その数分で僕は生きれます~大切な物を代償に何でも手に入る異世界で虐めに勝つ~
プロローグ2
 朝のニュースは梅雨の訪れを専門家を交えながら告げた。けれど、窓から見える空は澄んだ空色をしていて、真っ白な雲はどこか夏を思い出すほど幻想的だった。
 その光景を見いると、ふと疑問が浮かんだ。梅雨はしっかりとした定義があるが、雨が降らない梅雨を梅雨と呼ぶのだろうか。僕は言わない気がする。今年は梅雨が来なければいいのに。そんな事を思わずには居られなかった。
 リビングに行くと香ばしい香りと、食卓には朝食が置いてあり、そこには既に母の姿があった
 僕はお母さんに言わなければならない事がある。それは、お弁当の事だ。
 日に日に虐めはエスカレートして行き、お弁当は、遂に洋式のトイレの渦潮に巻かれて深く深く沈んでいく様になった。
 跡形もなく消えて行く。
 僕がいくら叫んでも、彼らがは聞く耳を持つ筈も無かった。
 お母さんの想いを、無駄にしてしまった──そんな罪悪感が僕を支配した。
 だから、僕はお弁当を作らなくてもいい、と言う事にしたのだ。無駄にするくらいなら最初から無いほうがいい。
 「お母さん……もう、お弁当はつくらなくていいよ!」
 「あら! どうしたの急に! もしかして~彼女とか出来たの!?」
 「まぁそんな感じ」
 「分かったわ! 明日からお弁当無しね!」
 こうして、また一つ、僕の為の数分が無くなった。そんな事はつゆ知らず、嬉しそうにお母さんはこちらを見ている。
 ──お母さんの理想に答えられない息子でごめんね…………。
 「じゃあそろそろ行ってくるよ」
 こうして、また一つ、生きがいを失った僕は玄関を出る。
 また、一日が始まる。
_______________
 学校も終わり、これから部活が始まる。空を橙色に染める西日と共に、外からは白球を打ち返す甲高い音、ブラスの綺麗な音色を、校舎に届かせていた。
 僕は、ソフトテニス部に入っている。
 ソフトテニス部は男子四名、女子九名とかなり少ない部活だ。
 その部員の中には小林神奈もいる。僕と小林神奈は、中学の時からやっていた事もあり部長を務めていた。
 基本的に休憩時間は、皆、青く濁ったテントの下に拵えた、焦げ茶色のベンチに座っているが、僕はその横のフェンスに寄りかかり体操座りをしていた。
 水は飲ませて貰えない。その代わり、水が部員達が持つペットボトルから降ってくる。
 笑いながら、愉快そうに。
 見ている人達も、皆笑顔だった。
 「美味しいですかぁ~?」
 ウインドブレーカーの間を塗って、僕の体に透明な液体が次から次へと入り込んできた──寒い。
     冷たさのあまり鳥肌が立ったのが分かった。肌と肌を刺されたような感覚に陥り、直接当たっていない手でさえ思う様に動かせない。
 「ねぇ! ちょっといい?」
 それを、神奈の言葉が遮った。
 「えっとさ、大会も近いし試合をメインでやって行くけどいいかな?」
 それに対し皆は、誰一人の例外なく彼女の方を向き、口折々に肯定の言葉を発した。それだけでも、彼女がどれほど皆に、信頼されてるかが分かると思う。
 「じゃあ、早速始めようか」
 彼女はそう言いながら、僕に涙の溜まった目を向けた。
 僕も凍えた体に喝を入れ、緑の蛍光色のラケットを持ち、コートへ向かう。
 ソフトテニスは、基本的にシングルでは無くダブルスだ。その為、僕は同級生の斉藤 睦 (さいとう あつし) とペアを組んでいる。
 「セブンゲームマッチプレイボール!」
 その言葉と共に、コート内には緊張が走る──試合が始まった。
 僕はボールを高くあげ、体重を後ろに逸らす。そこから一気に体を起こし、勢いそのままラケットを振った。
 ボールは見事にコートの隅に入る──サービスエース。
 「うわー、つまんねー」
 相手チームからはそんな声が聞こえた。
 「何カッコつけてんだよ」
 ペアの睦は、そう言いながら僕に近づいてくる。ハイタッチの雰囲気──では無いよね。
 「ご、ごめん……」
 目の前まで来ると、持っていたラケットを力一杯振り、僕の膝を折った。
 「うっ……あぁ……あぁぁ……」
 痛みで膝から崩れ落ちる。
 ──痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!
