平凡騎士の英雄譚

狛月タカト@小説家になろう

第一章12\u3000『奈落からの生還』



 意識が覚醒して最初に感じたのは、身体に走る激痛だった。
 むしろ意識がはっきりしているからこそ、その痛みをより鋭敏に感じてしまう。

「ぐぅっ!?」

 人が感じるには鋭すぎる激痛にのたうち回りそうになるが、身体にそんな力も残っておらず、ろくに動けないまま激痛に苛まれる。
 いっそのこと、死んだ方が楽になれるのではないか。そんな思考が脳裏に過ぎる。
 心が、身体が間近に迫る死に身を任せようとした時、ラウルの傍で夢の中で聞いた耳に澄み渡るような声が響く。

『ラウル、落ち着いて聞いて。あんたの体はあたしと契約した事で少し変化したの。体の中で魔力を循環させるように流してみて』

「ティル、か……夢の中のことは、夢、じゃなかったんだな……」

『そんなことは後でいいから、早く! じゃないとあんた死ぬわよ!?』

「あ、ああ、わかった、っやってみる」

 収まらない激痛に顔を引き攣らせつつ、言われた通りに体内を流れる魔力を体中に循環させていく。
 しばらくすると、激痛から痛みへ、そして痛みが徐々に引いていくのを感じた。
 痛みに鈍っていた思考も正常に回り始め、起き上がって自分の体――腹部に恐る恐る手で触れる。

「傷が……塞がってる」

『あんたの身体は契約によって、自己治癒能力が格段に上がってるのよ。さすがに不死身とまではいかないけど、大抵の傷は自然と治るし、魔力で活性化させれば深い傷も早く治るわ』

 得意気に語るティルの声がした方向に視線を向けると、気を失う直前に見た一振りの剣が地に突き刺さっている。
 磨き込まれたように怪しく光る刀身、黒く武骨な印象を受ける柄、そして鍔の部分に深い紫の宝石が三つ、埋め込まれている。
 その宝石が目が合ったように反射で光るのを見て、ティルの綺麗な紫眼を思い出す。

「助かったよ、ティル。向こうでじいちゃんばあちゃんが手を振っている幻が見えたぜ……」

『……それ、シャレじゃなくほんとに一歩手前だったんじゃない? ……とにかく、あたしを抜きなさい』

「ああ、わかった」

 ラウルは頷くと、立ち上がってティル――魔剣ティルフィングの前まで行き、その剣の柄を握る。

「ティル、いくぞ」

『あ、優しくね。久しぶりだからちょっと緊張しちゃうから――いやあぁ!』

 ティルの言葉を聞き流して、力を込めて一気に引き抜く。
 試しに素振りをしてみると、驚くほどに手に馴染む感覚がした。

『ちょっと、いきなり振り回さないでっ!』

「すげえ手に馴染む……これも契約の効果なのか?」

『そ、そうよ! 使い手の一番扱いやすい重さになるの――って、それより信じらんない! あんたデリカシーなさすぎじゃないの!? 優しくって言ったのに乱暴にするんだからぁ……』

「剣の姿でんな事言われても全くそそられねえよ……」

 汚されちゃった、などと泣き言を言っているティルに溜息が出る。
 中身はあの美しい少女のはずだが、魔剣のままで言われてもそれがどうした、という感想しかでてこない。
 
「さて、なんとか生き長らえた事だし、ここから出るか」

『ぐすっ……そういえばあんた、火竜と戦ってたみたいだけど、なんでこんなとこに火竜がいるの?』

「それはこっちが聞きたいくらいだ。その口振りだと、ここは火竜の棲み処じゃないんだな」

『そりゃそうよ。竜種は本来山の上に棲み付くし、こんな山の下にまで降りてこないはずなのに……』

「まあ確かに疑問はあるが、それは後だ。入り口でまだ……火竜が生きてるかもしれないしな」

 あの時の記憶は定かではないが、ラウルの思い付きの策によって洞窟の天井を魔術で破壊して、火竜は崩れ落ちた岩石の下敷きになったはずだ。
 火竜の絶叫を上げたのと、地鳴りが響いたのは覚えている。
 その後どうなったかは分からないが、夢の中での事が現実では一瞬の事なら、まだそこまで時間は経っていない。
 ラウルは暗闇の中、入り口があったであろう方向に慎重に歩き始めた。

 しばし歩いていると、少しずつ足元に瓦礫が散見し始めた。
 ラウルが魔術を打ち上げたのはこの辺りか、と当たりをつける。
 そして前方を目を凝らして見ると――。

「グルゥゥゥゥゥ…………」

 弱弱しい唸り声を上げる火竜が、居た。
 未だその眼は憤怒に染まっているが、その巨体は瓦礫の下に埋もれていて、周りには散々足掻いた様な爪痕が残っている。
 さすがの竜種も、大質量の岩石には抗えないという事だ。

