黒の演劇部

有刺鉄線

Stage01 黒き影降臨



 桜も開けば散り、気づけば緑になっている。
 私は学校の隣にある公園のベンチに座った。
 さて、今日は何をしようか?
 発声練習、ネットで集めた台本を声に出して読んでみようか。
 1人だとやることが限られてくる。
 しょうがない。
 今日は発声練習をしよう。
 この時間は人もいないし自主練にはもってこいの時間だ。
 息を大きく吸い、お腹に力を入れ声を出す。
「あめんぼ、あかいな、あいうえお
 うきもに、こえびも、およいでる」
 我ながらに、いい調子だ。
 そのまま、私は声を出し続ける。
「だめだな」
 その一言で練習を中断する。
 突然遮られ、私は声の主に顔を向けた。


 その目は鷹のように鋭く。
 その足取りは音もなくゆっくりと。
 その身にまとうスーツは常闇も凌駕するほど黒く。
 その黒は私にそっと近づく。


 声を出そうとしても黒の威圧に萎縮してしまう。
「まったくもってだめだな」
「何ですか・・・、急に・・・」
 やっと声が出せた。
「さっきの発声だ」
 私は一歩下がる。
 たった一言だけなのに、その人の声は公園中響き渡る。
「君は合唱部か?」
「いえ、演劇部です」
「なら、一音一音を大切に意識して出してみろ、少しはマシになるだろう」
「はい・・・」
「それから1人で練習するのは悪くないが、限界がある。自分じゃ良し悪しが分からん時があるからな」
 確かに妙な納得感はある。
 声の出し方もそうだが、言葉をただ言うだけでなく、ストレートに伝えたいことが伝わったからだ。
 気づけば、晴れていた空が曇り始め今にも雨が振りそう、その曇り空は、まるであの人の服装のようにドス黒い空だった。


 ◇


 あの日から数日たった朝のこと。
『次のニュースです、人気実力演劇集団クロウズ事実上活動休止』
 パンを咥えたまま、テレビを凝視する。
『関係者によりますとクロウズをプロデュースしている、演出家冬馬綺羅が1年仕事を休養したいと申しており・・・』
「えー、うそ」
「ちょっと、四音パンくず口から飛ばさないで」
「あ、ごめん、お母さん」
 クロウズ、わたしにとってはアイドル的存在でそんじょそこらのイケメン有名人たちよりも大好きな俳優が所属している。
 一番大好きな劇団だ。
 舞台はもちろん、ドラマや映画もたくさん観てきた。
 なのに、今回のニュースは衝撃的だった。
「四音、学校遅れるわよ」
「ああ、うん」
 私はショックを胸に抱えながら、家を出る。
 駅、電車、学校までの道のり、ずっと考えていた。
 なんで、今凄い勢いあるじゃん、調子いいじゃん、乗りに乗ってるじゃん。
 ていうか、演出家いなくても、活動できるんじゃないの?
 舞台はもう観れないの、そんなの嫌だ。
「四音ちゃん、おはよう、元気ないね?」
「りのちゃん・・・」
「どうしたの?」
「クロウズ、活動休止だって」
「ああ、そのニュースね」
「どうしよう」
「でも、クロウズのみんなそれぞれ、個々の活動は続けるみたいだよ、炎司くんだって、今度の刑事ドラマ出るみたいだし」
「私はクロウズ全体で大好きなの、熱血炎司、クール氷河、三枚目緑間、みんなのおかん元木、この4人での完成されて、なおかつシンプルで、ちょっとクスってくる、そんな4人ならではのお芝居が好きなの、それが見れないなら、死んだほうがマシよ」
「まあまあ、四音ちゃんそれより、今日の部活に外部の人が来るみたいだよ」


 な ん だ と ?


「私、聞いてないよ!?」
「私もこの前先生が、電話してるとこ偶然目撃しちゃって、それで電話の内容的にそうなんじゃないかって、でも私たちの部活って・・・」
「部活動らしいこと、全然してないよね」
 この私、東四音が所属している黒羽高校演劇部は名ばかりの部活だ。
 なにせ、演劇部らしいことは何一つやっていない。
 いつも、トランプでババ抜きやら大富豪で遊んでるし、たまに練習するとしてもただのコントまがいなことやって、最終的には雑談して終わる。
 傍から見たら何してんの? って感じ。
 こんなの外部の人が見られたら、どう思うか、想像したくない。
 ああ、今日はツイてないな。


 ◇


「はい、1抜けた!」
「先輩、ズルいです」
「へん、どうだ、凄いだろ」
 部室のど真ん中でババ抜きしてる。
 3人いてそのうち1人は3年生だ。
 他は今年入りたての1年生たち。
 全く何やってんだか。
「滝先輩、もうすぐ部活の時間ですよ」
「うーん、あと5分待って」
「はあっ!?」
 この人は何を言っているのか。
「今日こそ、ちゃんと練習しましょうよ、今日外部の人が来るらしいですし」
「えー、何すんの?」
「そりゃあ、基礎練とか発声練習とか、というか3年生で部長である滝先輩が決めてくださいよ」
 滝先輩は面倒くさそうにため息をつき、うなだれる。
「お前がやれって言うなら、お前が決めろよ、なんで俺がいちいち口出さなきゃなんねーんだよ、マジうぜえ、マジダリい」
 この人はホントに先輩なのか?
 一応私の1個上だよね。
「はあ・・・」
 呆れて言葉が出ない。
 なんでこの人演劇部にいるの。
「四音ちゃん」
「りのちゃん」
 りのちゃんは肩に手を置き、私と目を合わせる。
 多分、私の気持ちを察してくれたのだろう。
「演劇部のみんな揃ってる!?」
「伊東先生」
 うちの顧問、伊東先生がやってきた。
 ついでに27歳独身3か月前に彼氏に振られ、現在募集中らしい。
「ちょっと、人の個人情報バラさないで」
「うわあ、メタい、というかもしかして外部の人、もう来てるんですか?」
「あれ、なんで知ってるの、まあいいや紹介するね、西谷さんどうぞ入ってください」
 ゆっくりとその女性がこの部室に入ってくる。
 私は目を見開いた。
 黒のスーツ。
 黒の革手袋。
 黒の杖。
 黒の帽子。
 全てが黒で覆われている。
 鋭い目つき、それは鷹のように獲物を見定めるかのように私たちを見渡す。
 あの時、公園で出会った人だ。
「西谷三船です、どうも初めまして」
 声は低く部室に響く、そして氷のような冷たさを感じた。
 部員たちに多々ならぬ緊張感が走ったのは言うまでもない。


           

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