異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~

kiki

47 ヒジュラ・イン・ザ・ナイトメア

 




 廃棄街の抜け穴を使い、町を出た。
 今でも鼻腔の奥に死体の山の匂いがこびりついている。
 思い出すだけで吐き気がしそうだったが、リリィは弱い部分を見せるわけにはいかなかった。
 すぐそばに、もっと弱っているサーラがいるからだ。
 今や彼女が、王家の血を引く最後の1人。
 彼女を守り抜くことこそが、騎士団長に委ねられた最優先事項だ。
 例え命令する者が誰も居なかったとしても、幼い頃からその定めを押し付けられ続けたリリィは、盲目に従うしか無い。
 国のために?
 否――己の存在意義を果たすために。



 ◇◇◇



 街道を歩いていると、時折馬車とすれ違う。
 彼らは決まってリリィとサーラの姿を見ると驚いて止まり、目を見開いて彼女たちの方を凝視した。
 都合がいい、わざわざ呼び止めずに済む。
 リリィは馬車の人間に近づき、警告する。

「王都には行かない方がいいぞ」

 無論、「何が合ったんです?」と聞き返される。
 王都が占領されたことは、伝えるべきなのか。リリィは迷っていた。
 おそらく騎士団長の威厳を利用すれば、特に理由を伝えずとも、彼らは王都を避けるはずだ。
 それに、この事実が広まれば、王国はたちまち混乱に陥ってしまう。
 しかし――優先すべきはやはり人命ではないだろうか。
 これ以上に犠牲者を出さないためにも、と全てを伝える決意を固める。

「あそこに人間はもう居ない、化物が闊歩している」

 そう告げると、馬車の主は決まって驚き、その後に2人を最寄りの町まで乗せていくと言ったが、断っておいた。
 馬車だろうが徒歩だろうが、吸血鬼の身体能力から逃げ切れるとは思えなかったからだ。
 それに、リリィとサーラはその立場上、彼女たちに狙われている可能性もある。
 出来るだけ民を巻き込みたくない、そんな想いがあった。

 街道は続く。
 次の町は、平原を過ぎ、森を抜けた先にあるのだ。
 そこまでは歩かなければならない。
 サーラの体力が心配だったが、存外彼女は根性があるようで、その日は一度も文句1つ言わずにリリィに付いてきた。
 もちろんリリィも速度は調節していたが、それでも一番近い町までの距離はそれなりにある。
 いつまでも、私が思っているような子供ではないのかもしれないな――とサーラの成長を実感していた。

 日が傾く頃には次の町に到着することができた。
 幸いなことに、まだ吸血鬼の魔の手はここまで及んでいないようである。
 だが、急なことだったので金は持っていないし、今のままの格好ではどうしても悪目立ちしてしまう。
 2人はそれぞれのドレスと鎧を質に入れ、金を作り、地味な服装に着替えた。
 さらにはその金で、旅に必要な保存食や水筒、地図等を買い込み、宿で部屋を借りた。
 それでも宿の受付をしていた女性は、顔で2人が騎士団長と姫であることに気づいたらしく、何やら落ち着かない様子だったが。
 さらなる変装の必要性を感じつつ、他言無用と念は押しておいた。

 ずっと気を張っていたのか、サーラは部屋に入るなりベッドに倒れ込み、「ううぅー」とうめいた。
 リリィの前以外では見せることのない無防備な姿に、思わず笑みが漏れる。
 この逃避行においての、数少ない癒やしの瞬間だ。

「お疲れ様でした、姫様」
「本当に疲れたのです。でも、まだ始まったばかりなのですよ」
「目的地はグラヴァードなので、一週間もあれば到着するはずです」
「グラヴァード……国境付近なのです、あそこにいる将官を頼りにするのですか?」

 軍は、騎士団とはまた別の命令系統で動く集団だ。
 身勝手な行動が目立つ騎士とはあまり仲が良いとは言えない。
 サーラも、姫としてそのあたりの事情を心配してくれているらしい。
 だが今は味方を選り好みしていられる状況ではない、騎士団も壊滅状態なのだし、軍を頼るしか無いのだ。

「ええ、あの場所の兵力を結集させれば、王都奪還も不可能ではありません」
「……多大な犠牲を強いると思うのです」
「それでも、化物どもに好きにさせておくわけにはいきませんから」

 サーラは乗り気ではないようだ。
 王都で文字通りの死体の山を見たばかりだから、人の死に対してナイーヴな状態になっているのだろう。
 リリィはそんな彼女の傍らに腰掛けると、髪を梳くように頭を撫でた。
「ん……」とサーラが気持ちよさそうに目を細める。

「こうして撫でてもらうのは、久しぶりな気がするのです」
「そうでしたか?」
「最近のリリィは、ずっと忙しそうにしていたですから」

 確かに、カミラの一件に、異世界人の召喚、さらには兵士の大量死と、事件には事欠かなかった。
 そのせいでサーラとの関わりが希薄になっていたのは認めるしかない。

「だから……ほんとは、少し嬉しいのです」

 サーラはベッドに顔を埋めながら、リリィに聞こえないように言った。
 きっとそれは、王都が吸血鬼に占領される前からの、彼女の真意だった。

「姫様、何か言いましたか?」
「ただの独り言なのです」
「そう、ですか……」

 リリィは深く追求しない。
 それが2人の間にある壁のようなものを感じさせて、サーラは身勝手だと思いながらも、気持ちが沈んでいくのを感じていた。



 ◇◇◇



 夜は吸血鬼の時間だ。
 昼間も歩き回る連中にそれが当てはまるかはさておき、警戒しておくに越したことはない。
 リリィはその日、一晩中寝ずに周囲を見張っていた。
 目を閉じ、微かな物音も聞き逃さぬよう気を張り詰める。
 だが――聞こえてくるのは、サーラの静かな寝息だけだ。
 結局、リリィの不安を裏切るように、何事もなく日は昇り、朝はやってきた。

