召喚してきた魔術王とか吸収してドッペルゲンガーやってます
19.ドッペルゲンガーは闇の谷へ
村人たちから闇の谷と呼ばれ恐れられるその場所は、確かにまともなヒトが立ち入るようなところではなかった。
光の射さぬ暗い谷は酷く静かで、生き物の気配が極端に少ない。
しかし異常な程にありとあらゆる木々ばかりが生い茂り、視界と道先を埋め尽くす。この暗さも覆い尽くす枝葉による影だ。
だがそんな闇の中にも、はっきりと違和感がある程に見分けが付く「舗装路」が通っていた。
おそらくは強力な魔術により土を固めたのだろう。道の外からはみ出した草で表面は覆われてはいたが、踏んでみると石畳のような硬質な音がする。
道は暗い森の中を一直線に、それこそ定規で引いたように真っ直ぐ貫いて、ただ奥へ奥へと導いていた。
……こんな大雑把な開拓をするなど、奴以外には考えられぬ……そう、魔人の中の愚王であった存在が唸る。
そこは仮にも谷底であるのだから、それなりに複雑な地形をしている。ならば地形に合わせて道を敷くのが、この世界では常識だ。
しかし目の前の道はただ一直線に森を貫き、谷底を埋め、そして大岩を両断して伸びていた。
極めてシンプルな設計思想に、力技としか表現出来ない圧倒的な技術力の注ぎ込み方。そして、そこに用いられたであろう膨大な魔力と素材。
こんな真似が出来る人間も、そもそもやろうと思う人間も、かの王には一人しか心当たりがない。
——「賢者」メルキュール・ミトラィユーズ ——
おそらく人族の歴史上最も優秀な魔術師であり、かつてのサルナズーラ宮廷魔術師名誉代表を務め、そしてその名誉ある役職をある日突然ぶん投げたことで知られる男の名である。
かの賢者が王宮に仕えるのを辞めたのは、かれこれ30年ほど前にも遡る。
故に若き日の愚王とも充分に面識があり、その人となりは把握していた。
だからこそ、純粋な考察により魔人はこの地へと辿り着けたのだった。
賢者とすら呼ばれる程の存在は、考えるまでもなく最高級の"餌"になりうることは明白だ。
しかし魔術王(笑)を軽く凌駕する魔術の使い手……現状その魔力量以外にまともな戦闘能力を持たないドッペルゲンガーにとっては、どう考えても本来なら荷が勝ち過ぎている相手である。
しかし、魔人には勝算があった。
30年という年月は、人族を衰えさせるには十分過ぎる。そして記憶が確かであれば、かの賢者は30年前の時点で齢100歳を超えていた。
いかなる魔術により延命しようとも、少なくとも人族にとって100歳とは限界を超えた年齢である。
……それを更に乗り越えて、尚も生き長らえているのだから賢者とは凄まじい者よ……。
3年前、宰相からの報告がなければ王とて賢者の存命など信じなかったであろう。
サルナズーラにて不定期に開催される、通称「闇の魔道具オークション」……別に扱う品が闇属性という訳ではなく、催しそのものが社会の闇に潜むことからそう呼ばれている、いわゆる非合法オークションだ。
その組織力、開催規模、そして動く金はあまりにも莫大で、国としても取締ることが出来ていない。
否……むしろその有用性から、密かに会員の枠を確保し一枚噛んでいるのが実情である。
3年前そこに突如として出品されたのが、現在魔人が肩から提げている小汚い鞄……国宝級魔道具『アイテムバッグ』だ。しかも、未知のシリアルナンバーが刻まれた、(小汚いのに)新品。
そう、かの《時空間魔術》の使い手にして、この希少な『アイテムバッグ』を製作可能なのは、賢者メルキュール以外にあり得ない。そして、シリアルナンバーと共に"賢者印"と呼ばれる刻印まで刻まれた正真正銘の純正品……この新品が世に放たれるというのは、紛れもなく一つの事実を示していた。
それこそが、今ここに魔人が訪れている理由だ。