 膝の感覚が消えて、膝が取れてしまったのかと確認した程だ。そして、数分経つと、また痛みが戻ってくる。痛みは何分経っても止む気配は無かった。
 「さっさとやるぞ、カス」
 
 「はい……」
 
 立とうとしても上手く力が入らない。
 「あぁ! くそがっ! さっさと立てよ!」
 口調に怒気を混じえて、僕の横腹を力一杯蹴ってきた。
 「うっ…………」
 膝に力が入らない現在、体を上手く支えれず、されるがままに横にぶっ飛んだ。顔を直接地面に当てる形となり、額に痛みが走る。
 「ねぇ! 立ってよー」
 「待ってるんですけどー!」
 周囲からは労いの言葉では無く、急かすような言葉が聞こえる。
 「はぁ、じゃあ俺が代わりに打ってやるよ」
 睦はそう言って、所定の位置からボールを放つ。
 そのボールを相手はラケットの芯で捉え、より早くなったボールが僕の方に向かってくる。
 膝にこれまで以上に力を入れて立とうとした。だが、あえなくまた膝から崩れ落ちる。
 「あっ……」
 小林神奈は、間抜けな声と共に心配そうな顔を僕に向ける。その顔を見る度に、虚しさが僕を襲った。
 ボールは僕の十センチ横を通り、枠内で弾んでからフェンスに当たる。
 「あぁ……お前のせいで一点取られたー!」
 「ボール追おうともしないなんてー」
 
 「お前もう帰っていいぞ?」
 その一言から『かーえーれっ!』とチーム一丸となって、口を合わせて言ってくる──これが応援だったらどれだけ良かったろう。
 「わかりました…」
 立ってコートを出る事が出来たら良かったのだが、上手く立てない。故に、地を這うようにコートを出る。さながら、軍隊の匍匐前進だった。
 皆は、その光景を見て笑い出す。
 人間はこんな物だ。仲間を作り、群れたがり、気に入らない奴がいれば総意でなくても貶し、傷つけるんだ。
 ────やっとの事で部室に着いた。僕のバックは部室の外にあり、弁当から数学の教科書、筆箱に至るまでが、バックと言う主を失い、途方に暮れていた。
 それを、慣れた手つきでまとめて徒歩三十分の所にあるアルバイト先に向かう──空が若紫色に染まるくらいに日が傾いた頃、詰まりは学校を出る頃には、立つことが出来るようになっていた。
 右足を庇いながら歩く事、一時間、いつもより二倍近くかかりアルバイト先に着く──高さの六分の一位の幅を橙色、水色、赤の縞模様が縁取り、その中心に「8·twuerubu」と言う、全国に店を構えるコンビニエンスストアの名前が、目に入った。
 「こんばんは」
 「あっ……黒田将太君……ちょっといいかな?」
 
 初めて言うかもしれないが僕の名前は黒田将太だ。
 「はい」
 店長は僕を裏の休憩所に招き入れる。
 面接の時以来、二人で話すのは初めてかもしれない。
 「黒田くん。すごい申し訳ないんだけど明日からアルバイト来なくていいよ……」
 「どうしてですか!?」
 理由は大体分かっていた。──だが、地域の人達にまで伝えるとは思っていなかった──お母さんにまで伝わっているだろうか。
 「ごめんね……風の噂で聞いて、このまま君がいると信用問題にも関わるから」
 「そうですよね……わかりました……」
 「ごめんね……」
 その顔は本当に申し訳なさそうな顔だった。僕にこんな顔を向けてくれる人がいてくれるだけで、今の僕は嬉しい。
 僕はクビを高校生乍に味わい、アルバイト先を後にした。日はもう落ちていて、星々が僕を出迎えた。
 普段なら直ぐに家に帰るのだが、お生憎、そんな気にはならない。僕は帰路の途中にある公園に寄ることにした。
 公園は滑り台、ジャングルジム、ブランコ、砂場、主流な物が所狭しと置いてあった。その隅には、白でペイントされたベンチを、電灯が円を描くように照らしていて、電灯には虫達が群がり、時たまバチっと音立てていた。
