世界を渡る私のストーリー

鬼怒川 ますず

何もない場所にて



異空間、そこから何千枚も壁を隔てた先で彼らはいた。
1人は黒いドレスを着込み、右手に禍々しい腕を持つまだ年頃の少女。
もう1人は和服を着込み、杖を付く坊主頭の老人。
彼らは生きているものが滞在せず、何も存在しない世界にただ2人だけ色をまとって対峙している。

「ハルド・カイス」

少女、遠い世界で大魔王と呼ばれる者が何度目かの魔法の詠唱と共に、何もない世界に現象を起こす。
何処からともなく現れた無数の槍、その槍の矛先にいた老人に向かって槍は一斉に動き始める。
対して老人は何もしないでザクザクと刺さる槍を物ともせず、ただ杖をコツンと鳴らした。
それだけでさっきまでの現象は消え、老人の体に空いた穴も塞がっていた。

「カカカ、神殺しとは言えワシにそのような陳腐な魔法が効くと思っておるのか」

老人、劉厳は先程から何回も同じことを繰り返している。
彼は化け物…それすらも遥かに超えた異形。

そんな存在に死はない。
殺すことなど、それこそ神を超えなければ行えない行為に等しい。

しかし、全てを見通す大魔王はそんな異形に不敵な笑みを浮かべる。

「百も承知だ、世界を食いつぶす肥大した虫ケラにこんな魔法が効かぬことなど分かっている」

これは劉厳には予想外では合ったが、だからこそ聞き返す。

「ではなぜこの場所にワシを引きずり込んだ?ワシならすぐにでも出ることができるぞ」

「そうさせないように足止めしている。あの女には次に行ってもらいたい世界があるからな、我が指定したある世界に」

「?」

劉厳はその問いに首をかしげる。

なんじゃ?
あの大魔王が次に行かせたい世界があると言うのか?
でも次の世界など無数にある、それこそ時間や空間、宇宙の始まりから終わりまで、様々な世界がまだ広がっている。
その中で決まった世界に彼女達を行かせた。
その意味を、劉厳は理解できない。

「何処に行かせたんじゃ?あの小娘どもを一体何処へ向かわせた?」

「貴様の神が生まれて滅んだ地だ」

「な…!!!」

劉厳はその言葉に焦りを感じた。
バッと杖を振るい何もない場所に体のサイズにぴったりの穴を開ける。
そこを潜ろうとするが、その前に穴は閉じてしまう。

「言ったはずだ、足止めしていると。そしてあの世界には我から連絡を通しておいた。以前同類の女神を惨殺したせいか嫌な顔をされたが、過去の世界に送って少しでも世界を改竄してくれるのならと逆にお願いされたよ」

「貴様ァ、あの魔法道具に過去へと繋ぐ機能があるとは聞いておらんぞ。それこそ神の大魔法の域を超えた代物よ」

「そりゃ研究に研究を重ねて作ったのがあの紙切れだからな。元いた世界の神を殺したんだからそれこそ容易いもの、本来ならば不可能であろうが我には出来るのだよ害虫」

「理解できん、悪の権化がその悪とは無縁の愛だ恋だのといったすべてにおいて軽い連中をあの世界に送ると。しかも改竄と言ったか?何をする気じゃ」

「馬鹿か、何でも知っている風な顔をする貴様がそんな質問をするとは程度が知れる。我はただ物語の起承転結に拘るならハッピーエンドを望んでいるだけ。その為ならあの女に進んで欲しい場所を示すだけよ」

「ワシとは違うな」

「それだけで互いの格の違いが分かるものよ」

「死ぬがよい」

「我は死なんよ、終わりを見るまでは」

そう言って大魔王は次の魔法を詠唱し始める。

「ハルド・オル・シエル」

「カカカカカ、ワシも少し頭にきてしまったなぁ」

魔法で出した『全てを貫く大量の矢の雨』に劉厳は突っ込む。
激突と同時に、何もない世界を崩壊させる戦いが起こる。


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