平凡騎士の英雄譚

狛月タカト@小説家になろう

第一章11\u3000『魔剣契約』

 

 興奮冷めやらぬといったティルフィングは、ラウルの改まった話の切り出しに対して、気を取り直したようにこほん、と前置きして――。

「それもう何回も言ってるけど、助けてあげるわよ。というか、せっかく契約したのにすぐ死なれたら困るじゃない。あたしだって慈善で言ってる訳じゃないんだから」

 何言ってんのよこいつ、と言外で伝えてくるような視線に、ラウルは顔を引き攣らせる。
 確かにそうだが、こっちは魔剣の事について悪い噂しか聞いてない身なのだ。

「……じゃあ契約をしたとして、そこに生じる制約はあるのか? 例えば――呪い、とか」

 ラウルの懸念は命が助かったとしても、契約した事によって体を乗っ取られたり、正気を失って人に害する存在になったりするのかどうか。
 もしそんな命だけがある状態の悪魔じみた契約なら、例え死が待っていようとも断るつもりでいた。
 それは騎士としての誇りからくるものでもあり、人として譲れない一線である。

「呪い、ね……少なくとも、あんたが考えてるような呪いはないわ。契約することであんたの身に何かが生じるのは、強いて言えば契約紋が身体に刻まれるぐらい。ただ――」

「ただ?」

「あたしの力を行使する為の……代償は、ある」

「代償……そりゃまた、魔剣様にはお似合いの言葉じゃないか」

「あたしの場合、特にその代償が重いの。まあ、その代わり与えられる力も大きいんだけど――大いなる力には、大いなる代償を、って事! どう? 正直に話した事はあたしの誠意よ。実際に代償があんたの身に降りかかるまで、黙っている事だって出来たんだから」

 さらりと恐ろしい事を、しかし寂しげな微笑を浮かべながら口にする魔剣ティルフィング。
 そんな彼女が提示した誠意を、ラウルはしばし瞑目して頭の中で噛み砕き、頷いた。

「つまりその代償とやらも、俺が自分の意思で力を欲した場合に起きるものだって解釈でいいか?」

「ええ、間違っていないわ。あたしの力を使うかどうかは、あんたの選択に委ねられる」

「そうか。俺の意思で選べるならそれでいい。最後に聞きたい――俺を契約者として選んだ理由はなんだ? いくら人気がないところにあったからって、お前にも選ぶ権利はある……こう言っちゃなんだが、俺は強くも弱くもない、平凡な人間だ。魔剣に選ばれる程の素質なんてあるとは思えない」

 主観的にも客観的にもそれは紛れもない事実で。
 ラウルに実は秘めた力がある――なんて妄想はとうの昔に捨てた。
 だからこそ、魔剣の目的が分からない。
 例え、悪意がある目的だとしても、ラウルに主導権があるならばどうとでもなるにはなるが。

「それは……あんたが願ったからよ」

「願った? 魔剣と契約したいなんて俺は――」

「違う――英雄になりたい、ってあんたの願いの事よ。死ぬ直前に強く願ったその想いを、あたしは気に入ったの」

 そんなラウルの疑問に、眼を細めながらティルフィングは当然の事のように答えた。
 意識が朦朧としてる中、自分はそんな身の丈に合わない願望を抱いたのだろうか。
 ずっと心の奥に隠し続けていたものを暴かれた気がして、急激に羞恥心が顔に出る。

「ぐっ……り、理由はわかった」

「なに? もしかして身の丈に合わない願望持っちゃった俺恥ずかしい、なんて事思ったの?」

「やめろおおおお、死にたくなるからやめてくれええ……」

「現在進行形で死にかけてるあんたが言うと冗談に聞こえないわよ……それに、恥ずかしがることなんてないわ。胸を張りなさい――魔剣ティルフィングに認められし者よ」

 身悶えするラウルに、ティルフィングはその見た目に合わない厳かな物言いをした。
 それを聞いたラウルは悶えていた動きを止めて、佇まいを正して向き合う。

 深い紫の髪に、紫のドレス。
 毒々しく、されど魅惑的なその色を纏った、黙っていれば美しい少女は紫眼でラウルを見据える。

「――あたしと、契約する?」

「……ああ、する」

「あたしと契約して、何を望むの?」

「……守りたい人を、守れる力だ」

「そう……やっぱり、あんたを選んで良かった。あんたの行く先をあたしが切り開いてあげる」

 嬉しそうに、ふわりとラウルの腕の中に飛び込んでくるティルフィングを受け止める。
 抱きしめた彼女はとても魔剣だとは思えなくて。
 その華奢な体は柔らかく、そして優しく甘い匂いがした。