 僕は白いベンチに腰をかけ、星を見上げた。
 お金……どうしようか………
 うちの家系は、父が早くに他界し、母一人で切り盛りしている。
 母一人だけの給料どうしても金が足りない。だから、僕はアルバイトを特別に許可してもらっていた。──だが、そのアルバイトも無くなった。
 大学諦めようか。
僕は大学に行くため、アルバイト費用の半分以上を大学の学費の為に貯めていて、その金額はもう既に二百万を超えるか、と言う値になっている。それを崩せば何とか行けるだろう。母さんが苦しむぐらいなら大学なんて行かなくていい。本当にそう思った。
 「将太!」
 突如前方から声がした。
 もう時刻は八時を超えている。そんな中僕に声をかけてくる人に心当たりは無かった。
 顔を見て驚きが隠せなかった。細く長い眉に凛々とした大きな目、腰にかかる程の長い髪はライトに照らされて、黒い色をより引き立たせた。高い鼻に、ピンクの唇──そこには正真正銘、制服の姿の小林神奈がいたからだ。
 
 「神奈……」
 「将太ごめん……私のせいで……本当にごめんなさい……」
 神奈の目には涙が溜まっていた。
 大体は分かっている。睦と神奈は付き合っている。睦が脅してLINEに嘘の情報を流させたのだろう。理由は分からないが嫉妬とかそんな所だろう。
 実に単純で簡単な理由である。
 「知ってるよ」
 「えっ……」
 神奈は驚きの泥を顔に塗った。
 「知ってる……だから謝らなくていい」
 「何で……なんで知ってて言わないの!」
 「睦でしょ……?」
 「ごめんなさい……ごめんなさい……」
そう言って、また神奈の目から宝石が落ちた。
 「謝らなくていい」
 「でも、私は……私決めた……真実を言うよ」
 「そんな事しなくていいよ……だけど一つ頼みがある」
 「でも……!」
 「いいから……聞いて?」
 「…………うん」
 「一日一分でいい……僕の事を考えてほしい……」
 「なにそれ……」
 「僕気づいたんだ……誰か僕の事を思ってくれている。──それがどれだけ幸せなことなのか……だからその数分で僕は生きられる」
 「そんなの将太が耐える為の詭弁でしかないよ!」
 「あぁ……でもさ、耐えて、耐えて、耐え続けて、誰かの心を動かせたならそれって、本当の意味で虐めに勝つって事だと思わない? 僕は、そういう勇者みたいな人になりたいんだ」
 そう、僕はあの時の記憶を傷をもう繰り返したくない。
 僕なら耐えれる。耐えて耐えて変えることが出来る。そうすればさちもきっと……
 「そんなの詭弁だよ! 将太はいつもそう! 自分で背負ってちょっとは人の事を考えてよ……見てる私も辛いの……また、また、あんな事になったら私……見てられないよ……」
 「神奈……僕は自分の為にやってるんだ。僕ほど自分主義な人間はいないよ……誰かが傷付くのが嫌だから、僕が傷付くよりよっぽど……僕は大丈夫だから……」
 「そんなの……」
 「神奈が辛いのは分かった……でも僕は僕をとるよ……自分勝手だから……」
 そう言うと神奈は、その場で崩れて泣き出した。
 ──梅雨が来た。人の目に雨を降らす梅雨が今年もまた……来てしまった。
 梅雨の匂いがどこからとも無く流れて、僕の鼻を刺激した。
 ────これでいい……これでいいんだ……。
 こうしてまた一つ、失った僕の数分は、埋め合わせされるようにまた新しく増えた。
 こうして、世界は回っていく。失い、得て、そして、また失い、そして、また得る。
 そんな事を
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるグルグルぐるグルグルグルグルグルぐるぐる
続けていくんだ。
 その光景を見いると、ふと疑問が浮かんだ。梅雨はしっかりとした定義があるが、雨が降らない梅雨を梅雨と呼ぶのだろうか。僕は言わない気がする。今年は梅雨が来なければいいのに。そんな事を思わずには居られなかった。
