恋物語 〜想いは時空を超える〜

雪姫

御影 志筑と佐久良 飛鳥の出逢い





時は平安。

これは時代を駆ける恋の物語。







「志筑様!志筑様!」
「婆や、志筑はここにおります」

ここは長い歴史を持つ御蔭家の一室。
今日も婆やの慌ただしい足音が聞こえてきます。

「あぁ、志筑様!探しましたよ」
「私はずっとここにおりますわ」

婆や(織子) は私の世話係で幼少期からの付き合いです。

「旦那様がお帰りになられるそうですよ!」
「父上様が!?」

父が家に帰ってくる。
それだけで私の心は華やぎました。

父は立派な武将でいつも戦場を駆け回っており、滅多に家に帰ることはありません。
けれど、幼少期に優しくしてもらった思い出はいつまでも忘れないように胸にとどめているので片時も忘れたことはありません。


「いつお帰りに?」
「早ければ今日の夜にはお着きになるそうですよ!」
「まぁ、それは大変!」

父を迎えるために準備をする必要があるのですが、まだ今日は何もしておりません。

「急いで準備しないと!」
「さようでございますね」

「婆や、着物の着付けを手伝ってちょうだい」
「かしこまりました」

父に御目通りする時は、必ず上質な装いをすることが掟です。

なので、私は婆やと着物を買いに城下町へ出かけました。




「この時期は1年で1番好ましいわ」
「そうですね、気温も肌に合っていますし、なにより風が気持ち良いです」

ススキを揺らす優しい風が肌を撫ででいきます。
そんな話をしながら仕立て屋へ向かっていたところ、なにやら騒がしい人だかりができていました。

「どうしたのでしょう?」
「少し見てきますね」

婆やがそう言って、あっという間に人混みの中へ消えてしまいました。
少し待ちますと、ようやく婆やが戻ってきました。

「何事ですの?」
「どうやら万引きをしようとしたらしいです」

「万引き?」

このご時世、万引きはよくある話です。
いちいちこのような大事になることでもありません。

「それにしては騒ぎが大きいような気がします」
「それが、万引き犯の輩が、」


「逃げたぞ!捕まえろ!!」

婆やが何か言おうとしたその時です。
さっきの人混みからポーンと人が飛び出してきました。
そしてこちらに向かい、走ってきます。

小さな頃から武術をたしなんでいる私にとって走ってくる男を止めるのは簡単なこと。

走ってきた男の腕を掴み、そのまま相手の勢いを利用して背負い投げをきめました。


「さすが志筑様!」
婆やが手を叩いて声をあげます。

商人や農民の方々も口々に感謝の意を述べてくださいました。

男をそのまま立ち上がらせて、商人の方に引き渡します。

「この方はお好きなようになさってください。」
「志筑様っ!!あっ、ありがとうごぜぇやす!」

そうして去ろうとした時です。


「待て。」

男が私を静かに見据えていました。
そこに憎しみの感情はなく、まるで私を探るような目でした。


「何か御用でもお有りですか?」
「名前、しづきって言うのか?」

突然名前を言い当てられて驚きましたが、先程婆やが私の名前を言っていたので当然と言えば当然のことでした。

「…それが何か?」
「苗字はみかげ、か?」

どうして彼が私の苗字を知っているのでしょうか。

確かに御蔭家はこの辺では有名な名家ではあります。
ですが、見たこともない服装から彼がこの辺の住人ではないことは明らかです。
それなのに苗字を当てられるのはどこか奇妙な気がしました。


