とある素人の完全駄作

もやし人間

9話 待っててな

学園都市最強の超能力者レベル5一方通行アクセラレータ』との邂逅かいこうから数日後。奇能力者レベル0+の少年、前田智也まえだともやは自室のベッドの上で目覚めた。ゆっくりと体を起こし、軽く伸びをする。そして、独り言を呟く。
「あれは......なんだったんだ......?」
『あれ』
それは前田が今、目覚める直前まで見ていた夢の事だ。より厳密に言えば、その夢の中に出てくる、『巨大な怪物』の事。とにかく巨大だった。そして、能力をいくつも持っていた。
「俺と同様の実験を受けた人がいて、さっきのはその成れの果てとか......?」
そう呟いてから、前田は小さくかぶりを振った。無理矢理納得させるように、
「いや、ないか......」
と呟くと、ベッドから降りる。グラスにアイスコーヒーを注ぎ、それを片手にデスクトップPCの前に座る。黒い液体を一口飲み、いつものようにネットサーフィンでもしようとマウスに手を伸ばした、その時。
PRRRRRR  PRRRRRRーーー
机の端に置いてある前田のスマホに電話がかかってきた。画面にあった名前は、御坂美琴みさかみこと
(そういえば、さっきの夢に出てきたバケモンの前に、誰かいたな......あのシルエット、あれって......)
記憶の糸を手繰たぐり寄せる。
(御坂さんだったんじゃ......)
何故なぜかは分からないが、前田は小さい頃から予知夢よちむをよく見る。嫌な予感も妙に当たる。
あまりにもリアルな夢。そこに出てきた、美琴らしき人物。それを見た瞬間の、眉間みけんにちりりと来るような、嫌な予感。
「......まさかな」
そう呟いて電話に出る。
「もしもし、御坂さん? 珍しいね、アンタが俺に電話......」
『と、智也君!? 聞いて、大変なの!!』
そして前田は、美琴の言葉を理解するのに時間を要した。
佐天涙子さてんるいこが倒れた、という言葉を。

幻想御手レベルアッパー
一見するとただの音楽プレーヤーで、中の曲もいたって普通。しかしその曲を聞くだけで能力のレベルを容易に上げるアイテム。学園都市で密かに流行した、無能力者レベル0低能力者レベル1の者たちにとっては夢のようなアイテムであると同時に、その効果の代償として使用者を意識不明の重体におとしいれる、悪魔のアイテム。その犠牲者の1人に、佐天はいたーーー

病院に沢山ある病室の一つ。その中にある四つのベッドのうちの一つ。その横に誰かいる。黒い髪に黒い瞳の少年。前田だった。彼は、自分の前にあるベッドに目を向け、その上に横たわる1人の少女の名を呟く。
「佐天さん......」
名前を呼ばれた少女は、しかし何も言わなかった。まぶたは開くどころか、動きもしなかった。意識を失った友人の顔を見て、前田は不安に襲われる。
(もし、このまま佐天さんの目が覚めなかったら......俺のせいだ)
幻想御手レベルアッパーうわさは、連日ネットサーフィンをする度に見かける。しかし、「どうせ都市伝説」と、切り捨てていた。そして、そんな都市伝説こそ、佐天の大好物であった。前田は佐天が、無能力者レベル0にコンプレックスを抱いている事を、なんとなくではあるが察していた。能力者に対して強烈な憧れと劣等感を抱いている事にも。知っていながらも、彼は触れようとしなかった。壊れてしまうような気がしたから。触れてしまえば、美琴や黒子、初春、佐天の、4人の関係が壊れてしまうような気がしたから。
以前、幻想御手レベルアッパーが話題に上がった時、佐天が何かを言おうと、そして何かを取り出して美琴たちに見せようとしたのを、前田は見逃さなかった。何か、音楽プレーヤーのような物を。しかしその直前の黒子の発言で佐天は黙り込み、取り出そうとした何かもジーンズのポケットに戻してしまった。
黒子は幻想御手レベルアッパーを、そして、それの使用者たちを批難した。否定した。佐天の表情から、前田は大体の事を察した。
佐天は幻想御手レベルアッパーを持っている。まだ未使用ではあるものの、恐らくどこかで使おうとしている。知っていた。分かっていた。
なのにーーー
自分への激しいいきどおりと後悔、自責が、その身を焦がす。
「......、」
前田は、友達と呼べるような存在を知らなかったし、持たなかった。ずっと独りのままだった。そんな真っ暗な人生に光を当て、前田を友達と呼び、親しんでくれる、初めての存在。それが、佐天涙子だった。友達という存在のとうとさや温かさを、前田は教えられた。今の彼に「一番大切なものは何か」と聞くと、彼は友達と答えるだろう。
だが、彼は友達であるという現状を維持することを選び、結果佐天は道を誤った。
少年はベッドの横の床に膝をつき、震える声で、
「佐天さん......ごめん......ごめん......ごめん......ごめん......ごめん......ごめん......ごめん......」
謝る。何度も。何度でも。途中から涙がにじんだ。それでも謝る。謝り続ける。


何十回、いや何百回謝っただろう。下手をすれば千回以上謝ったかもしれない。だが、そんな事はどうでもいい。涙をぬぐって立ち上がる。
「今......俺が今やるべき事は......」
そう呟いた時。
佐天が苦しみだした。いや、佐天だけではない。他の患者、幻想御手レベルアッパー使用者全員が苦しみだしたのだ。病院内が急激に騒がしくなる。しかし、前田は冷静だった。
(多分、この病室にも大勢の医者やらナースやらが来る。俺がここにいても邪魔になるだけだ。なら......)
そこまで考えて、彼は自分の右手に視線を落とす。軽く握り、ゆるく開く。そして、また握る。今度はキツく。
ビュオッ!!
前田の右拳が薄く青い光を放ち、同時に小さな竜巻をまとう。
(っ......! やっぱ、負担デカイな......でも、今の俺に、負担がどうのこう言う資格なんかない......)
目を閉じ、大きく息を吸う。
(俺は、友達を守れなかった......だから......守れなかったぶん......)
目を開く。そこには、苦しむ佐天の姿が。
(......助けるんだ!!)
バシュッ!!!!
右拳から、風が消え、光が消える。しかし、力尽きた訳ではない。むしろ、馴染んでいる。恐らくこの日だけだが、馴染んでいる。
廊下から、ドタドタドタドタッ!! という音がする。医者たちが来る。そろそろ出ていかなければ。その前に。彼は佐天に向けて言う。
「ちょっと行ってくるよ。すぐ戻るから、待っててな」
言い終えると、前田はきびすを返す。窓を開け放ち、窓枠に足をかけ、飛び出す。直後に風の翼を携え上昇する。遥かな高みで止まると、今度は学園都市全域に向けて、微弱な音波をソナーのように放つ。遠くに、巨大な怪物のシルエットがある。その前には、原子力施設らしきシルエットも。そして、その間には、
1人の少女のシルエットが。そのシルエットから放たれる電磁波で、誰かはすぐに分かった。
(さあ、いっちょやるか)
翼を広げる。
そして
支配者は、立ち上がる。

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