世界を渡る私のストーリー

鬼怒川 ますず

ある神話の世界9

 巻物にはこう記されていた。
 
 『遠い世界の人、私と同じ悩みを持つ者にこの巻物を送る。私は勇者ユウキ、これを読むあなた達よりも遥かに遠い世界で多くの人が夢見た偉業を成し遂げた英雄の一人であり、多くの人を救ってきた者である』

 そこに記されていた文章は、異世界の者でも読めるように調整されていた。
 言語が違っていても文章の意味を理解できるような魔法がかけられており、私はこの文章を書いたユウキなる人物が様々な人に何かを共感してもらえるように努力していたのを知る。

 そして、その巻物には多くの事が書かれていた。
 主に勇者として活躍してその後を生きたユウキの壮絶な自問自答と苦しみが。

 『私はすべてを極めた、すべてを救ってきた。でも、それでも救えなかった、どんなに必死になって人を救っても、それでも世界ではあぶれてしまった人たちが不幸なことに巻き込まれてしまう。どんな神になっても私には解決できない、生命が抱える重大な問題。私はそれをなんとしてでも救いたい。これが幼稚でも笑ってしまうほど滑稽な理想でも、私が追い求める答えだ。これは異世界へと召喚され、万能を持つ私が託す願いだ。この思念体は同じような境遇であり、同じように特殊な状況にある者へと辿り着くようになっている。私の考えに賛同したのならすべてを救うために私が求めた答えにふさわしい世界を作ってくれ。 私でも出来なかったことをあなた達の手で。もし答えが出ないのであれば、この巻物の最後に記した魔法を使ってあなた達の世界の悲劇を詰めてほしい。魔法自体は自立式であり難しくないので大丈夫だ。そして次の世界の次の人へと渡してほしい。そうすれば私が追い求め、賛同したあなた達の見たい理想の世界の人へと辿り着くはずだ。私がこの目で見れないのは残念だが、それでも私は願っている。絶対に争いもない、誰もが一生を過ごし安寧とした世界があるということを』

 最後まで読むと、最後に悲劇の記録を詰め込む魔法の方法が記されていた。
 後はすべてそればかりで、勇者ユウキの書き記したものは既に終わっていた。
私はここまで読んでから、改めてツヅリの方へと顔を向ける。

 彼女は戦いに勝ったみんなと談笑し合っている。
 まるで書物の内容なんて気にしないように。
 
 私は考えた。
 
 この人間、転生者が願った理想の世界。
 彼の考えは確かに志高く、神としての視点からしてみれば頑張ってくれと応援してしまうほどにとても良いものだ。
 しかし、そんな理想が叶うとはだれも言っていない。
 神でも、生命を超越したものでも、朽ちない身体を持った者でも、どんな困難もすべて乗り越えてしまう勇者でも、すべてを闇に変えてしまう魔の王でも、世界の間の次元の中にいるであろう強そうなものでも。
 どれほどの頂点でも、そんな世界が実現できるとは思えない。

 もし仮にそんな世界が出来たとしても、それこそ過去と未来の因果をすべて取り払い、苦悩することのない顔でヘラヘラと過ごすだけの悲しい世界だ。そこに生命としての尊厳があるのかと言えば無いだろう。
 それでもこのユウキという人間は願った。
 万物を操り、理をすべて歪めてしまう者でも出来ないことが出来る人物がいて、それがかなった世界があることを。

 そんな人間達の純粋な思いがあんな闇を作り、今この世界で多くの命を奪ってしまうという矛盾した悲劇を起こしてしまった。
 闇は何度も言っていた、生き物はすべていなくなれば良い。
 そうして、闇が作り出した永遠の生物で満たした世界に塗り替える。
 最初の頃は分からなかった。
 女神であるペルノマリアでも、闇の行動に謎や嫌悪感を覚えた。

 でも、理由を知れた。

 アレは滅ぼそうとしたのではなく、悲劇を回避した理想の世界を創造したかっただけだった。
 たとえ命を奪っても、それを無駄にしない世界を作ろうと。
 あの闇は、最後まで生命を憎んだだろう。
 神やその上の存在をも恨んだだろう。
 でもその理想は否定してはいけない。
 考えに至って実行したことがいけなかった。
 もっと良い方法があるはずだ。
 私は女神として、多くの世界が歴史と共に歩んだ悲劇を内包した闇との戦いで得た経験を活かし、すべての人間を悲劇から救う術を考えた。
 そして、あることを私は決心した。

