勇者に惚れた元魔王が嫁になるそうです

c3zoo

ヒノモトにて

 朝日が昇ってから数時間後、昼前にヒノモトに到着した。
 入場門前は行商人や観光客が乗った馬車が長い列をなしている。
 ヒノモトの都市内部に入れたのは三時を過ぎていた。

「ここがヒノモト……オーニオよりも人が多いのぅ」
「祭りの時期だからね、それよりも早く宿に行こう。女将さんが言ってた『狐之社』は二条の城の近くだったから、
この大通りを真っ直ぐ行けば着くはず」
「どうしたのじゃ旦那様? そんなに急いで、何かあったのか」
「いや、早めに行かないと部屋がなくなるかと思って」
「そうじゃったか、なら早く行かねばならんのぅ」

 馬車を衛兵に止められないぐらいの速度で大通りを走らせる。
 ルヴィアには後で説明するとして、今は宿の確保が優先だ。
 冗談抜きにこの時期は、宿の確保が難しいので急ぎ足になってしまう。

「旦那様よ、あの大きな城が二条の城じゃな」
「うん、この道を右に曲がって……あった! この宿だ、この宿が女将さんが言ってた『狐之社』だよ! 」

  曲がった先にあったのは鳥居型の大きな門に『狐之社』と達筆な文字で書かれた看板があった。
 ここで間違いない、門の佇まいから高級感が漂ってくる。
 今までは高級な宿に泊まったことがないので少し緊張する。

「立派な佇まいじゃのぅ、しかも魔法がかけられておるのじゃな」
「そうだね、外の音を敷地内に入れないようにしているみたいだね」
「流石は高級宿といったとこかのぅ」

 門をくぐり舗装された道を進む。道の両側には桜並木があり、春には桜が咲いて綺麗な桜並木になるだろう。
 今は葉桜の状態なのだが、これはこれで趣があるというものだな。

「葉桜かのう、ここには春になったらまた来たいのぅ」
「そうだね、春になるとお花見をやってるから良いかもね」

 それからゆっくりと道を進むと人影が見えた、着物と呼ばれるヒノモト特有の服装に身を包んだ狐人族だ。
 ここ『狐之社』は狐人族が運営、接客をしている高級宿だが、一見さんお断りという制度がないのだ。
 別に一見さんお断りにしなくても、この宿の中は魔法があらゆる場所に付与されているので揉め事が起こらないのだ。

「いらっしゃいませ、この度は当旅館にお越しいただき、まことにありがとうございます。お客様のお世話をさせていただく
仲居のルナリアです。よろしくお願い致します。こちらに駐車場がございますので、後について来てくださいませ」
「わかりました、それとここの女将さんを呼んで来てもらえるかな」
「どのようなご用件でしょうか? 」
「これなんだけど」

 そういって懐からオーニオの女将さんから預かっている木札をルナリアさんに渡す。
 木札を受け取ったルナリアさんは何か見極めるかのように、鋭い目つきで見た後、木札を返してくれた。

「分かりました、後ほど女将を呼んでまいります。ではこちらへどうぞ」

 ルナリアさんの後に続き、馬車を駐車場に入れる、サーシャを馬専用の宿泊小屋に連れて行き、干草と水をあげておく。
 その間にルナリアさんは女将さんを呼びに行ったらしく姿が見えない。



「ようこそいらっしゃいました、当旅館で女将をやっておりますツバキと申します。どうぞ宜しくお願い致します」

 そう言って現れたのは、黄金色の髪と九本の尻尾を持つ女性だった。
 尻尾が九本あるのは狐人族の中でも魔力量が多い者の証拠だ、髪や尻尾の色は遺伝なので、魔力とは関係はないそうだ。

「オーニオの女将さんに、ヒノモトに行くならこの札をツバキさんに見せるといいと言われたので来たしだいですが、
女将さんと何か付き合いでもあるんですか? 」
「ええ、彼女とは古くからの付き合いなんです。彼女には気に入ったお客様に当旅館を紹介して貰っているんです。
あの木札は信頼の証ですので、肌身離さず持ち歩きください」
「分かりました、ありがとうございます」

