召喚してきた魔術王とか吸収してドッペルゲンガーやってます

走るちくわと核の冬

18.ドッペルゲンガーは一路行く

 サルナズーラの王都から平原をひたすら南へ進み、途中で街道から横道へ外れて更に数日……轍の跡も判然としないその小道の先には、もう小さな村と山くらいしか存在しない。
 行き交う人の姿もないその道を、土煙を上げ猛烈な速度で駆け抜ける男の姿があった……そう、ドッペルゲンガーである。

 王都を脱出したこの魔人は、目的地へ向けてひたすら……その規格外の魔力量をフル活用してひたすら走り続けていた。
 無論肉体的な限界はあるため無限に体力が続く訳ではないが、余剰分の魔力をつぎ込んだ自動回復に加えて《韋駄天》による理想的なフォームの走りを実現しているため、普通に走る・・・・・程度であれば半日は休憩要らずだ。
 しかも水も食料も必要としないため、ますます休憩をする理由がない。むしろのんびり移動していたら、無駄にその辺を跋扈する魔物に絡まれるだけである。

 とはいえ、眠らないドッペルゲンガーでも夜間の走行は早々に断念している。
 《夜目》に類するスキルも持たず、視界確保のための強化魔術の知識もない。故に単純に道が見えなかったのだ。
 《気配察知》による索敵と持ち前の逃げ足の速さがあるため、道さえ見失わなければ行軍速度が倍になっていたのに……と、微妙に残念に思うドッペルゲンガーであった。

 さて、その無駄な空き時間を暗闇の野宿で過ごすのも味気ないと、魔人が選択したのは"宿泊"だった。
 道程のほとんどは街道を進むため、長くとも3日も進んだ距離毎に宿のある村が存在する。
 その程度の距離であれば《韋駄天》の速度でなら一日で走破可能であったため、余裕をもって毎晩村に滞在することが出来た。
 しかし別に部屋を取って休む訳ではない。その必要がない。では、何が目的かと言うと……。

 
 — ・ • ⚪︎ 〇 ⚪︎ • ・ —


「隣、座ってもいいか?」

「あぁ……ん? 見ない顔の兄ちゃんだな、旅人かい?」

「そうだ、ちょうどさっき着いたばかりでね。なんだか寝る気にもなれないし、今夜は一杯やっておこうと」

「はー、若いね! まぁ、おいらもしこたま飲まんとグッスリ眠れねぇからな、人のこたぁ言えねぇや」

「そりゃお互い難儀なことで。……おーい、こっちにエール2杯、あとは任せる」

「おおっ、ありがてぇ!」

「遠慮せず飲んでくれ。……ところで、おっさんは見たところ狩人、だよな?」

「おうよっ! といってもおいらは大物は狙わねぇ。罠を仕掛けたり、山菜採ったりするばかりだがよ」

「そうか。なら、ここから山沿いを北に向かう道に逸れた先にある小さな村のことは、知ってるか?」

「あー、ドゥニッチ村な! あそこは辺鄙だが良いところだぞ! そういやぁそろそろ祭りの季節だな! 兄ちゃんはそれが目当てなんか?」

「いや、村祭りは初耳だ」

「ここいらじゃな、秋の収穫が終わった今の時期に、まとめて結婚式と収穫祭を一度にやるんだ。ドゥニッチはこの辺一帯のそれを主催してるからな、そりゃもう盛り上がってよぅ!」

「いや、そんなことより」

「何よりあの村の祭りは飯がうめぇ! 特にな、締めの針猪と硬芋を前夜祭からずうっと煮込んだやつ……あれは最高だ! どっちも顎が痛くなるような食材のくせに、あの煮込みは口の中で溶けやがるっていうよう……あー、おいらも明日から町への納品がなきゃよう……」

「…………そんなことより」

「ん? ああなんだ?」

「あの辺りに、偏屈なクソジジイが住んでないか知らないか? 村なんかにいたら叩き出されるから、どこかに独りで住んでるはずなんだが」

「……なんだそれ? えっと……あー、なんかそんな話聞いたな。あの村の山の奥、何故か魔物も寄り付かない谷底にいつからか変な小屋があって、変な爺さんが独り暮らししてるとかっていう……」

「その小屋の特徴は?」

「確か、屋根の上に馬鹿でかい傘が逆さまにくっ付いてる……とかなんとか? なんだ兄ちゃん、もしかして親戚か何かか?」

「いや……あー、強いて言うなら師匠・・だ。ほら、お代わり注文するからあまり訊かないでくれ」

「へへっ、ありがてえ。まぁ詳しくは訊かないでやっけどよ、その顔を見るになんか……面倒な爺さんなんだろうな。頑張れ」

「……あぁ。じゃあ俺は寝る。お代はここ置いとくぞ」

「お、おぅ。……あ、待った! 酒代の例にもうひとつ。つい昨日、あの村に向かって"巫女買い"が通ってった。しかも積荷の少ないでかい馬車で。……面倒だかんな、くれぐれも関わんなよ?」

「そうか」

「んあ、じゃあなー…………って、あの兄ちゃん一口も飲んでねぇじゃねーか、もったいない」


 — ・ • ⚪︎ 〇 ⚪︎ • ・ —


 ——この道の先に、奴がいる——

 昨夜の回想をしつつも醜く口元を歪める魔人の足は、ただそれだけで更に加速していく。
 途中で"どこかで話でも聞いたような馬車"を全力で追い抜き、やがてその村へとたどり着いたのだった。


 村では聞いた通り、ちょうど祭りの準備中であった。
 草の穂や色鮮やかな木の実で飾られた民家に、広場には丸太で組まれつつある櫓、そして大の男2人で運ばれている大鍋と、その後ろには食材の入った籠を抱える女たち。
 跳ね回る子供たちも、作業をする大人たちも皆笑顔で、とても幸せそうで…………そんな全てを、魔人は踏み潰したくなった。

 ——ククク、しかしそれより今は獲物探しだ——

 これといって特徴のないアシエの姿は、一見するとそれなりに人当たりの良さそうな好青年な外見だ。
 事実彼の性格は少しやさぐれてはいたが、それでも悪人とは程遠い。なんだかんだで面倒見の良いタイプである。
 それに加えて意識しての《詐術》を上乗せしてしまえば、浮かれ気分の村人たちの輪に飛び込むのは実に簡単であった。それも大歓迎と言って良いくらいに。
 なんでも祭りに加えて、折しも村長がずっと抱え込んでいた"邪魔な備蓄"に良い買い手がついたらしい。
 これで村も潤うと、例年にも増して盛り上がりをみせていたのだ。

 しかしそんな雑多な情報に興味のないドッペルゲンガーは、早々に彼らから"闇の谷の隠者"と呼ばれる老人の情報を得る。
 ここ数年は村へと降りてくることもなかったため、詳細な情報ではなかったが……それでも、魔人の求めていた"奴"であることは間違いないと確信出来た。


 そして魔人は山へと向かう。溢れんばかりの欲望をその身に抱えて、足取りも軽やかに……。

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