「火竜――どうしてお前がここにいたのか、俺達を見るなり襲ってきたのかはわからない。だが、お前が俺達を襲ったのは事実だし、俺は脅威となる者には容赦しない」

 魔剣を構えながらそう告げるが、火竜に伝わっているかは分からない。
 伝えようという気もさらさらない。これはラウルの騎士としての――最低限の礼儀だ。

「お前にとっちゃ、俺が相手なんて不本意かもしれないが……『平凡騎士』、ラウル・アルフィムが――お前の命、貰い受ける」

 そして、息絶え絶えな火竜の眉間目掛けて――魔剣を一閃した。
 鉄で出来た騎士剣とは比べ物にならないほど、魔剣は容易く火竜の鱗を切り裂き、その脳天に沈み込んだ。
 ラウルの斬撃がなくとも、火竜はこのまま息絶えていたかもしれない。
 だが、これ以上苦しませることもないだろうと、ラウルは火竜の息の根を止めた。

『あんた、平凡と言ってる割には火竜を単独討伐しちゃうなんて……もしかして自称なの?』

「もしそうだったら、俺ももう少し天狗になれていただろうさ。だが残念ながら、俺は自他共に認める平凡な騎士だよ。火竜だって、俺が相手する前に弱らせてくれた奴がいたから倒せたようなもんだ。俺一人の力じゃない――つっても、この状況を結果的に考えると、平凡だと言い張るのも厳しいか……」

『ふーん、ま、なんでもいいけど。あたしと契約したんだから、ラウルは英雄になるんだし』

「おいおい、その話蒸し返すのかよ……」

 苦笑を浮かべようとするが、失敗して頬が引き攣る。
 英雄云々の話は、ラウルにとって極力忘れたい事柄であった。
 自分が英雄になるなど、笑い話にもならない。
 近くで英雄足る男を見せつけられ続けて、どうしてそんな事が思えようか。

「とにかく、俺はそんなつもりでティルと契約したわけじゃないし、基本的にお前の力とやらは使わない。……代償が怖いからな」

『そう……でも、あんたはきっと、あたしの力を必要とするわよ』

「そうならないのが一番だよ。それに、契約だけでも十分力を貰った」

 自己治癒能力に、名剣を勝るであろう切れ味の魔剣。
 これだけでも、ラウルにとって大きい力だ。
 正直、技量が追い付かず剣に振り回されそうだ。
 ある意味では、既に振り回されているのかもしれないが。
 魔剣をいつもの癖で鞘に戻そうとした所で、魔剣の鞘がない事に気付く。

「ティル、お前の鞘ってないのか?」

『あるわよ。ちょっと待って』

 ティルが返事をすると刀身が輝きだし、その眩しさに目を瞑る。
 輝きが収まると、刀身は黒い鞘に包まれていた。

「……何でもありなんだな、魔剣ってやつは」

『ふふん、すごいでしょ』

 脳裏に精一杯胸を張り自慢気な顔をした少女が浮かんだ。
 そんなティルを意識的に無視し、鞘ごと腰に靡いた後、火竜の亡骸の向こう側に視線を向ける。

「まずはこの瓦礫の山をどかさないとな……我ながらちょっとばかし派手にやっちまったもんだ」

 瓦礫の山に手をかざし、地属性魔術の術式を展開する。
 少しずつ瓦礫を変形させて人が入れる程の隙間を作り、その周りを固めていく。

『へえ、器用なものね』

「まあな。こういうちょっとした魔術が役に立つ事もあるもんだ」

 しばらくそれを繰り返していくと、隙間の奥から光が射し込む。
 出口が見えたので、ラウルは隙間に体を滑らせ外に出た。

「そんな時間は経ってないのに、久しぶりに陽の光を浴びた気がするな」

『ん~! あたしなんて外に出たの千年ぶりよ! やっぱりお日様はいいわね』
 
「そりゃよかった。おし、村に戻ろう。仲間と合流したい」

『仲間って、あんたが一緒に旅をしているっていう仲間?』

「そうだよ。憎らしい程容姿端麗な英雄の男と、超絶可愛い聖女様に、聖女のお付きのちょっと、いやかなり冷たい美人神官のお姉さん。それと俺とで、魔剣を探す旅をしてるんだ。とはいえ、旅って旅はまだしてないんだけどな……ティルと出会ったのも、その目的があったからだ」

『ふ、ふーん、容姿端麗な英雄、か。あ、男は顔じゃないわよ?』

「その言葉、そんな弾んだ声で言われても説得力ねえよ……」

 やはり、顔が良いというのはそれだけで得なのだと、ラウルは嘆息しつつ歩き始めた。




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