召喚してきた魔術王とか吸収してドッペルゲンガーやってます

走るちくわと核の冬

12.ドッペルゲンガーは地図を見る

 部屋に入ってすぐ、目の前で丁寧に頭を下げているメイドは……確か、シトリンと名乗っていたな……そう、ドッペルゲンガーは思い出す。
 王の身の回りの世話を担当するメイドはどれも見目麗しい者が選ばれているが、この女はその中でもパッとしない顔立ちをしている。
 まぁ美人の範疇には入る……が、そばかすの浮いた頰は血色が悪く、きっちりと結われたブロンドの髪もくすんで見える。しかしそれでも王の担当に選ばれるだけあるのだろう、その所作は非常に洗練されたものだ。
 優雅で品があり、それでいて召使いに相応しい控えめで丁寧な動作。その美しい動きを作り上げている指先が空中に軌跡を描き、彼女の肩上で頼りなくネグリジェを支える細い紐に添えられた。

「それでは失礼し」

「待て」

 ドッペルゲンガーの制止の声に、落とされようとしていた肩紐がギリギリで留まる。
 机の上に積み上げられていた巻物を弄んでいたその魔人は、一緒に置かれていた箱を手元に引き寄せながら命令した。

「後ろを向き、跪け。両手は頭の後ろに」

 その言葉に、若干の呆れと諦観が垣間見える顔をしたメイドはクルリと回り、言われた通りの姿勢を取る。ついでに尻も持ち上げている。
 無防備なその姿勢を見て、ドッペルゲンガーはほくそ笑んだ。
 そして箱から重たい魔鉄の塊を取り出して、獲物の背中へと歩み寄る。

 密室に、ガチャリと重い錠の落ちる音が響いた。



 彼女は焦っていた。
 突然舞い込んだチャンスに食いついてみれば、訳の分からない状況に陥っているのだから。
 相手があの愚王だからと油断していたことは否めない。
 ……だけど、王があんなバケモノだなんて聞いてない!
 袋に詰め込まれる直前に見た、あの冷たい瞳を思い出す。アレは自分と同じ顔で、でも違う……アレは自分でも王でもない、恐ろしいバケモノだ。
 状況は考えうる限り最悪、でも少しでも言葉が通じれは……。

「ガフッ……!」

 もう数えるのも諦めたその衝撃に、肺の空気と僅かな血、そして纏まらない思考を吐き出す。
 重罪者用の身体能力減衰効果付きの手枷で拘束され、更に全身を布袋に押し込まれ、途絶えることのない暴力をその身に受け続け……ああ、わたしは失敗したのだと、今はただ静かにそう涙を流す。
 彼女の腕前を持ってしても、この複雑な封印の施された錠前を破るには十数秒の時間が必要だ。
 しかもその枷が付いているのは自分の手首なのだから、どう見積もっても倍以上はかかる……が、それだけの間無防備に集中する余裕がない。
 制止を求める声もまた、一定のリズムを刻む痛みに邪魔され届くことはない。
 袋越しに伝わる華奢な脚の感触は、荒れ狂う暴力となって少しずつ彼女の生命と心を削っていく。

 ……今まで騙し続けてきてごめんなさい、神様……だから、どうか……。



 ドッペルゲンガーは椅子に腰掛け、机の上に拡げたその地図を眺めていた。
 王国の全土を詳細に記載されたそれは一級品の軍事機密であるが、王の身分を簒奪した魔人にとってはただのお手軽な情報に過ぎない。
 2人分の知識を持つが故にこの国の概ねの地理は把握していたが、それでもこれだけ熱心に読み込む理由は、見比べているもう一枚の地図にあった。
 「ユグドラインマップ」と称されるその地図が最後に更新されたのは、三代目の王の頃だという。
 ごく僅かな森の民、エルフ達によって調査と編纂がされとそれには、地下深くの膨大な魔力の流れが幾本もの大河のように記載されている。
 その情報の価値は、隣に並ぶ詳細地図とは比較にならない程。こと儀式魔術を扱う者にとっては、手に入れるためなら殺してでも奪い取るくらいは余裕でするだろう。
 まぁ実際、この地図が王宮に「寄贈」されている経緯も推して知るべし……と言ったところなのだが。

 この情報と地形の分かる詳細地図、そして曲がりなりにも魔術師であるレトルコンの知識があれば「地脈結界を張るのに最適な場所」が、なんとなくなら割り出せる。
 もちろんそういった場所は国が管理する重要な場所がほとんどで、他の者に奪われぬようきっちりと管理されている。
 しかしその整備や利用は非常に難しいため、その全てを管理するには予算も人員も到底足りない。
 故によく探せば穴場はいくつもあり……そしてその中には「奴」が好みそうな場所もきっと……。

