召喚してきた魔術王とか吸収してドッペルゲンガーやってます

走るちくわと核の冬

2.ドッペルゲンガーは召喚される

 サルナズーラ王国のおよそ中心に位置する美しき王都、その面積の少なくとも5%以上を占有する王宮の片隅に、その白亜の塔はある。
 「叡智の塔」と称されるそれは、この王都で最も高い建築物だ。
 王都全域を覆う魔物避けの結界の要でもあり、その美しさも相まってまさにこの国の象徴と謳われている。
 そして一般には秘匿されていたが、塔の地下には大規模な研究施設が広がっているのだった。
 ……王宮地下最下層。幾重にも防衛魔術や結界が仕掛けられ、様々なトラップまで仕掛けられた最奥に、その研究室はある。
 人呼んで「魔術王の間」。

 魔術を扱える者が一目置かれるこの王国では、貴族が自らの血脈から優秀な魔術師を輩出し続けるのはひとつのステータスだ。
 当然国の頂点である王族もまた魔術師であることが求められ、王族にとって魔術を極めることは重要な責務となる。
 そしてその結果として、事実歴代の王たちは皆一流の術者であった。
 その中でも建国から12代目を数える今代の王、レトルコン・ユスターシュ・サルナズーラは歴代最高の魔術師として名を馳せ、いつしか「魔術王」と呼ばれるようになって久しい。

 王はその日、歴代王族の叡智の結晶であるその研究室に朝から篭っていた。
 年相応にたるんだ目元には疲労の色が濃く見えており、きっちりと撫で付けられていたはずの金髪も幾度も掻き毟られ乱れている。
 今日は朝からであるが、彼はこの半年程ほとんどこの研究室に入り浸りっぱなしだ。
 王族として秘匿すべき研究成果の宝庫であるこの場所には、彼の世話をする者すら立ち入れない。
 高価な魔道具により辛うじて部屋の清潔は保たれているが、もし雑然としたこの部屋と王の姿を目にすれば誰もが眉を顰めるだろう。
 しかしその日の彼の目には不可解な興奮と狂気の色が浮かび、引きつった薄笑いが張り付いたその表情には言い知れぬ迫力があった。

「ふはは……ッ!! ついに、ついに完成したぞ! これで魔人の力が我が物になるッ!!」

 他に誰もいないのを良いことに高笑いを上げる魔術王の前には、巨大な魔法陣とそれを囲う幾つもの祭壇があった。
 魔法陣を刻む線と祭壇は繋がっており、その線は更に伸びて周囲の壁を伝い天井に消えている。
 祭壇の上に所狭しと並べられたたくさんの魔術触媒は、そのひとつでも買えば並の貴族の家が傾く程の価値を持つ。
 それら全てはこれから行う儀式「魔人召喚」のために用意されたものだ。
 世界を越えて魔界から魔物の核に呼びかけ、それを招く道筋を形成……更にその上、召喚した核に「魔人」としてのカタチを与える効果すらある。

 ごく稀に魔界から来訪する魔物は核の状態ですら、こちらの世界に生息する他の魔物とは存在の格が違う。
 その存在は魔物の原初であり、世界に住む魔物達の始祖と同じモノだ。
 本来なら世界に訪れた魔物の核は長い年月を掛けて、周囲の環境に応じたカタチを形成する。
 しかしその儀式を用いれば、自我を持たない魔物の核に任意のカタチを与え、副次効果として『刷り込み』を行うことが可能だ。
 つまり簡単に言えば、強力な魔物を任意のカタチで召喚し飼い馴らせるという訳である。

 歴代王族が研究を重ね、ついに今代の王が完成させたその儀式。
 魔術王の代になってから彼が研究していたのは、儀式の最後の工程である「カタチの付与」だ。
 曖昧な存在である核に適当なカタチを与えるだけならそう難しくはなかったが、今代の王は自身が夢想し望むカタチを決めていた。
 それは魔物の中でも最も恐れられる魔人のカタチ。
更にそれを自身の創作である「写し身の魔人」を形成することを目指したのだ。