 リビングに行くと香ばしい香りと、食卓には朝食が置いてあり、そこには既に母の姿があった
 僕はお母さんに言わなければならない事がある。それは、お弁当の事だ。
 日に日に虐めはエスカレートして行き、お弁当は、遂に洋式のトイレの渦潮に巻かれて深く深く沈んでいく様になった。
 跡形もなく消えて行く。
 僕がいくら叫んでも、彼らがは聞く耳を持つ筈も無かった。
 お母さんの想いを、無駄にしてしまった──そんな罪悪感が僕を支配した。
 だから、僕はお弁当を作らなくてもいい、と言う事にしたのだ。無駄にするくらいなら最初から無いほうがいい。
 「お母さん……もう、お弁当はつくらなくていいよ!」
 「あら! どうしたの急に! もしかして~彼女とか出来たの!?」
 「まぁそんな感じ」
 「分かったわ! 明日からお弁当無しね!」
 こうして、また一つ、僕の為の数分が無くなった。そんな事はつゆ知らず、嬉しそうにお母さんはこちらを見ている。
 ──お母さんの理想に答えられない息子でごめんね…………。
 「じゃあそろそろ行ってくるよ」
 こうして、また一つ、生きがいを失った僕は玄関を出る。
 また、一日が始まる。
_______________
 学校も終わり、これから部活が始まる。空を橙色に染める西日と共に、外からは白球を打ち返す甲高い音、ブラスの綺麗な音色を、校舎に届かせていた。
 僕は、ソフトテニス部に入っている。
 ソフトテニス部は男子四名、女子九名とかなり少ない部活だ。
 その部員の中には小林神奈もいる。僕と小林神奈は、中学の時からやっていた事もあり部長を務めていた。
 基本的に休憩時間は、皆、青く濁ったテントの下に拵えた、焦げ茶色のベンチに座っているが、僕はその横のフェンスに寄りかかり体操座りをしていた。
 水は飲ませて貰えない。その代わり、水が部員達が持つペットボトルから降ってくる。
 笑いながら、愉快そうに。
 見ている人達も、皆笑顔だった。
 「美味しいですかぁ~?」
 ウインドブレーカーの間を塗って、僕の体に透明な液体が次から次へと入り込んできた──寒い。
     冷たさのあまり鳥肌が立ったのが分かった。肌と肌を刺されたような感覚に陥り、直接当たっていない手でさえ思う様に動かせない。
 「ねぇ! ちょっといい?」
 それを、神奈の言葉が遮った。
 「えっとさ、大会も近いし試合をメインでやって行くけどいいかな?」
 それに対し皆は、誰一人の例外なく彼女の方を向き、口折々に肯定の言葉を発した。それだけでも、彼女がどれほど皆に、信頼されてるかが分かると思う。
 「じゃあ、早速始めようか」
 彼女はそう言いながら、僕に涙の溜まった目を向けた。
 僕も凍えた体に喝を入れ、緑の蛍光色のラケットを持ち、コートへ向かう。
 ソフトテニスは、基本的にシングルでは無くダブルスだ。その為、僕は同級生の斉藤 睦 (さいとう あつし) とペアを組んでいる。
 「セブンゲームマッチプレイボール!」
 その言葉と共に、コート内には緊張が走る──試合が始まった。
 僕はボールを高くあげ、体重を後ろに逸らす。そこから一気に体を起こし、勢いそのままラケットを振った。
 ボールは見事にコートの隅に入る──サービスエース。
 「うわー、つまんねー」
 相手チームからはそんな声が聞こえた。
 「何カッコつけてんだよ」
 ペアの睦は、そう言いながら僕に近づいてくる。ハイタッチの雰囲気──では無いよね。
 「ご、ごめん……」
 目の前まで来ると、持っていたラケットを力一杯振り、僕の膝を折った。
 「うっ……あぁ……あぁぁ……」
 痛みで膝から崩れ落ちる。
 ──痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!
