王を恨んだ妃~第1章 復讐~

石ノ森椿

もう一つの恨み

ヨンは入ってこい。」
「はい。」

..燕?...というと男か...。
俺は扉の開く音に合わせて部屋の入口を振り返った。

そこには虚ろな目をした...女性が立っていた。

「この者は、私の娘だ。訳あって普段は男の姿をしていて武術に長けている。護身、殺傷に関してはこの者に師を仰げ。」

「...わかりました。」

こんな女が...?
武術に長けている...なんて信じ難い。
「こちらへ。お部屋の案内をします。」
「あ、はい。」


燕は一つの部屋に俺を案内した。

...思ったより広い部屋だな...。
俺は思わず燕より先に部屋に入った。

「ありがとな。こんな広いとこ。」
「」

「...燕?」
俺は返事が無いことが不思議でふと振り返った。

その時には俺の首に刃物が突き立てられていた。

「ッ!?」
「警戒心の欠片もないんですね。」

「な...なんでッ」
「あなたが刺客ならその質問に答えますか?」

ッ...。
俺は慌てて頭を振った。

「ならば早く護身をとってください。」
「...へ。」

いや、そんな方法知らんし!
「...私の手首を掴んで思いっきり押し出してください。」
「...え?「首切られたいんですか?」のわっ!!!!」

燕の刃物を構えた手に力が入った瞬間、俺は思いっきり燕の手首を押し出した。

ドカッ

燕の体は簡単に後ろに飛ばされて扉に体がぶつかった。
「あ...だ、大丈夫か?」

「えぇ。...まさか刺客相手に手を貸す人初めて見ました。」
「だってお前刺客じゃないじゃん。」
「ッ...。」

燕は俺をギロっとにらんで俺の部屋を出ていってしまった。




...にしても急に首に剣を突きつけてくるなんて...。

初っ端から俺、嫌われた...な。
でも...さっき娘って聞いたのに、なんで男の格好なんか...。

しかもあんな...物騒な性格。
そして何より、あんなに簡単に他人を自分の部屋に上げてしまう娘の父親との性格の差が...俺の背筋を少しこわばらせていた。

...俺はこの家に、少しだけ妙な雰囲気を感じつつ、その夜を迎えた。





「ゆうげでございます。」

夕飯の時間になって、俺が台所に向かおうと立ち上がったとき、燕の声が聞こえた。

「あ、ど...どうぞ。」
すごい...上の人たちはこうやって食事も運ばれてくるのか...。

俺が感心していると燕はまたギロりと睨んだ。

「食事が運ばれてきたら、まず汁物に匙を入れてよくかき混ぜてください。」

へぇ...すごくいい匂い...。
俺の腹の虫が一つぐうとなった。

「食べる作法って決まってるのか?」
「いえ。ただ...」

燕は汁物から匙をゆっくり取り出した。
その匙は真っ黒になった。

「毒が入ったものはこのように変色します。」
「なッ...毒!?」

俺は思わず近づけていた顔を離した。
「故に、こうなった時はひっくり返してでも食事自体を下げさせてください。」


それってなんか...
「...もったいないな。」
「死に急ぎたいならどうぞお召し上がりください。」

「ッ!!」
俺は慌てて頭をブンブンと振った。

「...ご心配には及びません。謝那様の分はきちんとここにあります。」

燕はそういいながら自分の横に置いてあった汁物を俺の膳に置いた。

「...それって燕の分じゃ「もういただきました。」...そう...か。」

俺は改めて匙を汁物につけて確認してから、食事を始めた。



「あともうひとつ。」
食事が終わる頃になって燕はまた口を開いた。
「...何?」
「これからこの家で"見るものは見ていない。"、"聞くものは聞いていない。"を貫いてください。」

「は?」
「それが例え...耐えかねる状況でも。」


「...それってどう言う「いいですね。」...はい。」

その燕の冷たい表情の中に隠された、何者にも変わらない憎悪の心を...

