世界を渡る私のストーリー

鬼怒川 ますず

無力な万能を持つ支配者23

いい思い出などなかった。
ここに来る前もそうで、今にして思えばとても退屈な人生だと思った。
本心でやっているわけではない仕事、楽しくも面白くもない人間関係、真っ当とは言えない生活。
ただやってお金をもらって、月の支払いが終わった後に余ったお金で遊んで、そうやって怠惰に過ごしていた。
ただ虚無のように生きてきた元の世界。
思う事と言えば、ただ生きたいと思うことくらいだ。
人間らしい事と言えば、本当に好きになれた人ができて大事にしようと思った時だけだ。その後人間関係や全てに疲れて女を作り、俺は好きだった人に刺されて死んだ。
そうだ、そうだった。
俺はだから今度こそって…。

「…あぁ、そういや力を貰う前やこの世界の理不尽に怒る前から俺が欲しかったものがあったんだな」
「ほぉ、では叶えてみよ」

声は笑う。
しわがれた声で。
いつも通りの余裕のある声で。
それを聞いて「こいつも驚くかな」と期待してしまう。
虚しいな。
あの異世界の女どもに出会ってから、こんな風に思うだなんて。

「俺は…」

これを言ったら俺はもう後には引けない。
これを叶えたら、俺はもうここには立っていられない。
でも言う。

「俺はこの万能を、捨てる」

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