なお、3年前に賢者の生存こそ確認されたものの、その行方についての調査は早々に打ち切られた。
ひとつには情報源として期待されていたオークション開催組織からの強い抵抗があったこと。
そしてもうひとつの理由は……誰も、30年前の悲劇を繰り返したくなかったからである。
例え30年という月日が賢者を衰えさせていたとしても、あまりに圧倒的な彼の影は保守的思考を持つ宰相を竦ませたのだ。
しかしドッペルゲンガーにとって"触らぬ神に"などという観念は存在しない。
そしてかつての魔術王は、幸か不幸か賢者の隠居先を推理出来るだけの条件を満たす、数少ない人物であったのだ。
行動原理となる欲望に、それを導く知識、そして躊躇わない意志が揃い、当然のように制止する者もいない。故に、高慢な魔人はただ突き進む。
……しかし、突然その足は止められることとなった。
道の上に巧妙に仕込まれた魔法陣が発動する。その発動プロセスはあまりにも洗練されていて、疾い。
逃げようと思う前に、周囲の空間が、凍りついたように魔人を閉じ込める。空間そのものが固定されたのだ。
四肢の動きを封じられ、驚きながらも瞳だけを動かして状況を理解しようとする……その目前を、蜘蛛の巣のようなヒビ割れが横切った。
おそらくは、攻性結界術。あの賢者が提唱したものの、宮廷の誰も組み立てに成功出来なかった新しい魔術理論。
その仕組みは意外なことにとても明瞭だ。
極めて頑丈な結界を爆発によって"意図的に崩壊"させ、それを無数の刃に変換する。ただそれだけの術である。
確か賢者が示した使用法は、結界に攻撃したモノへの自動反撃、及び加えられた衝撃を逃すというものだったが……なるほど、こういう使い方もあるのかと魔人は唸る。
薄い壁面を形成するはずの結界を密度の高い塊にして、それで相手を包み込む……そして。
次の瞬間結界は突如破裂し、その衝撃と無数の破片は更に外側の結界で爆縮となり……閉じ込められたドッペルゲンガーへと余すところなく叩きつけられた。
光の射さぬ暗い谷は酷く静かで、生き物の気配が極端に少ない。
しかし異常な程にありとあらゆる木々ばかりが生い茂り、視界と道先を埋め尽くす。この暗さも覆い尽くす枝葉による影だ。
だがそんな闇の中にも、はっきりと違和感がある程に見分けが付く「舗装路」が通っていた。
おそらくは強力な魔術により土を固めたのだろう。道の外からはみ出した草で表面は覆われてはいたが、踏んでみると石畳のような硬質な音がする。
道は暗い森の中を一直線に、それこそ定規で引いたように真っ直ぐ貫いて、ただ奥へ奥へと導いていた。
……こんな大雑把な開拓をするなど、奴以外には考えられぬ……そう、魔人の中の愚王であった存在が唸る。
そこは仮にも谷底であるのだから、それなりに複雑な地形をしている。ならば地形に合わせて道を敷くのが、この世界では常識だ。
しかし目の前の道はただ一直線に森を貫き、谷底を埋め、そして大岩を両断して伸びていた。
極めてシンプルな設計思想に、力技としか表現出来ない圧倒的な技術力の注ぎ込み方。そして、そこに用いられたであろう膨大な魔力と素材。
こんな真似が出来る人間も、そもそもやろうと思う人間も、かの王には一人しか心当たりがない。
——「賢者」メルキュール・ミトラィユーズ ——
おそらく人族の歴史上最も優秀な魔術師であり、かつてのサルナズーラ宮廷魔術師名誉代表を務め、そしてその名誉ある役職をある日突然ぶん投げたことで知られる男の名である。
かの賢者が王宮に仕えるのを辞めたのは、かれこれ30年ほど前にも遡る。
故に若き日の愚王とも充分に面識があり、その人となりは把握していた。
だからこそ、純粋な考察により魔人はこの地へと辿り着けたのだった。
賢者とすら呼ばれる程の存在は、考えるまでもなく最高級の"餌"になりうることは明白だ。
