平凡騎士の英雄譚

狛月タカト@小説家になろう

第一章3\u3000\u3000『神託を授かった少女』

 

「――はああぁぁ……き、緊張した……」

 謁見の間に出て歩きながら開口一番発せられたのは安堵の声だった。
 ジークムントの登場が予想外であったのでその時ばかりは肩の力が抜けていたのは否めないが、やはり常識的な感覚を持つラウルにとってあの場は心臓に悪すぎる。

「そんなに緊張していたのかい? いつも通りのラウルだった気がするけれど」

「ばっかお前、めちゃくちゃ緊張したに決まってるだろ! 国王陛下だぞ、陛下! 普通は俺みたいな下っ端の騎士が言葉を交わせる御方じゃねえんだよ」

「だけど、陛下はとてもお優しい方だよ。そう身構える事もないだろうに」

「それとこれとは別問題なんだよ……お前と俺の感覚が大いに違う事は分かった」

 肩をすくめるジークムントを恨めしげに睨む。
 ラウルの小市民じみた感覚と、この完璧超人を具現化したようなジークムントの感覚が合う訳がない事を改めて思い知らされた所で、二人のやり取りを見ていたユリアがクスッと笑みを浮かべた。

「お二人とも、仲がよろしいんですね」

「いや、そんな事はない、です」
「一番の友ですから」

 同時に反応するも正反対の事を言う二人を見てさらに笑うユリアの鈴音を転がすような声に胸が震える。
 なんだろうか、この感情は。初対面の女の子にこんな激しく感情を揺さぶられる事は初めてだった。
 笑うと可愛らしさが増し、年頃の少女なのだな、と至極当たり前の感想を抱く。

「ユリア様、でしたよね?」

「はい、ユリアでいいですよ。様付けされてしまう程偉くもなんともないですから」

 微笑むユリアに顔がにやけてしまいそうなるのを堪え、今日イチのいい顔を意識する。

「では、俺の事もラウル、とお呼びください――このラウル、あなたの騎士として誠心誠意御守りいたしますゆえ!」

「はい、ありがとうございます。ユーティリス王国の騎士様がいてくれれば百人力ですねっ」

 ふんす、と腕を上に曲げて拳を作る姿の愛らしさにくらくらしつつ、ラウルはずっと気になっていた事を質問する。

「あー、ユ、ユリア、さんは聖女って呼ばれていたけど……世間知らずで申し訳ないんだけど、一体何をする人なの?」

「聖女って呼ばれだしたのは最近の事なので、知らないのも無理もないです。私自身、聖女なんて柄でもないのですが、女神マグナ様を祭る祭壇で私が神託を授かってからそう呼ばれるようになりまして……」

「神託?」

「ああ、聞いた事があるよ。神のお告げは神に愛された者だけが聞く事ができる――だったかな」

「それって物凄い事なんじゃないのか? 神の声が聞こえるなんて物語の中だけだと思ってたよ」

 ジークムントの捕捉に驚き、目の前の少女がマグナ教にとって重要人物である事を再認識する。


「いえ、確かに神託を授けて頂いた事は私にとって喜ばしいですけど、私自身は治癒魔術しかできないので大した事ないんです、ホントに」

「治癒魔術が扱えるのも十分凄い事だよ。光属性持ち自体希少なんだしさ」

「そ、そうでしょうか……」

 魔術の素養を持つのは五人に一人を言われていて、その中でも光、闇属性の魔術は属性持ちと呼ばれる適性がある人間にしか使えないのだ。

 治癒魔術師であり、神託を授かった類稀なる美少女。

 なるほど、聖女と呼ばれるのも頷ける。
 うんうんと頷くラウルに、照れ笑いを浮かべるユリアはそれを誤魔化すように話を続ける。

「それで、その神託というのが今回の事と関係がある――というより目的そのものなんです」

「目的……そういえば、ユリアさんが護衛を必要とする理由を聞いてなかったな」

「はい。神託は唐突に頭に響くように、でもその声が何故か女神マグナ様の声だと心が理解できたんです。そしてマグナ様はこう仰りました――各地に眠る魔剣を回収し、大いなる災いを防ぐのです、と」

 外に視線を向けて――聖女は神託の内容を告げた。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 王城から出たラウルは、ケルヴィンに報告する為にジークムントとユリアと別れて訓練場に向かっていた。

 出発は明日の早朝。先程巻き込まれた身としては、随分と早い予定である。
 しかし、今回に限ってはジークムントに感謝している。

 彼女と出会えたのはラウルにとって、人生で五指に入ると言っても過言ではない幸運だ。
 この気持ちを、ラウルは正しく理解していた。

「恋、だよな……これ」

 思わず声に出した事でカッと顔が熱くなる。
 すれ違った中年のおじさんがぎょっとこちらを見たが気にしない。
 この感情というのは、誰しも制御しがたいものだと身を以ってラウルは知る事となった。

 しかし、相手が聖女というのは高嶺の花過ぎる。
 そうは思うが、ラウルにとってそれは諦める理由にはなり得ない。


 ――それに、だ。


「せっかく聖女様の護衛という素晴らしい位置が舞い込んできたんだ。これは漢、ラウルに高嶺の花を摘み取れという神のお告げに違いない」

「――何言ってんだ、お前」

 怪訝な顔をした渋い野性的な顔が目の前にあった。
 いつの間にか、ケルヴィンの前にまで来ていたらしい。

 ビシッ、と直立の姿勢でラウルは報告をする。

「騎士ラウル、今日を以って漢になります!」

「訳分かんねえよ殴るぞ」

 そう言って既に手が出ているケルヴィンはなるほど、歴戦の騎士だ。
 奇襲じみていたのもあるが早すぎてほとんど目で追えなかった。

「いやもう殴ってんじゃないですか! 痛ってえ……」

「上司に訳の分からん報告をするからだ。それに今のも避けられないようじゃ訓練が足らねえみたいだな――鍛え直してやろうか、ああ?」

「ちょ、ま、待ってください! ちゃんと説明しますから!」

 この人怖えぇ、と今更な恐怖を抱きつつ、王城でのいきさつを説明した。

「護衛、ねえ……お前がか?」

「それは俺も同じ感想ですけど自分で思うのと他人に思われるのとではダメージが違うんで抉らないでもらえますか? あ、後文句はジークに言ってくださいよ」

「いや、別にお前が弱いからと言っているわけじゃねえよ。良くも悪くもお前は平凡、だからな……機転は利くから相方がジークムントなら心配はいらんか――分かった。明日には王都を発つんだな」

「はい、それといつまでとも言われていないので期間は未定です」

 ケルヴィンは頷いて、ラウルの肩を叩く。

「そうか……まあ、死ぬなよ。俺から言える事はそんだけだ――そう鍛えてはやったはずだしな」

「縁起でもない事を言わないでくださいよ。あ、あの地獄のような訓練の日々を思い出したら気持ち悪くなってきました……」

「帰ってきたらまた地獄を見せてやるよ」

 そう笑みを浮かべるケルヴィンに戦慄し、ラウルは引きつる顔に笑みを張り付けてはい、とか細く返事をした。



 ラウルにとっていつもより少し変化した日常が明日から、始まる。



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