 膝の感覚が消えて、膝が取れてしまったのかと確認した程だ。そして、数分経つと、また痛みが戻ってくる。痛みは何分経っても止む気配は無かった。
 「さっさとやるぞ、カス」
 
 「はい……」
 
 立とうとしても上手く力が入らない。
 「あぁ! くそがっ! さっさと立てよ!」
 口調に怒気を混じえて、僕の横腹を力一杯蹴ってきた。
 「うっ…………」
 膝に力が入らない現在、体を上手く支えれず、されるがままに横にぶっ飛んだ。顔を直接地面に当てる形となり、額に痛みが走る。
 「ねぇ! 立ってよー」
 「待ってるんですけどー!」
 周囲からは労いの言葉では無く、急かすような言葉が聞こえる。
 「はぁ、じゃあ俺が代わりに打ってやるよ」
 睦はそう言って、所定の位置からボールを放つ。
 そのボールを相手はラケットの芯で捉え、より早くなったボールが僕の方に向かってくる。
 膝にこれまで以上に力を入れて立とうとした。だが、あえなくまた膝から崩れ落ちる。
 「あっ……」
 小林神奈は、間抜けな声と共に心配そうな顔を僕に向ける。その顔を見る度に、虚しさが僕を襲った。
 ボールは僕の十センチ横を通り、枠内で弾んでからフェンスに当たる。
 「あぁ……お前のせいで一点取られたー!」
 「ボール追おうともしないなんてー」
 
 「お前もう帰っていいぞ?」
 その一言から『かーえーれっ!』とチーム一丸となって、口を合わせて言ってくる──これが応援だったらどれだけ良かったろう。
 「わかりました…」
 立ってコートを出る事が出来たら良かったのだが、上手く立てない。故に、地を這うようにコートを出る。さながら、軍隊の匍匐前進だった。
 皆は、その光景を見て笑い出す。
 人間はこんな物だ。仲間を作り、群れたがり、気に入らない奴がいれば総意でなくても貶し、傷つけるんだ。
 ────やっとの事で部室に着いた。僕のバックは部室の外にあり、弁当から数学の教科書、筆箱に至るまでが、バックと言う主を失い、途方に暮れていた。
 それを、慣れた手つきでまとめて徒歩三十分の所にあるアルバイト先に向かう──空が若紫色に染まるくらいに日が傾いた頃、詰まりは学校を出る頃には、立つことが出来るようになっていた。
 右足を庇いながら歩く事、一時間、いつもより二倍近くかかりアルバイト先に着く──高さの六分の一位の幅を橙色、水色、赤の縞模様が縁取り、その中心に「8·twuerubu」と言う、全国に店を構えるコンビニエンスストアの名前が、目に入った。
 「こんばんは」
 「あっ……黒田将太君……ちょっといいかな?」
 
 初めて言うかもしれないが僕の名前は黒田将太だ。
 「はい」
 店長は僕を裏の休憩所に招き入れる。
 面接の時以来、二人で話すのは初めてかもしれない。
 「黒田くん。すごい申し訳ないんだけど明日からアルバイト来なくていいよ……」
 「どうしてですか!?」
 理由は大体分かっていた。──だが、地域の人達にまで伝えるとは思っていなかった──お母さんにまで伝わっているだろうか。
 「ごめんね……風の噂で聞いて、このまま君がいると信用問題にも関わるから」
 「そうですよね……わかりました……」
 「ごめんね……」
 その顔は本当に申し訳なさそうな顔だった。僕にこんな顔を向けてくれる人がいてくれるだけで、今の僕は嬉しい。
 僕はクビを高校生乍に味わい、アルバイト先を後にした。日はもう落ちていて、星々が僕を出迎えた。
 普段なら直ぐに家に帰るのだが、お生憎、そんな気にはならない。僕は帰路の途中にある公園に寄ることにした。
 公園は滑り台、ジャングルジム、ブランコ、砂場、主流な物が所狭しと置いてあった。その隅には、白でペイントされたベンチを、電灯が円を描くように照らしていて、電灯には虫達が群がり、時たまバチっと音立てていた。