「お、おい……」

「これから、あんたとあたしを繋ぐ契約の証――契約紋をあんたの体に刻むわよ」

 突然の抱擁にどぎまぎするのもお構いなしに、ティルフィングはラウルと両手を向かい合わせに繋ぐ。
 そのきめ細やかな白い指がラウルの手と絡み合い、ギュッと握られる。

「――我、魔剣ティルフィングは、ラウル・アルフィムと共に在り、共に戦い、共に生きる事を……ここに誓う」

 その柔らかく艶のある唇から、透き通るような声で言葉が紡がれた。
 その瞬間、二人の周りを吹き荒れるような魔力の奔流が渦巻き、繋ぎあった両手に熱がこもる。
 一瞬の高熱の後、両手が激しく光を放ち、辺りを照らし出す。

 そして徐々に発光が収まっていくとラウルの両手の甲には、どこか魔術の術式にも似た円形の紋様が刻まれていた。

「これが、契約紋か……」

「そう、あんたとあたしを繋ぐ契約の証。これからよろしくね――ラウル」

「ああ、よろしくな。そういや、俺はお前の事をどう呼べばいい?」

 初めて彼女から名前を呼ばれた事で、今更ながらお互いにあんたとお前呼ばわりだった事に気が付く。
 ラウルの問いに少し思案気にふける表情をする。

「んー……ティル様、ティルお嬢様、ティル姫? うん、やっぱりティル様が安定ね!」

「却下。なんで俺がお前を敬わなきゃならないんだよ。対等な関係のはずだろ? ――ティル」

「ッ――うん、まあ、うん、呼び捨てはちょっと気に食わないけど、わ、悪くはないわね、ええ」

 言葉とは裏腹に、花が咲いたように喜びを隠しきれていない表情を浮かべるティルを見て、意外と可愛い所もあるんだな、とラウルは思った。

「ティル、これで契約が終わったなら、そろそろ現実の世界に戻してくれ」

「へっ!? あ、そ、そうね、そうよね……そっか、もう戻らないといけないわよね……」

「そんな行かないでオーラを出されても困るんだが……」

「は、はあ!? そんなの出てないでしょ!? っていうかそもそも思ってないわよ! ただ、この姿で話せるのはしばらく出来ないから……」

 しゅん、と俯くティル。
 そんなに、人との触れ合いに飢えていたのだろうか。
 いや、それは当たり前かもしれない。
 ティルという人格を持つ魔剣は千年という月日を、恐らくずっと一人で過ごしてきたのだ。
 誰とも会うこともなく、話すこともなく、ただただ孤独に時が過ぎ去るのを眺めたまま。

 もし、自分がその立場だったらどうしていただろうか。
 発狂していたか。あるいは長い時の中で時間の感覚も麻痺して感情を失っていたかもしれない。
 そう考えると、感情を素直に表現できるティルは、なんと尊い存在なのだろう。

「あー、その、現実でも話はできるんだよな? なら、これから沢山話をしよう。色んな所へ行こう。ティルにも関係ある話なんだが、今ちょっとした刺激的な旅をしてるんだよ。だからティルにも、千年後の世界ってやつを見せてやれると思う――退屈はしないと思うぜ?」

 自分には千年を一人ぼっちで過ごすなんてとても無理だろうなと思いながら、ラウルは頭をガシガシと掻きながらティルにそう言った。
 ラウルにティルの孤独の全てを理解することはできないが、せめて同じ時を過ごす間ぐらいは彼女を楽しませてやりたいと、思う。

「ラウル……うん、ありがと。それはすごく楽しみだわ」

 そんなラウルの誘いに目を瞬かせ、その目尻を手で拭う仕草をしながら、ティルは微笑を浮かべた。
 この場でしかその微笑を見れないと思うと、ラウルもこの邂逅の幕引きを残念に思ってきた。
 しかし、絶対に生きて戻ると約束した人がいるのだ。
 その為には、現実世界に戻らなければならない。

「……また、ここで会えるか?」

「あ、うん! ラウルがどうっしてもこの姿のあたしに会いたいっていうなら、いいわよ?」

「ああ、楽しみにしてる」

「そ、そう。じゃあ、また後でね!」

 思っていた返答とは違ったのか、調子が狂ったような相槌が返ってきた。
 徐々に視界がおぼろげになっていくのを感じる。現実で目が覚める予兆なのだろう。
 最後にティルに向かってまたな、と返そうと口を開こうとした時、何か大事な事を聞き忘れている気がした。

「ああああ! 俺の傷どうやって治すん――」

 それが何だったのかを思い出して、急いでティルに聞こうとしたところで、ラウルの意識は現実へと引き戻されていった。

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