異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~

kiki

50 ただいま、まだ愛を知らない哀れな世界

 




 どちらを選ぶかなんて、わかりきった話だったんです。
 王家に伝わるとかいう宝石で飾られた剣を彼女の手に握らせると、迷いなく前へと進み、それを振り上げました。
 殺意の向かう先は、彼女の王子様。
 つまるところ、剣を手にしたのはお姫様で。
 2人は元々、とても仲睦まじい恋人同士でした。

「どうして……君が、こんなことを……!」
「だって、あなたよりも、ご主人様の指の方がずうっと私の事を気持ちよくしてくれるんですもの!」

 お姫様は頬を赤らめながら、可愛らしく「えいっ」と掛け声をかけて刃を王子様の首に振り下ろします。
 すると王子様は滑稽なほどに絶望した表情のまま、大量の血を流し死んでしまいました。
 カラン、とお姫様の手から滑り落ちた剣が地面に当たり、乾いた音を響かせます。
 そして彼女はこちらに振り向くと、おそらく王子様にも向けたことが無いであろう満面の笑みを浮かべて、私の胸に飛び込んできます。
 なんていじらしいのでしょう。
 出会ってまだほんの数日しか経っていませんが、私は確かに、彼女のことを心の底から愛していました。
 この抱擁も、耳元で囁く愛の言葉にも、一片たりとも嘘偽りは含まれていないのです。

「ご主人様、これでいいのですよね。私はようやく、ご主人様の物になれるのですよね?」
「ええ、一緒に行きましょう。人間ではたどり着けない場所に」
「っあ……んああぁぁぁああっ!」

 牙を沈ませて、快楽の海に溺れさせて。
 さようなら人類、こんにちは人外。
 甘くとろけるような赤い赤い人間性を吸い上げて、そして私はお姫様に化生の素を注いでいく。
 奪われ与えられ作り変える彼女が、人では到底与えられない多幸感に包まれているように、血を嚥下する私の方も人の身では感じられない悦楽を味わう。

 誰が損をしていると言うのでしょう。
 ただ虐げられるだけだった、無力で無能な私は、人を捨てることでようやく誰かを幸せにして、そして自分も幸せになることが出来た。
 誰もが同じ。
 人の世界では、誰かの愛が生まれた瞬間、どこかで憎しみが生まれる。
 誰かの幸福は誰かの不幸で、プラスマイナスゼロで均衡が保たれている。
 なんて不平等なバランス。なんて理不尽な世界。
 つまり、争いは絶えないのです。
 だから私はこの一件を人間のせいだと断ずるつもりはありませんが――しかし、ひとつの事実として、原因が彼らにあることは否めません。
 あと少しだけ、全ての人類が、他人を愛せたのなら。

 ええ、わかっているんですよ、世界の仕組みがそうさせない、人間とは光と影の一括りで、争いの絶えない世界になるよう作られているのだと。
 ですが、もしそれが叶っていたのならば。
 私が両親に愛され、いじめも受けず、学校の屋上から飛び降りなかったのなら。
 半吸血鬼いまのわたしが、生まれることもなかったのです。



 ◇◇◇



 果て疲れ、意識を失った姫をベッドに寝かせると、私は部屋を出ました。

「お疲れ様、お姉さまっ!」
「長かったねえ、あの子結構素質あるんじゃない?」

 すると、エリスとみゃー姉が私を待ち受けていました。
 2人の肌は若干汗ばんでおり、甘い香りが色濃く匂ってきます。
 私を待ってたのかと思いきや、どうやら2人で楽しんでたみたいですね。

「お姫様として生きてきた分、抑圧されていたんでしょうね。でももう大丈夫、彼女は自由に生きていけますよ」
「そうだよね、縛る国も、血も、何も残ってないんだもん。それどころか、他の人間すら残ってないのかも」