 僕は白いベンチに腰をかけ、星を見上げた。
 お金……どうしようか………
 うちの家系は、父が早くに他界し、母一人で切り盛りしている。
 母一人だけの給料どうしても金が足りない。だから、僕はアルバイトを特別に許可してもらっていた。──だが、そのアルバイトも無くなった。
 大学諦めようか。
僕は大学に行くため、アルバイト費用の半分以上を大学の学費の為に貯めていて、その金額はもう既に二百万を超えるか、と言う値になっている。それを崩せば何とか行けるだろう。母さんが苦しむぐらいなら大学なんて行かなくていい。本当にそう思った。
 「将太!」
 突如前方から声がした。
 もう時刻は八時を超えている。そんな中僕に声をかけてくる人に心当たりは無かった。
 顔を見て驚きが隠せなかった。細く長い眉に凛々とした大きな目、腰にかかる程の長い髪はライトに照らされて、黒い色をより引き立たせた。高い鼻に、ピンクの唇──そこには正真正銘、制服の姿の小林神奈がいたからだ。
 
 「神奈……」
 「将太ごめん……私のせいで……本当にごめんなさい……」
 神奈の目には涙が溜まっていた。
 大体は分かっている。睦と神奈は付き合っている。睦が脅してLINEに嘘の情報を流させたのだろう。理由は分からないが嫉妬とかそんな所だろう。
 実に単純で簡単な理由である。
 「知ってるよ」
 「えっ……」
 神奈は驚きの泥を顔に塗った。
 「知ってる……だから謝らなくていい」
 「何で……なんで知ってて言わないの!」
 「睦でしょ……?」
 「ごめんなさい……ごめんなさい……」
そう言って、また神奈の目から宝石が落ちた。
 「謝らなくていい」
 「でも、私は……私決めた……真実を言うよ」
 「そんな事しなくていいよ……だけど一つ頼みがある」
 「でも……!」
 「いいから……聞いて?」
 「…………うん」
 「一日一分でいい……僕の事を考えてほしい……」
 「なにそれ……」
 「僕気づいたんだ……誰か僕の事を思ってくれている。──それがどれだけ幸せなことなのか……だからその数分で僕は生きられる」
 「そんなの将太が耐える為の詭弁でしかないよ!」
 「あぁ……でもさ、耐えて、耐えて、耐え続けて、誰かの心を動かせたならそれって、本当の意味で虐めに勝つって事だと思わない? 僕は、そういう勇者みたいな人になりたいんだ」
 そう、僕はあの時の記憶を傷をもう繰り返したくない。
 僕なら耐えれる。耐えて耐えて変えることが出来る。そうすればさちもきっと……
 「そんなの詭弁だよ! 将太はいつもそう! 自分で背負ってちょっとは人の事を考えてよ……見てる私も辛いの……また、また、あんな事になったら私……見てられないよ……」
 「神奈……僕は自分の為にやってるんだ。僕ほど自分主義な人間はいないよ……誰かが傷付くのが嫌だから、僕が傷付くよりよっぽど……僕は大丈夫だから……」
 「そんなの……」
 「神奈が辛いのは分かった……でも僕は僕をとるよ……自分勝手だから……」
 そう言うと神奈は、その場で崩れて泣き出した。
 ──梅雨が来た。人の目に雨を降らす梅雨が今年もまた……来てしまった。
 梅雨の匂いがどこからとも無く流れて、僕の鼻を刺激した。
 ────これでいい……これでいいんだ……。
 こうしてまた一つ、失った僕の数分は、埋め合わせされるようにまた新しく増えた。
 こうして、世界は回っていく。失い、得て、そして、また失い、そして、また得る。
 そんな事を
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるグルグルぐるグルグルグルグルグルぐるぐる
続けていくんだ。
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