世界を渡る私のストーリー

鬼怒川 ますず

山と海の悲哀9

老人は『劉厳』と名乗った。
唖然とする俺に『劉厳』が語った内容はこんなことだ。

「ワシは違う世界からこの世界へと渡ってきた。お主と同じ異世界への住人じゃよ。わしは久方ぶりにゆっくりと生活しておったが、どうもこの世界のどす黒い悪意とやらが好かなくてな。特に同じように他所の世界から転生したお主が何の加護も能力も得ずに苦労しながら人生を歩んでいる姿を見ると、ワシの小さな胸が苦しゅうなってのぉ。そして極めつけは純粋にも人と分かり合えると信じていた一人の生き物を利用し、挙句は殺してその肉を売るという非道が横行するという…なんとも救い難い話よ。そして、お主も殺してこの世界で彼女を本当に知る者は消えてしまうという。とてもではないが、これでは無念が永遠に晴れないというものよ。だからこそ、ワシはお主に力を与える為にこの姿を現したのじゃよ」

「力って…いったい何を?」

「カカカカ、まぁ些末事ではあるがこのような力よ」

そう言うと俺の胸に手を当てる。
暗闇で見えないはずの牢屋の中に、それ以上に黒い何かが老人の手からあふれ出す。
そして、それは俺の身体の中に吸収するように入ると、俺の頭に何かが浮かぶ。

「あ…が…?」

突然のことで間抜けな声が出てしまうが、俺は目を見開いてそれが何か知る。
俺の頭の中に入ってきた情報。
それは、生きている者を問答無用で殺し、死んだ人間も自由自在に操る魔法の知識だ。
この世界では魔法のようなものは存在しない。
俺自身魔法がどういったものか知らない。

しかし、俺はそれを理解してしまう。
知らないはずの知識が、学校の授業でたった数分だけ語られた予備知識のように、まるで頭の片隅にあってもおかしくないようなどうでもいい知識のように、俺は存在してはいけない禁忌であろうその知識を理解してしまう。
そして、その多大な知識と共に、体中に得体のしれない物が駆け巡る。
それは、輸血した際に体中に何かが巡るのと同じ、体液として血管を通るのと同じような何かだ。
「今与えたのは死霊術の知識と莫大な魔力じゃよ。この世界にはそういった概念のものが無いから、一生分の魔力を渡しておいた。枯渇もしなければ底を尽くことも無い、まさに『無限』と呼ばれる力じゃ」

あまりの出来事に、俺は何が起こったのか理解してはいたが、それでも信じられない。
だが、この状況では言葉で確認をとるしかない。
嘘か本当か分からない、一方的なこの現状では。

「…知識を全部確認したが、死んだ人間を操る以外にも、死んだ人間を蘇らせることもできるのは本当なのか?」
「左様、お主が欲する力とこの世界に必要なものはその死霊術だ。先ほどまでの微塵な希望も、この魔法があれば難なく叶えられるじゃろう。生と死を操る者こそが、この世界をより良い方へと導ける。ワシはそう思っておるからの」
「で、でも…これのせいでまた争いが起きるんじゃ」

俺はこの死霊術の力を信用していたわけじゃなかった。
確かにこれさえあれば、エリーも蘇らせることが出来る。
そして、この知識が本物なら不老不死になった連中も問題なく殺すことが出来る。

でも、もしこれが悪用されれば?
俺はエリーのように利用されてしまうかもしれないことに不安を感じていた。
政治や戦争に俺は関わりたくない。
それこそ、どこかの小島にでも行って……一人で生活していた方がいい。

そう考えていた。
でも、劉厳はそんな思考を止めるかのように言った。

「人助け、善行を積むと思えばいいんじゃよ。お主はこの世界において死という概念を拭える存在になったんじゃから、そのような考えも不安もいずれ消える。お主はすべての生命の上に立つことが出来たのじゃから、あの娘の望んだ夢もお主が望めば手に入る。それまではその力で共に生きると良い」

劉厳はカカカと笑い、そうして空気に溶けるように姿を消した。
一人残された俺は、真っ暗な牢屋の中で鎖で繋がれて動けない身体のまま、さっき会得した死霊術を反芻する。
そして、殺されたエリーを思い出し怒りを感じた。
怒りと憎しみの感情、それを打開できる力を得た嬉しさ。
俺は、その巨躯に似合わない純粋な興奮を抑えきれずにいた。

本当かどうかなんて、考えていても始まらないんだから。

明日の朝、もうすぐ行われる俺の処刑でこの力を使おう。
俺がそう思うのと同時に、真っ暗な牢屋がより一層黒い何かで覆われていく。
それが、どういったものかは知らない。
どういった結果を生むのかも知らない。
それでも、俺は胸から湧いてくるこの感情に喜んでいた。


劉厳はその光景を見て、優しく笑った。
その顔は、美しいものを見るかのように。
また、可愛い子供の行く末を見るかのように。
そして、劉厳は闇の中へと消える。

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