しかし魔術王(笑)を軽く凌駕する魔術の使い手……現状その魔力量以外にまともな戦闘能力を持たないドッペルゲンガーにとっては、どう考えても本来なら荷が勝ち過ぎている相手である。
しかし、魔人には勝算があった。
30年という年月は、人族を衰えさせるには十分過ぎる。そして記憶が確かであれば、かの賢者は30年前の時点で齢100歳を超えていた。
いかなる魔術により延命しようとも、少なくとも人族にとって100歳とは限界を超えた年齢である。
……それを更に乗り越えて、尚も生き長らえているのだから賢者とは凄まじい者よ……。
3年前、宰相からの報告がなければ王とて賢者の存命など信じなかったであろう。
サルナズーラにて不定期に開催される、通称「闇の魔道具オークション」……別に扱う品が闇属性という訳ではなく、催しそのものが社会の闇に潜むことからそう呼ばれている、いわゆる非合法オークションだ。
その組織力、開催規模、そして動く金はあまりにも莫大で、国としても取締ることが出来ていない。
否……むしろその有用性から、密かに会員の枠を確保し一枚噛んでいるのが実情である。
3年前そこに突如として出品されたのが、現在魔人が肩から提げている小汚い鞄……国宝級魔道具『アイテムバッグ』だ。しかも、未知のシリアルナンバーが刻まれた、(小汚いのに)新品。
そう、かの《時空間魔術》の使い手にして、この希少な『アイテムバッグ』を製作可能なのは、賢者メルキュール以外にあり得ない。そして、シリアルナンバーと共に"賢者印"と呼ばれる刻印まで刻まれた正真正銘の純正品……この新品が世に放たれるというのは、紛れもなく一つの事実を示していた。
それこそが、今ここに魔人が訪れている理由だ。
なお、3年前に賢者の生存こそ確認されたものの、その行方についての調査は早々に打ち切られた。
ひとつには情報源として期待されていたオークション開催組織からの強い抵抗があったこと。
そしてもうひとつの理由は……誰も、30年前の悲劇を繰り返したくなかったからである。
例え30年という月日が賢者を衰えさせていたとしても、あまりに圧倒的な彼の影は保守的思考を持つ宰相を竦ませたのだ。
しかしドッペルゲンガーにとって"触らぬ神に"などという観念は存在しない。
そしてかつての魔術王は、幸か不幸か賢者の隠居先を推理出来るだけの条件を満たす、数少ない人物であったのだ。
行動原理となる欲望に、それを導く知識、そして躊躇わない意志が揃い、当然のように制止する者もいない。故に、高慢な魔人はただ突き進む。
……しかし、突然その足は止められることとなった。
道の上に巧妙に仕込まれた魔法陣が発動する。その発動プロセスはあまりにも洗練されていて、疾い。
逃げようと思う前に、周囲の空間が、凍りついたように魔人を閉じ込める。空間そのものが固定されたのだ。
四肢の動きを封じられ、驚きながらも瞳だけを動かして状況を理解しようとする……その目前を、蜘蛛の巣のようなヒビ割れが横切った。
おそらくは、攻性結界術。あの賢者が提唱したものの、宮廷の誰も組み立てに成功出来なかった新しい魔術理論。
その仕組みは意外なことにとても明瞭だ。
極めて頑丈な結界を爆発によって"意図的に崩壊"させ、それを無数の刃に変換する。ただそれだけの術である。
確か賢者が示した使用法は、結界に攻撃したモノへの自動反撃、及び加えられた衝撃を逃すというものだったが……なるほど、こういう使い方もあるのかと魔人は唸る。
薄い壁面を形成するはずの結界を密度の高い塊にして、それで相手を包み込む……そして。
次の瞬間結界は突如破裂し、その衝撃と無数の破片は更に外側の結界で爆縮となり……閉じ込められたドッペルゲンガーへと余すところなく叩きつけられた。
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