 全員、というわけには行かないかもしれませんが、国の制圧はこれで最後。
 先程のお姫様の吸血をもって、この世界は全て、半吸血鬼デミヴァンプに支配されることとなったのです。

「でもちーちゃん、これからどうするの? もう、他の国に攻め込んだりしなくていいんだよね?」
「みゃー姉、別に私の目的は国を滅ぼすことじゃないですよ。確かに1つの目標ではありましたが、全ての人間が半吸血鬼デミヴァンプになったのならそれはそれで、エリスやみゃー姉たちとひたすらに愛し合えばいいだけですから」
「……それもそっか」

 やることが終わったのなら、教会で暮らしていた頃と同じような生活に戻ればいいのです。
 狭い閉じられた空間で、好きな人と好きなだけ交わる。
 誰にも邪魔されず、何のしがらみもない。
 これ以上に幸せなことが、他にあるでしょうか。

「そう言いながらもお姉さま、確かレイアに何か頼んでなかったっけ?」
「ああ、あれは――」

 そろそろ完成する頃合いでしょうか。
 一度王都に戻って、状況を報告してもらってもいいかもしれませんね。



 ◇◇◇



 王都に戻った私たちは、まず思い出を手繰るように、廃棄街へと向いました。
 レイアの用事も急ぎというわけではありませんから、時間の余裕はまだまだあります。

「なんか懐かしいや、まだ何年も経ったわけじゃないのにね」

 みゃー姉は気を利かせて私とエリスを2人きりにしてくれました。
 もちろん向かう先は、彼女がかつて暮らしていた廃材の城の一室です。

「思えば、ここから始まったんでしたね。最初はまさか、本当に全ての人類を変えられるとは思っていませんでしたが」
「私も、そんな大事に巻き込まれるとは思ってなかった。でも良かったな、お姉さまに出会えてなかったら、私はずっとここで燻ってるだけだったろうから」

 崩れかけの建物の中を歩きつつ、私たちはそんな会話をしていました。
 そしてようやく部屋の前にたどり着くと、暗くて狭くてじめじめとした部屋の中に足を踏み入れます。

「ずっとこんな檻の中で生きていかなきゃいけなかったと思うと、お姉さまに出会えてなかった未来なんて想像したくもないな」
「想像する必要なんてありませんよ。今こうして、エリスは私の隣に居るんですから。それが変わることなんて、未来永劫ありえません」
「ん、ありがと」

 はにかみながら言うエリスを見ていると、愛おしさが溢れて、無性に体に触れたくなってしまいます。
 私は指先同士を触れ合わせ、彼女の反応を見ました。
 すると触れ合った直後、あちらから積極的に私の手に指を絡ませてきます。
 しっかりと握りあった手を見て、いまさらながら少し気恥ずかしくなった私たちは、互いに微笑み合い。
 そしてひとしきり笑うと――自然と、唇を寄せていきます。
 軽く触れ合わせるだけのキスを、二度、三度。
 もどかしく、じれったいくすぐったさが唇を包みます。
 四度目のキスは少し深めに、舌の先を触れ合わせながら、唇を濡らしていきます。
 五度目の口づけの前には、こつんと額を合わせて一言だけ言葉を交わして。

「エリス、愛しています」
「私も、誰よりもお姉さまのことを愛してる」

 他の人よりも少し特別な言葉を、あなたに。
 そして今度こそ唇を重ねて、舌をエリスの中へと滑り込ませる。
 他人の体液が自分の体の中に入ってくるということ。
 他人の一部が自分の中身をかきまぜるということ。
 心だけでは、言葉だけでは得られない、深い深い一体感。
 プラトニックラブなんて私は信じない。
 本当の愛は肉体同士の交わりの先にあるはずだと思うんです、だから私たちは血を欲するし、貪欲に体を求め合う。



