戦闘員No.25の活動日誌

とろろこんぶ

活動限界と英雄の代償

「……嘘だろ」
モールで更に爆発が起きた。
総督とドクターと繋がる唯一の手段である通信機ももう繋がらない。
そして、たったひとりそばにいたクロは、倒れた。
俺は慌ててクロに駆け寄った。
華奢な身体をそっと抱える。
「クロ!」
「…すみません。ちょっとくらってきました。」
クロはへら、と笑った。意識はしっかりしているようだ。

「それより、戦闘員さん。今の爆発って…?」
「モール内にまだ爆弾が仕掛けられてるらしい。それもいくつも。そうドクターは言っていた。」
「爆弾…では、早くここから脱出しなければいけませんね。」
「ああ。動けるか?」
「なんとか、ゆっくりなら。脱出ルートは?」
「搬入口あたりにしよう。」
クロはゆっくりと立ち上がる。俺は肩を貸してやる。すみません、と小さくそう言って、クロは立ち上がる。息は荒いなんてものじゃない。ヒュー、と音がするくらいだ。
「すみません」
「気にするな。行こう。」
クロはゆっくり、ゆっくりと保を進めた。搬入口までは少しばかり距離がある。なんとか無事にたどり着きたい…

映画館を出たあたりで俺は異変を感じた。火薬の匂いが鼻先をかすめた。近くにある。
「伏せろッ!」
俺はクロの身体をおし、姿勢を低くした。背後で爆音がした。
クロが大きく目を見開く。爆発が収まったのを感じると、俺はクロの手を引いて駆け出した。
「今のって…」
「早く出るぞ、思ったより近くに仕掛けられてるのかもしれない」
俺はそのまま走り続ける。クロは俺に引きずられるようにして走る。脚は全然上がっていなかった。
こいつを抱えて走れたなら。そう浮かんだ考えを全力で抑えた。
集中しろ。絶対に無事で戻らないと。

「戦闘員、さん…」
「どうした、クロ?」
「微かに機械音…タイマーのような音が、します。」
「タイマー?」

まさか。

「時限爆弾、ってことか?」
「…怖いですか?」
「そりゃあな。」
「…大丈夫ですよ。私が、守ります」
クロは俺の手を弱々しく握った。
儚げに笑った。

「…でもクロ、今は自分のことを考えろ。俺も、自分の身は自分でまもる。」
「…そうですか?」
「ああ。」
クロの眼には不安の色が浮かんでいた。



俺たちは走る。爆弾の音を避けるようにして、ひたすら走る。音が大きくなる度、立ち止まってルートを変える。
爆発音。遠くの方で何度か聞こえた。身体が固まる。
どこから逃げればいい?どこが正解の道だ?次はどこで爆発する?
死にたくない。死にたくない。そう思うと怖くて動けない。
「戦闘員、さん…」
「…クロ、急ごう。」
身体が動かない。それはきっと恐怖だけのせいではない。

「戦闘員さん、映画館に戻りましょうか。」
「…え?」
「もう動けないですよね?もう、そこから逃げるしかないですよ」
「…映画館からって、どうやるんだ?」
「魔法を使います」
クロは微笑んだ。なにを言ってるのか、わからなかった。
「クロ、でももうおまえ、へとへとじゃないか。」
「…あと一回なら使えます。」

あと、一回

「戦闘員さんだけでも逃げて下さい」
「…馬鹿言え、置いていけるかよ。」
「戦闘員さん、動けないでしょ?」
「…動ける」
「嘘つかないで下さい」

クロは俺をまっすぐ見つめた。

「さっきの毒が回ってきているんですよね。」
「……いつからバレてた?」
「最初から、とは言い過ぎですけど。割と早く気づきましたよ。」

そうだ。身体中が痺れて、視界がぼやけている。五感が鈍っている。意識が朦朧とする。
いくら腕をしばっても、いくら血を止めても、毒は確かに俺の身体を巡っている。
クロには活動限界がある。今の俺にも、活動限界があった。もう、俺も、クロも限界なんだろう。

「これ以上貴方に無理をさせる訳にはいきません。先に救助を行います」
「だからって…そうだ、クロも逃げればいい。1回で二人とも逃げれば…」
「無理ですよ。質量が増えれば負担も大きくなるんですから。」
「フォローはする。なんとかする。多分、総督たちもフォローに回ってくているはずだ」
「私が、行けないんです。」

クロは俺の言葉を遮った。
「一緒に来た魔法少女がいないんです。置いていけませんよ。」
「…あ」
「相棒、みたいな子なんです。だから、せめて貴方だけでも。」
「なら、俺も残る。一緒に探して、そこから逃げよう。」

クロは首を振った。
「毒が回っているなら、一刻も早く処理すべきです。貴方が残っては危険です」
「でも、ここに残ればお前が」
「英雄の代償ってやつですよ」


クロは笑った。怖いのは自分だって同じなはずなのに。笑った。
「私は、誰一人見捨てたくない。見捨てれば、魔法少女では、正義の味方ではなくなってしまいます。」


「おかしいですよね。さっきまで私、戦うことしか知らなかったのに。でも、人を助ける事を知ってしまいましたから。」

「それは、総督さんに教わったんです。出会ってすぐの、それも敵将から学ぶなんて不名誉極まりませんが…感謝しています。おかげで私、正義の味方になれました。」

ああ、似ている。
本当に似ている。彼に、似ている。

「だから、私は、魔法少女として、その代償を支払います。」
死にたくない。死にたくない。死にたくない。どうして死にたくない?会えなくなるから。総督に、会えなくなる。傍にいてやれなくなる。それはダメだ、いやだ。あいつを、あんな不安定なやつを放っておけない。でも、それはクロも一緒だ。放っておけない。

だけど、だけど、だけど。

「戦闘員さん」
「私は、魔法少女です」
「鉄の魔法少女です。クロとでも呼んでください。」
「あなたを、助けます。お覚悟」

ぴ、ぴ、ぴ。
そして、タイマーが止まる。

足場が崩れた。
クロが下へ、下へと落ちていく。


『ねえ、知ってる?』




ああ、よくよく知ってる。
そうだ、そうだった。
俺はーーーー






「掴まれッッッ!!!」

俺は迷わず手を差し出した。

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