ってるみたいだ。

「私、まだあの子に聞きたいことがあるから...聞いてくる!」

拳に力を入れて、前に歩き出した。

「...わかった...」

ガブは少し微笑んだ後、リヒトの背中を押した。

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