死にたがりのボクは死神さんに出会った

久里

第2話



校庭の門を出て、足早に学校を離れる。


学校からかなり離れて遠ざかったところで、ボクの顔の筋肉はようやく緩んでいく。それでも刺客がいないとも限らないから、まだ気は張っている。電車に乗りこみ最寄り駅に着いて、もう知り合いに出会うことはないと確信できたときに初めてボクはようやくホッとする。


気が緩み切った瞬間、ボクは学校にいる時はまるで別人のように無表情になる。


何気なく空を見上げる。どんよりと厚い雲が垂れ込めていて、今にも雨が降り出してきそうだ。肌を撫でてゆく風は一週間前までとは打って変わってぴりりと涼しくなり、秋の訪れを感じさせる。


あまり人気の少ない道を、せかせかと一人で歩いていく。この、一人きりでいられる時間だけが、ボクが本当のボクでいられる短い一時だった。家族や友達に気を遣うこともなく、自分の心の欠陥に劣等感を感じることもなく、能面のような顔を惜しみなくさらしていられる。


前から吹き付けてきた少し強めの風に、ボクが目を細めたその時だった。


瞬きをしたその一瞬の隙に、ボクの目の前に立ちはだかるようにして、一人の女の子が立っていた。


一陣の風が、ボクの行く道をふさぐよう立っている彼女の長い髪を舞い上げる。
見間違いではないかと思い、何度も瞬きをした。


だって、その髪は、月の光を編んで紡いだような、銀色をしていたのだ。一目で染色によって出せるものではないと分かる、艶やかな色だ。彼女の髪は夢のように風に靡き、鋭い刃のように冴え冴えと光っていた。
その不健康なまでに蒼白い顔は、大理石を思わせる。
少女は、花のように華奢な体を、簡素な黒い木綿のワンピースに包んでいた。のぞいている細い足首は、雪のように真っ白で簡単に折れてしまいそうだ。


あまりの現実離れした光景に、呼吸が少しずつ乱れていく。
燃え盛る炎よりも赤い瑪瑙の瞳には、突然のことに表情を作ることもできなくて相変わらずの無表情をさらしているボクの顔がまざまざと映っていた。
彼女の瞳は、地球最後の日の落日のような紅色だった。


彼女の珊瑚の唇から漏れ出たのは、銀の鈴の音のような声だった。


「私は、死神です。貴方様は……今から一週間の後、死にます」


その内容は、突然の余命宣告だった。


やや不健康気味であることを抜きにすれば誰もが認める絶世の美少女の言葉には、非現実的すぎる状況を鵜呑みにしてしまうような凄みがあった。


彼女は本気だと、本能的に悟った。


だって彼女は人間であると言われるよりも、死神であると言われた方が遥に納得できてしまうほどに精巧な顔立ちをしていた。


そして、ボクは同時に、とてつもなく安堵した。
ああ。ボクはやっと、この苦痛すぎる世界から連れ出してもらえるのか、と。


「死神さん。ボクの前に現れてくれて、ありがとう」


本心から出た、素直な言葉だった。


それなのに、彼女はその蝋細工のような顔に衝撃を走らせた。切れ長の紅の瞳をおろおろと見開きながら、まるでボクを珍妙な生き物を見つめるかのような瞳でじっと見ている。


「しょ、正気ですか? 貴方様は今、余命宣告を受けたのですよ?」


彼女の瞳には、明らかに戸惑いが浮かんでいた。
ボクは首を傾げる。


「そんなに、おかしいことだった?」
「だ、だって……我々は人間から恐れられることはあっても、感謝されることはありえませんから……」


風にまぎれたらとけて消えてしまいそうな、頼りない声はもじもじとすぼまっていく。こうして困ったような表情を浮かべていると、急にあどけない小さな子供のように思えてくる。そんな彼女の表情を見て、ああ、またなのか、と思う。


ボクは、死神にすら、気味の悪いやつだと思われてしまうような奴らしい。


「ボクは、他の人たちとは違う。必死に頑張ってはいるけど、この社会で普通に生きていくことは、ボクにはやっぱり難しい。君がボクの命を摘み取ってくれるというののなら、本望だ」

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