朝起きたら女の子になってた。

スライム3世

沙雪ちゃんの存在



泣き疲れてしまったのか、そのまま私のお腹目掛けて前のめりになって倒れた。寒そうなのと体勢がきつそうに思えたので、脱がしてしまった制服を着させた後、私が沙雪の後ろに移動して楽な体勢にする。なので今は、膝の上に沙雪の頭を乗っけている体勢だ。

「沙雪……」

沙雪の髪を撫でる。そういえば、最初の頃は髪の洗い方は私が教えていたけど、今では自分で気を使って洗っている。

もう片方の手は、先程沙雪にキスされた唇を触る。すると、僅かに生暖かい感触が残っていて気恥ずかしくなる。まさか、告白されて初のディープキスをされるとは思わなかった。でも、その分沙雪の好意が伝わって来たのは確かだった。だから、後悔はしていない。でも、どうしてだろうか。

「とっても、苦しいよ……」

沙雪の泣いている姿を思い出すと胸が張りさせそうになる。どうにかしたくても、何も出来ない。沙雪を泣かす奴は許さないと思っていた本人が泣かせた。それが何よりも辛い。あの時、受け入れていればこんな事には……でも、それは出来ない。沙雪もそう思うだろう。

思えば、女の子している沙雪の事を私は何も知らない。どんな生活をしてどんな環境にいたのかさえ分からない。そして、私に恋した理由も……。

初めて女の子している沙雪と出会ったのは、お姉ちゃんが働いているデパートの服飾店の更衣室だ。あの時は突然の変化でお姉ちゃんも私も動揺していた。暴走してあの様な女の子モードになっているのかと思っていたが、全然違かった。でも、今になって分かった。

あれは、純粋な一人の女の子だ。
お洒落が好きで可愛らしくなりたいと思っていた、一人の女の子だ。

学校で自己紹介した時、男子で好きな人はいるかと聞かれた後、『男の子ですか… ごめんなさい。生理的に受け付けません』と答えていた。私はその時、お兄ちゃんの部分が少し出ているのかと思っていた。でも、それも今になって分かる。

あれは、個性だ。

ただ、男子が苦手だっただけ。過去に男子絡みで問題が起きていれば、自ずとそうなるだろう。お兄ちゃんとは何一つ関係なかった。それなのに、私は一人の女の子の存在を無意識に否定していた。

「ごめんね……私が変な事言ってなければ、こんな事にはならなかったのに……」

気付けば涙が溢れて止まらなかった。自分の馬鹿な行動の所為で、沙雪を傷付けたと思うと悲しくて辛い。


「……紗香お姉ちゃん、泣いてるの?」
「え、……」

いつの間にか目覚めていた沙雪が手を伸ばして、私の頬に零れ落ちてくる涙を拭う。

「泣かないで……。ほら、好きな人が泣いてたら苦しいでしょ? だから、笑ってほしいな」
「沙雪……ごめんなさい」
「謝るなら『私の沙雪!』って言われながら抱きつかれた方が私は嬉しいよ?」
「それは……」
「できないよね。私も紗香お姉ちゃんの立場だったら、そうする。悔しいけど、紗香お姉ちゃんには私よりも大好きな人がいるから」
「……うん。ほっとけないから側にいてあげなきゃって思ってるの」
「ふふ、紗香お姉ちゃんは笑ってる姿が一番可愛いから、私を落とす時・・・・にはその笑顔が武器になるね」
「え?」

沙雪の言っている意味が理解出来なかった。特に、『私を落とす』というところが。

「その様子だと気づいてなかったの?」
「なにを?」
「私はこの場所にいる筈の人が女の子として産まれた人なんだよ? でも、産まれた時期はその人より遅かったんだけど」
「そ、それって……」

それが本当なら私は……

「思ってる通りだよ。私は紗香お姉ちゃんの兄ーー樹お兄ちゃんが女の子として産まれた場合に存在していた人なんだ」

お兄ちゃんを振った事になる……。

その思考に辿り着いた時、私は泣いていたのも忘れて膝の上に頭を乗せている沙雪の顔を覗き込んだ。

「沙雪がお兄ちゃん……」
「私は樹お兄ちゃんじゃないよ?」
「で、でも、魂とかって同じなんでしょ。沙雪は自分が男の子で産まれていたら、どうなっていたんだろうって考えた事はないの?」
「紗香お姉ちゃん? 私は何でも知ってる訳じゃないよ? 少なくとも、紗香お姉ちゃんが好きって気持ちは変わらないと思うよ」
「っ!?」

思わぬところから攻撃が飛んできて、目を逸らす羽目になった。

「う〜ん、やっぱり、好き。今の反応を見て思ったんだけど、諦めたくない。だから、恋人になろ?」
「それはできない……」
「そっか。なら、お別れ・・・だね。本当はこの体は私のなんだけど、どういう訳か今は樹お兄ちゃんの体みたいだから、返さないといけないね」
「それって、沙雪がいなくなるってこと?」
「いなくはならないよ。眠りに就くだけ。必要になったら出て来ると思うけど」
「そうなんだ。なら、見てて。私がお兄ちゃんと恋人になるところを」
「それは、私に『好きな人を取られるところを見ていて』と言ってるの?」
「あ……なら、目を逸らしていてね」
「ふふ、了解です。紗香お姉ちゃん」

そう言った沙雪は目を瞑り、再び私の膝の上で眠りに就いた。しかし、これ以降は沙雪が出て来る事はなかった。

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