「ふっふふっふふん♪ ふっふふっふふん♪ 毬はけりたし毬はなし〜♪」

 地図を眺めながらずっと足でリズムを刻んでいたためか、気が付けば魔人は鼻歌を歌っていた。その声は女性特有の柔らかく澄んだものだ。
 異国風の旋律はドッペルゲンガーの魂の中の欠片からサルベージしたもので、歌詞の全文も意味も知らない。だが、その唄はとても状況に即しているように感じている。
 ……と、鼻歌と動かし続けていた足を止めて、魔人は地下牢獄から届けさせた箱から小瓶を取り出して……おもむろに机の下にしゃがみ込んだ。
 そしてその瓶の中身を「机の下に詰め込まれた大きな袋」へどばどばと振りかけ、まるで花に水を与える少女のように満足げに微笑む。
 そして再び地図に目を落としながら、メイドの姿を模した魔人は……当たり前のように袋の蹴りつけもまた再開したのだった。

 椅子に腰掛けながら、しかも女性の折れそうに細い足で蹴りを繰り出しているにも関わらず、その蹴りは力強く……何より速い。
 外見の状態をある程度無視して取り込んだ能力値を反映させる性質を持つ魔人のスキルは、か弱いその外見を完全に裏切るような脚力を発揮させる。
 今のドッペルゲンガーの身体能力は騎士であったアシエのものだ。彼は筋力の値こそそれ程ではないが、それを補って余りある敏捷を持つ。
 スキルと合われることで脚力に特化したそれは、恐ろしいほどに鋭い蹴りを生み出していた。
 ……とはいえ基本的に戦闘行為に熱心ではなかったアシエは、その蹴撃の才能を伸ばすという発想はなかったようだが。


 地図の照らし合わせが完了し、更に予め用意させた他の資料にも目を通し終えた魔人は、固まりかけた肩を解すように動かしながら窓を見る。そろそろ空は白み始めているようだ。
 一晩中作業を続けていたにも関わらず、疲労はほとんどない。よっぽど激しい運動を継続しない限り、魔力を消費しての自動回復が追いついてしまうのだ。
 足元の大袋を見る。ずっと蠢いていたその袋は今や僅かに震えるのみであり、滲んだ諸々の液体とポーションがまだら模様を作り上げている。
 今回ドッペルゲンガーが選択した手法は、失敗を前提に「どこまで楽が出来るか」であった。
 メイド1人の心をへし折るのに、あまり手間はかけたくない。しかし一晩程度なら時間はかけられて、かつ準備は容易。
 地下牢獄に常備されている呪縛の手枷と、効果は非常に高いが継続使用に難がある副作用付きのポーション。どちらも非人道的な物品だが、魔人にとって入手は容易い。

 机の下から袋を引っ張り出し、乱暴に引き裂いて中身を取り出す。
 内臓と全身の骨が何度も破壊されては治癒し、その度に蓄積する痺れと吐き気と脳を揺さぶられる不快感、そしてそれらを構成するこの状況に、精神のほとんどを摩耗させたぼろ雑巾がそこにいた。
 何度死を願ったか分からない。事実彼女は2度ばかり舌を食い千切っている。しかし、全身を包むポーションがそれを許さなかった。
 二度使えば廃人一直線と言われる劇薬により、肉体の変容が著しい。肌は爛れ、骨は捻れ、内臓は癒着により機能不全を起こしている。過敏な神経が絶え間ない痛みを脳に流し込み、その脳も得体の知れない幻覚に侵されている……にも関わらず、生命力だけは過剰に強化されてしまうのだ。
 ドッペルゲンガーはその虚ろな瞳を覗き込み、問う。

「お前はもう簡単には死ねない。薬の効果が弱まる10年後までは、その苦しみがずっと続く。……だが『オレ』を受け入れさえすれば『終わり』を与えてやる」

「…………ぅ……あ…………」

 ライム色の瞳が一瞬だけ憎々しげに歪められ……そして、力なく閉じられた。
 糸が切れたように投げ出された肢体が、淡い燐光となってドッペルゲンガーに吸収されていく。
 その痛みも怨みも全て、余すところなく糧となって。


⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘

《ステータスが更新されました》

名前:『モリオン・クルムラウフ』☆
種族:ドッペルゲンガー(魔人種)
性別:『女性』☆
パラメータ:筋力C 耐久C 敏捷A+ 知力A- 魔力SSS 幸運D☆
スキル:魔導の祝福 魔力ブースト 高慢 気配察知 韋駄天 詐術☆ 解錠☆
種族スキル:存在吸収 形態模倣 魔力支配

⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘ ⌘



 ………………んん?

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