世界を渡る私のストーリー

鬼怒川 ますず

ある神話の世界6

「もうすぐですね…」

「えぇ、ツヅリさんが来てからほんのひと月でまさかここまで来れるとは…」

私達は国を出た敵地で野営を張り、みんなが休んでいる中、私とツヅリは闇の真っ只中で僅かな光を灯して話をした。

「…でもここからですね、ここいらの敵は最初の頃に比べればほんの少し強くなってる印象があります。本拠地に攻めた際に私たちやデザルマハザルさんでも手に負えない敵が出たときのために用心しておきましょうか」

「はい、あの闇が何か未だに分かりませんが、それ以上にまずいのはツヅリさん達の攻撃が効かない相手ですから。もし出て来たときのために万全を尽くします」

「心強いですペルノマリアさん」

「ではそんな不測の事態に備えた明日の作戦の詳細をここで短く言っておきますね」

と明日の事について私達は会話を変える。

明日の夜明け…暗闇に覆われた世界で確かな時は分からないが、それでも全員の準備が整い次第全ての元凶である影がいる拠点に攻める事になっている。
その為見張り以外は全員明日に備えて休んでいた。

明日のことについて会話していた私達だったが、ふとツヅリが顔色を変えて目の前の闇を睨む。
何かいるのかと私は気づいて、急いで野営の周りに張った結界を確認するが、魔獣はおろか敵の反応すらない。
しかし、ツヅリは私の前に出ると暗闇に向かって言った。

「…すごいね、流石は闇だ影だのといった存在ね。まさか影から影に移動して結界の中に侵入するなんて…」

まさか…!
私がその名を口にする前に闇から声があった。

【貴様は誰だ…?何者なのだ…?】

体の芯まで冷えるような声、その声を私は前にも耳にしたことがあった。
忘れるわけがない、あの影の声だ。

「か、影がこの結界に入って…!」

「ペルノマリアさん、ちょっと静かにしてて」

真剣な顔のツヅリにそう言われすぐに黙る。
少しでも刺激しない為なのだろうが、ツヅリも気が気じゃないらしく闇に潜む影に慎重に名乗る。

「…ツヅリ、ただの人間です」

【嘘だ、我が用意した魔獣どもを貴様が放った魔法で消し去った時点で人間なわけがない。あれは多くの無念を繋げて作り上げた合成獣達だぞ、魔法はおろか、聖域に至った魔法でもその無限の憎悪で掻き消してしまうものだ。我の精鋭達はそれで出来ているのだぞ。なのになぜ人間があぁも容易く消すことができる?】

「それは経験の違いだと思います」

【なに?】

声が驚いたように聞き返す。
だからなのか、ツヅリははっきりと言った。

「私は多くの世界を渡って来ました。いろんな世界の様々な人を見てきた、中には面白いものやつまらないもの、果てはおかしなものや悲しいものもありました。私はそれを延々と経験してきた。その世界に長所や短所を見て学習して、それを応用しているだけ。これが経験の差です」

【曖昧だ、それでは我の魔獣を消せる根拠にはならん。第一聖域魔法無しで我が魔獣達が消せる事はできん】

私は影に言われて改めてその通りだと思う。
確かに私達神が使う神聖な魔法は邪悪を祓うが、相手はその神聖ですら拭いきれない憎悪で出来た存在だ。
仮にそれができるとしても、それは神の上の存在でなければならない。
だが、ツヅリやミレーナはもちろん、あまり倒せていないリアンの3人は同じ人でありながら私達が苦戦した相手を余裕で倒している。
そこからして何かがおかしい。
…おそらくだが、彼女達には何らかの加護がかかっている、それも強力で因果律すら捻じ曲げてしまうものが。

しかし、ツヅリは私や影でも分からない根拠を口にする。

「私は、想い人の栄一の為ならどんな事だってします。それこそ魔法が効かない相手を魔法で倒すくらいの根性論で」

加護とか関係無かった。
ただ好きな人のために聖域魔法が効かない魔獣を倒していた。その事実に私は驚くが、闇も同じような顔なのか、返答が遅れている。

【…つまり、貴様は本当に経験だけで我の魔獣を圧倒していたのか?】

やっと出した声に、ツヅリは頷く。

「えぇ、それが何か問題?」

ツヅリが何の問題もない風に言う。
目の前にいるこの人間がどれだけ破格の存在か私は思い知る。
経験で魔獣を消せるほどの実力を得た彼女は自分のためではなく、全て好きな人にその努力を向けていた。それも驚くが、まさかここまでの存在とは思っていなかった。

「で、貴方は私からこれを聞いてどうしたかったの?戦うつもりだったの?」

【…いや、異世界から来た者の実力とやらを知りたくてな。我は本来ならここで一戦交える気でおったが…そうだな】

声は最後の方で考え込むように小さくなる。
しばらくしてから返答があった。

【面白いことを聞けた、なるほど愛か、愛で我の魔獣を退けるか、何ともおかしな話だ。我が憎み唾棄すべき感情がまさか我の敵対者の正体とはな
、この我も感服したぞ。これなら明日の決戦も面白いものとなろう】

「明日ね…その時味わうのなら貴方も最期には良い物を見れたと思って消えるんじゃないかな?」

【ほざくな人間、滅ぶのは貴様だ。明日貴様の死に顔と一緒に女神が死ぬところを見れるのを楽しみにしているぞ】

そう言って影の声は消え、辺りはまた静寂に包まれる。
この後、デザルマハザルや影の存在に気づいた何名かが辺りを捜索したが、当たり前のように影は姿を消していた。

そして迎える決戦の朝。

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