すると、ルヴィアがツバキさんに近寄り耳を貸すようにジェスチャーをしていた。

「のぅツバキ殿よ、ここには温泉というものはあるかのぅ」
「はい、ございますよ。お部屋に備え付けの露天風呂をご用意してあります」
「よく、わかっておるのぅ・・・・・・・・
「ええ、わかっておりますとも」
「何のこと? 」
「気にしなくて大丈夫じゃ、旦那様」
「ええ、何も問題ありませんよ」

 なんだろう、凄く気になるな。ルヴィアもこの宿は初めてのはずだけど、なぜか通じ合ってるなぁ。

「では、お部屋にお通ししますので、後についてきてくださいね」

 女将さんが案内してくれたのは最上階の部屋で、めちゃくちゃ広かった。
 オーニオの部屋の五倍はありそうだ、しかも部屋には備え付けの露天風呂があるので実際はもっと広いのだろう。
 部屋の鍵はオーニオの女将さんから預かっているあの木札だった。
 なんでも、この部屋は木札を持っている客しか泊まれないそうで、あんなに急ぐ心配は無かったそうだ。
 しかし、油断はできない。まだニーナに見つけられる可能性もあるから、結界を張って誤魔化さないといけない。

「ツバキさんすみません、一日だけ結界を張らせてもらってもいいですか? 」
「何、ヤバイ仕事してる人なの? それなら宿泊も考えるけど」
「いえいえ、そういう事ではなくてですね、ちょっと友人から逃げてるんです」
「借金してるのかい? そんな客は泊められないよ」

 ツバキさんの口調が変わった、信頼されてここに紹介されたのにいきなり結界を張らせてくれなんて言ってくるのは大抵
裏の仕事か、人に狙われるような仕事だしな。警戒されても仕方ない。

「そうでもなくてですね、なんて言ったら良いんだ............」
「あんたを訪ねてやって来る人がいるの? 」
「ええ、そいつが結構やっかいでして、できればここにはいないと言ってもらえるとありがたいんですが...だめですかね」
「それくらいなら良いけどね、帰るまでにはアンタが何者なのか言ってもらうよ」
「他言しないと確約できるならお教えします」
「私達は信用がないとやっていけない商売だよ」

 結界は張れなかったがツバキさんがなんとかしてくれるだろう、正直ニーナに直接会いたくないからね。
ツバキさんに勇者であることを言うのは躊躇いがあるけど、ニーナに直接会うよりも断然良い。



結果だけ言うと勇者ってバレずに済んだ。
俺のことを追いかけてくる頭のおかしい女の子がいる、と伝えると『三角関係かい?面白そうだね』とか言ってきた。

「自分にはルヴィアがいるので無理ですよ。ルヴィア以外は考えられません」
「照れるのぅ旦那様よ」
「他の客に迷惑になるんだからさ、さっさと部屋に行った行った」

うんざりした顔で、ツバキさんに追い出された。
部屋まではルナリアさんが案内してくれた。
部屋は五階の城下町が一望できる角部屋だった。
畳と呼ばれる草で編まれた板が敷き詰められており、畳特有の良い匂いがした。

「素晴らしいのぅ、特に露天風呂があるのは最高じゃな」
「ルヴィア、露天風呂ってどこで知ったの?」
「宿の女将に教えて貰ったのじゃ」

女将さん...驚いて貰おうと思ったけど駄目だったか。
ルヴィアの言うとおり、外に面した部屋の一角に風呂場が設置されていた。
大人が三人入っても、余裕がありそうなほど大きい。

「のぅ旦那様よ、夜が楽しみじゃな」
「そうだね、花火綺麗に見れるといいね」
「........まぁよいか」
「なにが?」
「なんでもないぞ」

何だったんだろう?気になるな。

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