 彼は思っていた。もし自由に他人の姿を借りられる魔人が存在すれば、それはどれだけ恐ろしく……そして使役すればどれだけ便利かと。
 例えば間諜のように敵の懐に潜り込み、圧倒的な力を用いて内部から蹂躙する。
 桁外れの魔力保有量を活かし、王に化けて民衆の前で大魔術でも連発すれば、自身の評判を楽に上げて税収を易々搾り取るなんて使い道もある。
 あの公爵に成りすまして不祥事を引き起こしたり、あの宰相の弱みを握ったり、いや王妃の奴をギャフンと……王は実のところ、下衆で小物なスメルの持ち主であった……。 

「くく……くっくっく…………おっと、そろそろ儀式を始めなくてはな」

 つい小一時間も皮算用を楽しんでから、ようやく王は儀式を始めた。
 儀式と言っても、ここまで念密に準備されているならば実行そのものの手順は少ない。
 必要なものは三つ。充分な魔力供給、起動に必要な詠唱、そして呼びかけのための祈り。
 詠唱は通常の大規模儀式に用いられるような、複数人の唱和による複合詠唱も必要ないよう準備済み。
 祈りについては……まぁこればかりはやってみるしかないが、彼は根拠のない自信に満ち溢れている。むしろその無駄に頑丈なメンタルこそが成功を導くだろう。
 そして魔力だが……これはヒトとしては魔力のとても多い魔術王であっても一人では到底間に合わない程に必要だった。というか、宮廷に在籍する全魔術師を動員しても届かないという問題があった。
 そもそもこの部屋にはそこまでの広さはないし、それ以前にこの場所に他の者を招く訳にはいかなかった。
 だがその問題は先王の時代には既に解決済みだ。

 部屋の壁に取り付けられた大きなレバーを下げると、直上の部屋からガコンガコンと音が響き設置された機構が作動する。
 十数秒が経過しその音が鳴り止んだ瞬間、魔法陣が強い輝きを帯び始めた。
 この光は魔法陣に魔力供給が正しく行われている証だ。しかし、その魔力は王から発せられているものではない。
 術者の肉体を器としない魔術……魔法陣や魔道具を用いた魔術ならば、魔力は外部から供給することは容易だ。
 出力は期待出来ないが大気中から少しずつ魔力を集めることも出来るし、充分に魔力が蓄積された素材があればそれをバッテリーとして用いることも出来る。
 今回はそのバッテリーを用いた訳だが……これだけの術を行使出来るだけの魔力源など、少なくともこの王都にはひとつしかなかった。

 ……そう、それはこの研究室の遥か直上にある『叡智の塔』である。
 塔の機能は正確には結界の展開だけではない。
 その結界を維持するための膨大な魔力を蓄積し、同時に大地と大気中から吸収もしている。まぁ、それだけでは供給量が少々追いつかないため、毎日せっせと注ぎ込んでいる者達がいるのだが。
 使用量は結界維持1ヶ月分……塔に蓄積された魔力が予備を含めちょうど空っぽになる量だ。

 その膨大な魔力を貪欲に吸い込み、魔法陣は起動に向けて輝きを増してゆく。
 魔術王はそれに合わせ詠唱を行い、同時に祭壇の触媒にひと仕上げを加える。その間一切足を止めず、幾つもの祭壇の間を往復している。
 その動きは稀代の魔術師に相応しい、滑らかで洗練されたもの。一切の無駄なく、淀みなく儀式を完成へと導いてゆく。

 そして魔法陣が一際強い輝きを放った次の瞬間、それは起こった。
 巨大な獣を股から真っ二つに引き裂くような、荒々しい暴力を伴った異音。次元が歪み、魔法陣の中心に魔界へ繋がる『穴』がこじ開けられる。


 やがて中から、その異形は這い出して来た。

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