朝起きたら女の子になってた。
過去への決別
母性神に宣告された後、俺は気を紛らわせようと莉奈にPCを借りてゲームをしようとしたが、寂しくなった莉奈が俺とPCの間に入って膝の上に座って来た。あれは猫が構って欲しいとそばに寄ってくるのと類似していた。可愛かった。前の俺なら、莉奈に近寄られていたら女の子のいい匂いに釣られていただろう。でも今は、そんな匂いには釣られない。本当の莉奈と接してしまった以上、寂しい思いはさせたくない。だから、これからは出来る限り受け入れるつもりだ。
まぁ、そんなこんなでPCで遊んだ後、帰ろうと思ったが、Yシャツ等の上着類はまだ乾いていない。というか洗っていない。莉奈が俺から離れなかった為、洗濯機に入れたまま放置なのである。仕方なく、洗面所に行き、洗濯機から自分の服を回収すると、莉奈にお古があるか頼んだ。 
「あるよ。でも、ママの服と交換ね」
「へ? どうして?」
「なんか、そうした方がいいって思ったから」
「……」
「……ダメなの?」
「……いいよ」
負けた。
泣きそうな顔されたら流石の俺も反抗できるはずもなかった。結局、Yシャツとブラ、キャミを引き換えに莉奈のお古を頂いた。スカートは流石に数着しかないから勘弁してもらった。お古は莉奈が小学生の時に着ていたお気に入りの服で青い薔薇柄が入ったワンピース。つまり、着用頻度が高い為、莉奈の匂いが染み……やめよう。
しかし、小学生である。小学生の女子の服と言えば可愛いフリフリとした物が多い。よって小学生が着ていそうな可愛い服は諸刃の剣である。一見、ドレスにも見えるワンピースなので俺の精神が崩壊しないか不安である。
意を決してネグリジェを脱いで……って、何をしている?
「すんすん……はぁ~ママァ~」
「……」
なんか元の莉奈に戻りかけているが気にしない。気にしちゃダメだ。俺が脱いだネグリジェを瞬時に回収して顔をネグリジェに押し付けて匂いを嗅いでるところなんて見てない。
その行為をなかったことにして目を瞑りながら、改めてワンピースを身に付ける。ワンピースに付いているフリルが膝に当たり擽ったい。そして、俺は目を開けると息を呑んだ。
「可愛い……」
「ママァ!」
「ぐへぇ!」
自分の姿を見て呆然としてる中、莉奈がタックルしてきた。そして、倒れた俺の上に乗りお腹に顔を擦り付けるとぎゅっと抱きつく。
「ママの可愛さが引き立っているよぉ~私の自慢の母親でママァ~」
「ッ!?」
母親と言われた瞬間、何か得体の知れない快感を感じた。それは嬉しさの感情に近いだろう。だがこれは、俺の中にある"母性"……"母性神"の影響だろう。
しかし。
『それは違います。沙雪さんの行動には一切手を出しておりません。ですので、その気持ちは沙雪さんが自ら思っているものです。"母性神"を宿す者が"母性"が低い訳ないじゃないですか』
なんでそんな事言ってくるかな~?
なら今莉奈に抱いているこの気持ちは?
『愛情です。自分のことを母親と言って好いてくれる。嬉しくないわけありません。特に女性なら。……もう、見栄を張るのはやめましょう。辛いだけでしょう?』
何を言って……。
『沙雪さんは男性だった時、幸せでしたか?』
……。
『私には今の生活をしている沙雪さんの方が活き活きとしている感じがします。何に沙雪さんは怯えているのですか?』
そんなの簡単だよ。俺は怖いんだ。今まで、当たり前と感じていたものが崩れていくのが怖い。もう遅いけど、今の姉貴の姿を見ているとなんて言うか痛いんだ。それに加えて俺が変わって取り返しのつかない事態になったら、俺は耐えられない。
『……沙雪さんは優しいのですね。でもそれは、沙雪さんの大切な人達ーー家族の事を理解していないところから出てきますよ。それに沙耶さんの事は』
俺がいたから姉貴が苦労した。余計な問題事なんて起きなくて済んで、いつまでも優しい姉貴のままだったはずだ。
『そうでしょうね。だったら、今のままで良いのでしょうか? 誰かを本当の意味で幸せにするには、まずは「自分」が幸せにならなければ他人を幸せにする事などできません』
そんなの分かってんだよ! だけどな、急に女の子にされて! 急に生活に楽しみが溢れてきて! 正直、凄く楽しいよ。でも、でもな。昔の俺がそれを許さない。のうのうと楽しんで生活しているのが許せない。許せないんだよ……。
『だったら、なぜ泣くのですか?』
「え……?」
"母性神"に言われて頬を触ると涙の跡が残っていた。だが、それを皮切りにどんどんと涙が溢れてきた。周りから見れば突然と泣き出したので困惑ものだ。そんな中でも俺の頬に触る者がいた。
「ママ、大変だったんだね。よく分からないけど今のママは辛いって悲鳴を上げてる。だったら、私に全てぶつけて。大丈夫、私がついてる。だから、素直になって良いんだよ? 嫌なことから逃げても良いんだよ? 一人で背負い込まなくて良いの。そうやって救ってくれたのはママだったんだよ?」
そう言って莉奈はポンポンと俺の頭を叩く。その行動に俺は耐えきれなくなって莉奈の温もりを感じながら、今まで溜まりに溜まった愚痴を吐露した。
**********  
『どうですか? 沙雪さん』
大分、楽になったよ。何て言うか、欠けていた何かが収まった感じ。
『そうですか』
莉奈に愚痴をこぼしている間にも随分と時間が経っていて、夕暮れになっていた。そろそろ帰らないと家にいる誰かさんに心配されるだろう。
「莉奈、私は帰るね。それと、ありがと」
「うん。また明日」
莉奈にお礼を言った後、私は莉奈の家を後にした。
その帰り道にふと"母性神"の呟きが聞こえてくる。
『私ですか。沙雪さんも遂にーー』
違うよ、これが本来の一人称。『俺』って言ってたのは只の強がり。違和感でしかなかった。私は大分、精神までも女性寄りになってきてるんだと思う。
『そうですか。女子力高いですね』
そうかもね。
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