 「…この世界で終着した多くの世界の闇、その思いは無駄ではありません」

 いつの間にか、私は闇に対しての怒りは持っていなかった。
 あるのは、闇を作ってしまった純粋な心と考えを持った者達へ、その思いを繋ごうということだけだった。

 「あなた達の思いは、このペルノマリアが継ぎます。この世界で可能な限り悲劇が起きないように、生命の意義が無意味なものにならない、そんな世界にしていきます」

 私は誰もいない虚空にそう呟く。
 誰も見ていないのは分かっている。
 それでも宣誓するように言った。
 こうして私ペルノマリアという女神が管理する世界は、大きく変わっていった。



「すべてが終わったようだな」
「そうですね、これでこの世界も大丈夫なんじゃないでしょうか」
 「あぁ、デザルマハザル様とペルノマリア様の尽力のおかげでこの世界の秩序は戻りつつある。まだまだ先は長いだろうが、これはこの世界の課題だろう」
 「ミレーナもリアンも頑張ったし、私もあの魔王さんの課題をクリアしたってことになるのかしらね」
 「そうじゃないでしょうか、よく分からないですけどこれで危機は去ったようですし」
 「それでは、そろそろ次に行くかツヅリ」

 この世界はある三人の勇者の手によって救われた。
 そして、闇が消え去った世界では少しずつだが復興が行われる。
私、女神であるペルノマリアと友であるデザルマハザルの手によって、この世界は徐々に元の姿へと戻っていく。
 闇や影はいまだにあるが、それは既存のものであって恐れるものは無いものだ。元の世界へと戻っていくのに必要な要素に他ならない。
 そして、元に戻る世界の中でも変わっていくものもある。
 この世界の人々の隔たり、種族間の距離が縮まったことだ。
 戦いが終わっても、私たちの結束は変わらず、この世界が闇や影に覆われる前よりもなお良好であった。
 時が経てばこれも薄れていくだろうが、それでもこの関係が続けれるように私が努力する必要がある。
 悪しき者も、善き者も、姿が異なる者も、お互いに手を取り合える世界の実現。
そして、世界の悲劇を出来るだけ回避できる世界へと努力する。
私はそう考えている。

「さぁ、行きましょうか」

そんな私の考えなど分からないであろう遠方の勇者たち。
彼らは未来の私から呼ばれ、この過去の世界を救った。
そして今、彼らは私とデザルマハザルに見送られる形でゲートを開いて違う世界へと赴く。
 
「もう行くのか、もう少しゆっくりしていけばよいのに」
「ありがとうございますデザルマハザルさん、でも私たちは目的があるので行かないといけないんです」
「うむ…そうか」

デザルマハザルは残念そうに、それでも強い意志で先へと進む彼女たちを後押しするように告げる。

「そなた達の行く末に幸あらん事を。過去の世の我輩達が約束する、そなた達であれば大丈夫だろう」
「ありがとうございますデザルマハザルさん、私たちもあなた達の将来が良くなるように願っています」

黄金の竜に笑みを送り、ツヅリはそのまま私の方を向く。

「ペルノマリアさん、さようなら」
「さよなら…ですね」
「いつか会えることがあれば、きっと遠い未来でしょう。その時までお元気で」

彼女はそう言って特殊な魔法の道具…いや、他の世界の神域で現存している魔導には絶対ないであろうその紙切れで作り出した道へと歩を進めていった。
ツヅリがその道へと進む。

「それではペルノマリア様、デザルマハザル様、お元気で」
「…ばいばい」

ミレーナとリアンも私達に短い別れの挨拶を済ませると、そのままツヅリの後を追うように道の先へと進んでいく。
三人は決して振り返らなかった。
それが私には少し残念で仕方が無かった。
私とデザルマハザルがその背中を見送りながら胸中に思うことはそんなことばかりだったのだろうか。私達、神がそう思うのはおかしなことなのかもしれない。
それでも、世界を救う奇跡を起こした彼女たちの背をずっと見続けた。

ずっと…。

こうしてこの世界は救われた。
過去の世界なので何とも言えないが、私から言わせてもらうと今回はなんとも不思議な話だ。

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