世界を渡る私のストーリー

鬼怒川 ますず

無力な万能を持つ支配者27


再就職なんて、とんでもない綺麗事で騙すことも。
心が痛い。
あの時ミハルに刺された場所が痛む。
傷なんてないのに、何万人殺しても傷つかなかったのに、俺はどうしてここまで苦しくていたい思いをしているんだろう。
後悔がないと言えば嘘になる。
この世界でやりきれなかったことが多かったからだろうか、それともいまさら責務を感じているからなのか。

「えーと…私は…その…」

ミハルは思った通りなんて答えればいいか分からずに迷う。
迷うのも無理はない。
普通ならいざ知らず、2度も異世界に行くというのだから、本来なら一つの世界で精一杯生を謳歌するのが基本であり、俺が提案することはその生物の生き方やあり方を否定することだ。
目的など無い、あの異世界から来た女達とは抱えているものが無く、目指すものもない。
違うとすれば…。

「…いいよ、私も着いて行くよそこに」
「本当に良いのか」
「だって、タクマが行くんでしょ?だったら今度こそ私は行くよ。あの時、私が犯した罪のためにも…」
「何言ってんだ、俺がお前以外の女と関係を持ったのがいけないんだ。お前は全然悪くない」

そうだ。
ミハルは何も悪くない。
全て俺が悪い、だからこそ今ミハルが言ったことを否定する。そもそも、こんな異世界に来てしまったのも、俺がミハルを騙したからだ。
ミハルのここまでの想いを踏みにじったからだ。
だからこそ、俺は迷う。
彼女を連れて行きたくない。
ミハルは幸せになるべきなんだ。
俺以外の人間と、こんな俺ではなく…。

「タクマは確かに悪いことをしたし、それに傷付いて私が殺した、それが道理だからね。でも、私はこの20年間、貴方をずっと見ていても憎しみとか抱かなかった。ずっと好きだった人が、本当に好きになれた人がどんな酷いことをしていても、私は貴方を見てきた。ずっと、ずっと…」
「…だからなんだ、俺は多分次死んだら地獄に行く。お前とは違って俺は多くの恨みや業を背負いながら、死んだ後に苦しむしかないんだ」
「だからこそ、私は貴方に着いて行く。たとえ地獄でも、どんな苦しくて死にたくなる場所でも、私はタクマをずっといたい。今度こそ離れたくない、だからタクマ、貴方は2度と私以外に女性と関係を持たないでね」

彼女の心は本物だった。
俺に対する想いも、度が行き過ぎてヤンデレを起こしているところも、本当に本物だった。
だからこそ俺は嬉しくて、ミハルの手を握る。
それだけで契約は果たされる。
それだけで俺とミハルはずっといられる。
永遠に、それこそ業を背負いながら。

「もう二度と、お前を傷つけない…約束する」
「私も、もう貴方を一人にしない…約束ね」






万能を持たないただの男。
容姿が変わっても中身が変わらない女。
二人が同じ世界に連れてこられたこと自体が、世界や神が仕組んだものだとしても、その領域に何人も近寄ることもできない。
数値で計ることができないことが万能なら、彼らは今まさに万能なのだろう。
ーあぁ、なんて面白いものだー
これも一興、人と人がこうやって互いに想い続ける事など普通はないのに。
お互いが普通じゃないからこそ、こんな芸当ができるのかとワシは顎をさすって感心する。

さて、契約通りにするか。
ワシは、彼らを引っ張る。
彼らが望んだ再就職場所に。

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