 ◇◇◇



 廃棄街から出た私たちは、教会に立ち寄り、そこで暮らすナナリーやミリィ、レリィ、アイたちと挨拶・・をしました。
 他にも、街でツガイとして仲睦まじく暮らすリリーナとリーザの親子と再会し、城ではすっかり肉体を改造しての交わりにはまり込んでしまったアーシェラとラライラライ、そしてキシリーの3人にお誘いを受けたり。
 また、その3人に巻き込まれる形でマニアックなプレイに興じる桜奈と冬花と遭遇したりと、ほんの数十分ほどの出来事だというのにやたら濃かったような気がします。

「実際、私たちとちーちゃんのも他人からみたらそんなもんなんじゃない?」

 そうなんでしょうか。
 まあ、みゃー姉が言うならそうなんでしょう。
 ちなみに、リリィとサーラは城にはいません。
 別の国の片田舎で、二人きりでひっそりと暮らしているそうです。
 ……それはさておき。
 私たちが城にやってきた目的は、レイアと話をするため。
 使い慣れた研究室があった方がいい、ということで、彼女もまた王城に残って暮らしていました。
 彼女の自室のドアをノックすると、「はーい、いいよ入って」と同居するリーナの声が聞こえてきます。
 声に従って中に入り――そこで私たちが見たのは、ベッドの縁に2人、肩を寄せ合いながら座る、お腹を大きく膨らましたリーナとレイアの姿。

「あれ、チグサ様たちだったんだね」
「アーシェラあたりが……また注文しにきたのかと思ってた。確か、どこかの国を、陥としに行ったって、聞いてたけど……帰ってきてたんだ」
「例の魔法がそろそろ完成したんじゃないかと思って、様子を見に来たんです。それにしても、随分を大きくなりましたね。予定日まではまだ時間があったはずでは?」
「人間の胎児より成長が早いみたいなんだ、ボクたちも予想外でびっくりしてた所だよ」

 2人は、お互いの子供を孕んでいました。
 基本的に吸血鬼という種族は生殖行動を行いません。
 人間を吸血鬼化させることで、数を増やしていくからです。
 ですがじきに世界から人間が消えることは予想できていましたから、その対策の1つとして、レイアが考案したものでした。
 もっとも、2人がお互いの子供を欲しがったから、という理由の方が大きいような気がしないでもないですが。

「その体じゃ、研究するのも難しそうね」

 エリスの言葉を、レイアは首を横に振って否定した。

「そっちはそっちで、ちゃんと進めてるから」
「レイアにとって魔法の研究は趣味みたいなものだからね、むしろやってないと落ち着かないみたいだよ」
「なら、実はもう完成してたり?」

 みゃー姉の問いかけに、レイアは今度は首を縦に振って肯定する。

「いつでも発動出来るけど……どうするの、チグサ様」
「行き来はいつでも出来るんですよね」
「門を開いて繋ぐ形だから……ただ通り抜けるだけで、どちらからでも移動は出来るようにはしてるよ。それに、今の私の魔力なら、恒久的に開いたままの門も……構築、できると思う」

 つまり、こちらに戻ってくるのも、あちらに行くのも自由自在ということですか。
 なら時間をあける必要もないかもしれませんね。
 私としても、あちらの状況に興味が無いわけでもありませんし。

「なら、すぐにやってしまいましょう。身重のレイアに頼むのは忍びないのですが、お願いできますか?」
「もちろん。今の状態でも、以前の私よりは体は軽いぐらいだから」

 レイアが立ち上がり、部屋から出ていきます。
 私たちは彼女についていき、地下にある研究室へと向かいました。



 ◇◇◇



 世界の全ての人類を半吸血鬼デミヴァンプに変えて、満足してもよかったのかもしれません。
 レイアの研究が進めば、私とエリスや、私とみゃー姉の間に子供を作ることも出来るでしょうし、それを楽しみにして生きるのも素敵な未来なのでしょう。
 別に子供を生まない、と言っているわけではありません。
 優先順位の問題で、私はレイアに頼んでいたとある魔法の方を、先に片付けてしまいたいと思ったのです。