この時の俺はまだ知る由もなかった。




宵も更けて、雨がゆっくりと降り始めた頃、俺は催して便所に向かおうと廊下をゆっくりと歩いていた。

というのも、ここに置いてもらうことになったわけだし、家の人を起こすのも悪いと純に考えていたから。

俺は目をこすりながら長の部屋の前を差し掛かった時だった。

「ッ...あ...。...さい...。」

...ん?
長の部屋の中から女の声が聞こえた気がする...。

俺は恐る恐る部屋の扉に手をかけた。


うっすら開けた扉からは男女の性交の姿が見えた。

男は長。...女は背を向けていて顔が見えないでいた。

...正直気味が悪かったが、なぜ俺はその二人から目が離せないでいた。

その理由を自分に問い始めていたその時、長は女の汗で乱れた髪をつかみあげた。

女は少しの嗚咽と共に長に顔を向けた。
「どうか...お許しください...。」

俺はその顔と苦しそうな声に思わず体がびくついた。

...なんでこんなところにいるんだよ...母さん。




母さんの顔はとても辛そうで俺は思わず声をあげようと息を吸った。
「ッ!?」
その瞬間、俺の口は誰かの手に覆われた。

「...。」
「」
その手は俺より少し低いところから伸ばされていた。

あまりに細い線で俺はそっと後ろを覗くと、そこには長の部屋ににらみをきかせた燕がいた。

その目は長を冷たく蔑んでいた。


そんな燕を見て俺は、ただ黙ることに決めた。

燕はそれに気がついたのか、俺の手を取りスタスタと元来た廊下を戻って、燕の部屋に連れてきた。

「」
部屋の扉を閉めても、燕は座ることもなくそれから口を開かない凍りついた空気が部屋を覆っていた。...沈黙に耐えかねた俺はやっとのことで声を上げた。

「...燕...あの「母も。」...え?」

「私の母もああされて...され続けて死んでいきました。」
「...は!?」

そこまでいうと燕は振り返った。
その目には光など宿っていないのに光るものが一筋流れていた。

「あなたには、同じものを見る義務はなかった。」

燕はそう言うと俺の前に膝をついた。
そして、上着の服の紐を一つほどいた。

「燕...何して「私をお抱きください。」...ッ!?」




いきなりの展開に俺は混乱して口を開けたまま固まった。

ただでさえ母親のあんな崩れた姿を見たばかりで動揺してところに、こんなことになるなんて...。


すると俺の心持ちに気がついたのか、燕はもう一度口を開いた。



「私と同一心となっていただきたいのです。そして私の父、権をその手で殺めていただけませんか。」

「...ッ...。」
「私では既に警戒の目を向けられています。故に私を女のままにはしてくれなかったのです。」

そうか...。

あの権が目的を果たすためなら武術にも長けてる燕を妃に送った方が手っ取り早いはずだった。

しかしそれをしなかったのは...燕の母親をあんな手段で亡きものにしたから。

あの権の鋭い目と燕の冷たい目に腑に落ちなかった俺は、その説明に頷いた。

「ならば私をお抱きに「待て。...今お前を抱けば...多分ひどく扱ってしまう。」...それでもよいのです。」

「ッ燕!!...」
「私は、この家に生まれた時点で人ではありません。あの父親の子供なのです。...人と同じように扱われることがもともと間違っています。」

その言葉に燕の覚悟と父親への憎悪がにじみ出ている気がした。


「...わかった...お前を抱く。」
「燦様ッ...」

「その代わり、俺の前では絶対に...絶対に人として俺と接しろ。それが俺からの最初の命令だ。」

これが今の俺から出来る最重要の命令だった。




そして俺と燕は一度だけ体を重ねた。
しかしそれは愛から来る行為ではなく…虚しくお互いの怒りを慰め合う…それだけの行為。

その間、狂ったように地響きに近い雷が轟いていた。

情事後、燕は一粒だけ涙を流した。
外では燕と俺の心のように空が泣き崩れたように豪雨が鳴り響いている。
「...燕?」

「ありがとうございました。」
「は?」

...なんで燕がお礼なんか...。

「これからは、私に何なりとお申し付けください。」

俺はそのお礼に納得出来ないまま燕との契約を結んだ。



「...じゃ、まず学びたいことがある。...書物を買えるところはあるか?」

俺は自由に使える書物を数冊準備した。
書物は読むだけでない方法にも使える代物だ。


そしてこの書物を使うようになるのはこの日から7年ほどたってからだった。

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