「このお方は、御蔭家のご長女でございます。
   志筑様に対する無礼はこの織子が許しませぬぞ」

婆やは 私を庇うように前に立ち、男を睨みつけました。
周りも婆やに続いて、男を攻め立てる者が増えていきます。

それでも男は、私から視線を外しませんでした。
この場を見かねた私は男に問いかけました。

「名はなんと申すのですか?」
「俺は、佐久良 飛鳥。」

さくら あすか…。
不思議と聞き覚えがあるような気がしました。


彼とは初対面なのに変なことがあるものだと思いながらも、婆やに引っ張られて私はその場を立ち去りました。









あの後 菅沢呉服店という老舗の仕立て屋へ行き、白地に赤い彼岸花が咲き乱れる着物を買いました。
簪などを見ながら家へ帰って、早速婆やに着付けを始めてもらいます。

「あの男!絶対、志筑様に気がありますわ!!」
着つけている時も婆やはずっと例の男を罵っておりました。

「まぁ、何もなかったのですから」
「志筑様はお心が広すぎですわ!もっとご自分のことも、大切にしてくださいませ!」

婆やはふてくされたように頰を膨らませていましたが、着物を着た私を見ると頰をほころばせました。

「まぁまぁ!とってもお似合いですわ!」
「素材が良いですもの。誰にでも似合います」

私は恥ずかしくなって顔を下に向けました。


「いいえ!志筑様の美貌があってこそですわ」
婆やがあんまりうっとりと見つめるので、なんだかいたたまれなくなってしまって私は部屋を出ました。


廊下に出ると、目の前に吹き抜けの日本庭園が広がっております。
季節によって景色が全く異なるので、いつでも楽しませてくれる私のお気に入りの場所です。

廊下の端に座って紅葉を眺めていると
突然、葉の向こうからガサッと音がしました。

「っ!?」

目を逸らさずに音のした方を見ていると、ガサッ!と一際大きい音が響いて何かが立ち上がりました。


「きゃっ!」
「静かに。」

驚きながら何かを見ると、それは佐久良 飛鳥でした。


「あなたは!」
「俺は、アンタに逢うために、未来からきた。」

「……はい?」
「御蔭 志筑。俺達は出逢うために生まれた」

この人は、何を言っているの?

「どういう…?」
「俺は2017年の日本から来たんだ」


今は、1517年なので…

「500年後、ですか?」
「ここは1517年の日本なのか?」

「え、えぇ。」
戸惑いながらも頷きます。

「そうか…」
佐久良 飛鳥は肩を落としてうな垂れてしまいました。

「あの、未来、からはどうやってきたのですか?」
完全に信じたわけではないけれど、ここに1人で来たのは事実なのだし。
放っておいたら、死んでしまうでしょう。
とりあえず話だけでも聴いてあげようと思ったのです。


「俺は学校の修学旅行で京都に行ってた」
「…しゅうがく、、、京都?」
聞いたことがない単語ばかりで話が理解できませんでした。

「修学旅行っていうのは、学校の人達と旅行するってことで、京都は地名。」
「じゃあ京都も日本なのですか?」
あぁ。と 佐久良 飛鳥は頷きました。

「京都のお寺に居たが、大仏の胎内めぐりで順路を間違えて…」
「間違えた?」

変に思いました。
胎内めぐりは私もしたことがありますが、綱のような物をつたって行くので間違えることはありません。

「それはいくらなんでも…」
「でも本当だ。俺だっておかしいと思ったが」

再び肩を落とした佐久良 飛鳥に声をかけてあげます。

「じゃあ、私とあなたが出会うために生まれたというのは?」
「その胎内めぐりで皆とはぐれて、1人でいたら声が聞こえたんだ。」
「声、ですか?」

佐久良 飛鳥はコクリと頷きます。

「俺は最初空耳だと思ったが、静かな空間に響いてたから…」
「その声は、なんて?」

「『御影 志筑とお前の運命は共に。逢いに行け。』と。その声が聞こえて意識が無くなった」

一呼吸置いて佐久良 飛鳥が続けました。

「そして目覚めたら、この時代にいた。」
「それは、、お気の毒ですね…」

きっと急に自分が住んでいた時代から遠い昔に来てしまうのは辛く、寂しいことでしょう。

「多分だが、アンタと結ばれない限り俺は元の時代に帰れない。」
「………」
そんなことを言われても、私は困りました。
私だって彼を元の時代に帰してあげたいですが、かと言ってよく知りもしない殿方と生涯を共にするのは正直気が引けます。


「でも、私「そこで何をしているのですか!!」
ギョっとして振り返ると婆やが額に筋を浮かべてこちらを睨んでいます。
正確には、佐久良 飛鳥をですが。

「今すぐ志筑様から離れなさいっ!!」
「違うの、婆や…」
私が止めようとして声をあげますが、婆やは怒り狂っており、聞く耳を持ちません。
どこからか持ってきた箒を振り回し続けます。

佐久良 飛鳥はチッと舌打ちをすると私の耳に顔を近づけました。
「今日の夜、また来る。」
そうつぶやいて脱兎のごとく走り出します。

あっという間にその姿は見えなくなり、この場には私と婆やが残されました。


「志筑様、これはどういうことでございますか?」
「婆や違うの。彼は悪い人ではなかったの」
「言い訳は聞きとうありません。仕置きが必要なようですが、近く旦那様がお戻りになられるので早く支度をなさって下さい。」
「…はい。 」

私が大人しく返事をしたのを聞いて、婆やは1つ頷くと台所の方へ歩いていきました。


「今日の、夜…」
1人廊下に残された私は佐久良 飛鳥が言った言葉を繰り返します。
殿方とこのような約束をしたのは初めてですので、なぜだか緊張してしまいます。

フゥと息を吐いて私は強く顔をあげました。
こんなことで悩んでいるなんて父上様に知られたら怒られてしまうでしょう。
私は気持ちを切り替えて歩きだしました。

今日の夜になったら佐久良 飛鳥のことは考えればいいのです。それまでは父上様をお迎えすることだけを考えようと決意しました。

そうして私は婆やを追いかけて台所に向かいます。


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