「始めるよ」

 研究室の床には、すでに巨大な魔法陣が描かれていました。
 レイアはその中央に立ち、目を閉じて、意識の集中を始めます。
 描かれた魔法陣がうっすらと光を放ち、満ちていく魔力の量が増えるほどに明るくなっていきました。
 やがて陣が部屋全体を照らすほどまばゆく輝きを放つと、レイアが発動の呪文を告げます。

「ゲート・オープン」

 バチバチィッ!
 レイアの前方の空間に、人をすっぽりと覆うほどの大きさの雲が生じ、そこに雷光が走り、火花を散らします。
 やがて雲は空間を歪ませ、破壊していきました。
 すると雲の中央に、真っ黒な球体が生まれます。
 拳大の大きさだったそれはみるみるうちに大きくなり――そして雲と同じぐらいのサイズになると、あれほど激しく荒ぶっていた雲は消え、陣も役目を終えたのか光を失いました。
 どうやら、魔法は無事発動したようです。
 それを部屋の端で私たちと一緒に見ていたリーナは、汗を流し呼吸を荒くするレイアに近づき、抱きつきながら言いました。

「おつかれさまっ」
「ん……」

 2人は抱き合ったまま、頬をすりあわせています。
 依頼主である私がねぎらうつもりだったのですが、すっかりその役目を奪われてしまいました。
 手持ち無沙汰になった私は、開いた穴――もとい門に近づき、”向こう”の様子を観察します。
 確かレイアは、被召喚地点の近くに繋げたと言っていたはずですが。
 アスファルトの地面に、奥に見えるのはフェンス、そして暗い空。

「これ、うちの学校の屋上だね」

 いつの間にか近づいてきたみゃー姉が言いました。
 言われてみれば、私が飛び降りた場所にそっくりです。

「これが、お姉さまの住んでた世界……やっぱりこっちとは雰囲気が違うね」
「技術の発展度合いが違いますからね。もっとも、あちらには魔法なんてものはありませんが」

 元いた世界が、私の手の届く先にある。
 そう思うと、胸が苦しくなってきます。
 この世界にやってきて、私のトラウマのいくつかは解消されましたが、全てが消えたわけではありません。
 置き忘れた来たものは、まだあちらの世界に残っている。

「もう……行くの?」
「ええ、ちょうどあちらも夜で動きやすい時間ですから」
「そっか……気をつけてね。って、チグサ様には必要のない言葉かも、しれないけど」
「こっちよりよっぽど住み慣れた場所だもんね、ボクはさすがに怖いけど」
「私も怖いですよ。こちらの世界より遥かに残酷な場所ですから」

 みんなには愛が足りないんです、だから私のような人間が生まれてしまう。
 悲劇は二度も繰り返してはならない。

「だからこそ――だよね?」

 みゃー姉の言葉に、私は強い気持ちで頷きます。
 見知らぬ世界を救えた私に、故郷の世界を救えないわけがありません。

「はい、行きましょう。あの冷たい世界を、私たちの暖かな愛で満たすために。みんなが幸せになれる世界を作るために」

 私の言葉に、エリスとみゃー姉が「うんっ」と相づちを打ちます。
 そして一歩を踏み出し――私は帰ってきたのです。
 カミラと出会い、人間をやめたあの日、死を覚悟して訪れたこの場所に。
 天上には見慣れた星空が広がっています。
 フェンスの向こうには、大嫌いだった街並みが広がっています。
 けれど少し、昔とは、違う景色に見える。
 だって今の私には、力と、仲間と、愛がありますから。

「待っててくださいね。すぐに、私がみんなを救ってみせますから!」

 フェンスを飛び越え、影を纏い、夜を駆ける。
 その夜、人類の終わりが始まったことを、まだ誰も知らない――





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