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召喚してきた魔術王とか吸収してドッペルゲンガーやってます

走るちくわと核の冬

20.ドッペルゲンガーは支配する

 全方位からドッペルゲンガーを襲う無数の鋭い破片は……その全てが、突如として現れた黒い闇のような霧によって阻まれていた。
 しかも弾かれたり打ち落とされるのではなく、まるで飲み込まれるように消えていく。否……本当に"飲み込まれて"いた。
 黒い霧に破片が接触した瞬間、術式とそれを乗せていた魔力そのものが変換され、吸収されているのだ。

 爆発は一瞬にして収まって……後に残っていたのは、範囲にして直径3m程に拡散した霧。
 しかしそれはすぐに寄り集まり、黒い人影を形成していく。
 出来上がったのは、黒き無貌の異形……"本来の姿"のドッペルゲンガーだ。
 その姿も溶けるように形を変えて、次の瞬間には若い男の姿へと変わっていた。

「……ククク、今のは驚いた、な」

 何事もなかったかのように、ただそれだけ呟くドッペルゲンガー。実際、一切のダメージを受けてはいない上に……ただでさえ多い保有魔力がほんの少しだけ増えていた。
 先程の霧は《魔力支配》の発動によるものだ。本能のまま咄嗟に使用したスキルであったが、そのせいかうっかり本来の姿に戻ってしまったようだ。
 試しに青年の姿のまま手をかざし、スキルを発動してみる。手の中に黒い霧が湧き上がったが……ほとんど拡散させることが出来ない。しかし、腕全体に薄く纏うことは可能だった。
 どうやら、このスキルにはそういう制限・・・・・・があるらしい、と魔人は納得した。

 意図的に使用して初めて、魔人はそのスキルを魂で理解する。
 《魔力支配》はその名の通り、直に接触した……自身の延長である黒い霧に触れた魔力を己の支配下に置くものだ。
 それは魔力で構成された存在なら何でも良いらしい。
 例えば魔術や結界……純度の高い魔力生命体も気合い次第では可能だろう。
 そして支配から更に吸収した場合……もうひとつ、効果が発生する。

 それはともかくと、魔人は足元の落ち葉や下草を払って魔法陣を確認した。
 見事な擬装が施され、落ち葉が無くても気付くことはできなかっただろう。
 魔法陣はその性質上、完全に覆い隠すと発動効率が極端に低下する。よって埋め込みによる隠蔽は不可能だ。
 しかし視認を難しくする方法はいくつかある。単純に色を目立たなくしたり、透明に近い希少素材を使う、あるいは他の模様に混ぜたり別の効果の魔法陣に見えるよう細工するなどだ。
 もちろんそんな真似は誰にも出来る訳でなく、魔法陣の隠蔽は極めて難しい技術に分類される。
 そして、素材を変える場合は魔術の構成を練り直すことから始めなければならない上、大抵の隠蔽用素材は入手難易度が高い。

 その事実と、使用された結界術の基礎理論に覚えがあること、一目見て分かる程に魔法陣自体の完成度が高いこと、そして何より結界術そのものが《空間魔術》に分類されることから……ますます、この先には賢者が隠棲していると確信が出来た。
 しかし、厄介な罠を張るものだと呆れるドッペルゲンガー。これは明らかに対人用の凶悪な罠だ。
 しかもそれは、誰にでも発動するようなものではない。術式から考察するに、おそらくは保有魔力が一定以上であることが発動条件。……つまり、対魔術師用トラップだということ。
 獲物は予想以上に狡猾だと、そう思うと共に歪な笑みを浮かべる魔人であった。


 今度はうっかり魔法陣を踏まないようにと、慎重に舗装路を警戒しながら歩くこと、数分。
 いくら道を見ようにも枯葉が邪魔であるため、途中で大きな扇のような形状をした葉を枝ごとむしり取り、それで前方を掃きながらの移動。
 いくら擬装されていようと、そこに存在することを前提に注視さえしていれば、ほんの一部でも露出すれば判別は付く。

 ……そう、思っていたのが甘かったようだ。

 それは、邪魔な木の葉と一緒に道に落ちていた長めの枯れ枝を掃き捨てようとした、その瞬間だった。
 枝の両端に結わえられていた極細の糸が引っ張られ……小さく、何か留め具でも外れるような音が響く。

「————ッ!!」

 考えるより先に、魔人の脚が地を蹴った。
 《韋駄天》による加速で真横へと跳躍したその身体のすぐ横を、暴力的な質量が唸りを上げて通り過ぎる。
 振り子の動きをするそれは、頭上の大樹に縄で吊られた頑丈そうな岩だった。
 そう、まさかの物理的トラップである。それもとんでもない凶悪さの。
 間一髪、紙一重で回避に成功した魔人は、そのまま道の端に着地する。しかし、そこも安全地帯ではなかった。
 足が地面に触れた瞬間に魔法陣が発動、道の左右から挟み込むように、鋭い氷の刃が雨あられと飛来する。
 ……攻撃魔術《氷槍》、槍の名こそ付いているが、そのサイズは小指大からバリエーションが存在する。

 三度訪れた死の気配に、今度は慌てることもなく手を掲げるドッペルゲンガー。
 しかし変身解除からの《魔力支配》では間に合わない。二行程を踏むには時間が足りず、しかし限定発動では効果範囲が狭過ぎる。
 故に、魔人が取った手段はそのどちらでもなく……。

 ほんの一瞬、魔人の身体から膨大な魔力が嵐のように吹き荒れ……そして次の瞬間、迫り来る無数の《氷槍》は何かに衝突し、耳障りな音を立てて砕け散った。
 よく見れば、魔人を包み込むように仄かに燐光を宿した透き通る壁が形成されている。
 まるで分厚いガラスのようなそれは、よく目を凝らせば複雑な細かい網目模様を描いていることが分かるだろう。

 《聖域結界》と呼ばれるそれは、かつて生まれ落ちたばかりのドッペルゲンガーを閉じ込めるために使用されたものだ。
 煩雑な行程の多いことに定評のある結界術の中でも、これは大規模儀式魔術に分類される、とても複雑な魔術である。
 当然のことながら発動には様々な準備が必要であり、多くの人員と希少な触媒、そして何より莫大な魔力が要求される。
 そんな最上位の魔術を、この魔人は単体で、しかもほんの一瞬で構築してみせたのだ。それも独自の方法で。

 《魔力支配》のもうひとつの能力……かつて吸収した結界から読み取った術式を基に再構築し、それをそのまま取り出すことの出来る能力。
 無論構築の材料として相応の魔力こそ必要だが、通常の魔術発動とは全く異なるプロセスを用い構築を行うため、その発動スピードは比較にならないくらい、速い。
 ……かつて結界に閉じ込められたあの時、魔人は本能のまま目の前の結界を喰らっていた。それは《魔力支配》を使用してのこと。故に吸収した全てが記録されていたのは魔人にとって幸いであった。

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