 部屋の洗面台で身だしなみを整えると、朝食を取るために部屋を出て、1階に降りる。
 レストランと呼べるほど立派な物ではなかったが、昨晩の夕食は中々美味かった。
 あの味で、宿泊費に食事も込みというのがこの宿の魅力だ。
 鎧とドレスはかなりの金になったが、旅がいつまで続くかはわからないのだ、節約するに越したことはない。
 そんな2人にとって、安価でうまい飯にありつける宿ほどありがたい物は無かった。

 椅子に腰掛けて、朝食が運ばれてくるのを待つ。
 正面に座るサーラの顔には、まだ少々疲れが残っているようだった。
 追い詰められた現状に、不慣れな旅、そして初めてのベッド。
 深い眠りに付けないのも無理はない。

「姫様、お体は大丈夫ですか」
「……実は昨晩、眠りが浅かったのでずっと考えていたのです」
「何を?」
「一応、お忍びの旅なのですよね。だったら、姫様ではなく名前で呼ぶべきだと思うのです」

 リリィはガクッと崩れ落ちた。
 まさか寝不足の原因が、そんな下らないことを考えていたせいだったとは。
 だが正論ではある。
 理由はこじつけっぽいが、特に断る理由も無かった。

「ではサーラ様、と」

 サーラの表情が一瞬だけぱあっと輝いたが、すぐに暗くなり、口を尖らせる。
 何が不満だったのだろうか。

「様と付けていては、身分の高い人間だと思われるのです」
「確かにそうではありますが、さすがに呼び捨てでは……」
「緊急時です、問題は無いはずなのです」
「はぁ……仕方ありませんね」

 サーラには存外頑固な部分がある、こうなるとその場しのぎの説得では動いてくれない。
 疲れている彼女を癒やすためと思って、条件を飲むしか無さそうだ。
 抵抗はあるが、これも王家の血を絶やさぬため。

「サーラ、これでいいかな?」
「は、はいですっ! 完璧です!」

 何が完璧なのかはリリィにはわからなかったが、喜んでくれたのなら結構。
 興奮した様子のサーラを見て微笑んでいるうちに、リリィに蓄積していた披露も吹き飛んでいくようだった。

 そのままの口調でサーラと会話を交わしていると、宿の主人が朝食を運んできた。
 昨晩の受付の女性とは別人だが、彼女はただの従業員だったんだろうか、はたまたこの男が旦那なのか。
 表情が乏しく、愛想もない。
 あまり出来た主人とは呼べなさそうだ。
 目に余るほど蛋白な接客なので、思わずリリィは、気づかれない程度ではあるが眉をひそめた。
 だがすぐに、自分を諌める。
 王城で接していた一流のメイドたちに慣れすぎているのだ、きっとそうに違いない、そう言い聞かせて。
 とは言え――運ばれてきた料理も、パンにスクランブルエッグにと、質素そのもの。
 出来も良いとは言えない。
 さらには、並べられたグラスも空のままだ。
 周囲を見ても、水などの飲み物が入った瓶が置かれている様子はなかった。

「まだ、何か来るのです?」
「だとは思うんだが」

 一旦奥へ消えた主人は、すぐにキッチンから出てくる。
 その姿を見て、”忘れていたわけではなかったのか”と安堵したリリィだったが、彼の手に握られたものを見てすぐに考えを変える。
 銀色に鈍く光る、独特の圧迫感をもった、広い刃。
 よく研がれているのだろう、その輝きは新品と見紛うほどだ。
 すなわちそれは――いわゆる、チョッパーナイフと呼ばれる類の刃物であった。
 骨ごと肉を断つ時に使うような物で、少なくともドリンクを注ぐ時に使うものではない。
 ワインボトルを切断するパフォーマンスでも見せるのかとも思ったが、もう片方の手は何も持っていないようだ。
 リリィは腰に下げた剣に手をかけ、男の出方を見た。
 すると彼は2人が座るテーブルの隣で足を止め、そして自らの手を、まるでまな板の上に置くように寝かせ、そして――

 ドンッ!

 躊躇なく、チョッパーナイフを振り下ろした。
 ギロチンのように勢い良く落ちた刃は、ほとんど肉や骨の抵抗を感じさせず、テーブルに突き刺さる。
 もちろん、手首から先は切り離され、切断面からは大量の血液が流れた。

「なっ――」
「ひっ!?」

 絶句するリリィに、恐怖のあまり声を引きつらせるサーラ。
 宿の主人は血に塗れた手首をこちらに見せつけるように移動し、その血液をコップに注ぎ始めた。
 どうやら、これがドリンクのつもりらしい。
 要するに、ドリンクサーバーはこの男自身ということだ。
 およそ常識では考えられない行動に、サーラは完全に飲み込まれ、身動き出来ないでいた。
 だが、リリィの行動は早かった。

「サーラ、行くぞ!」
「リリィ!?」

 サーラの手を取り、宿から飛び出すように脱出する。
 宿の主人はそんな2人に全く興味を示さずに、ひたすらにグラスに血を注いで、溢れてテーブルを汚すそれを死んだ目で見つめていた。



 ◇◇◇



 マディスの死に際の助言のおかげだ。
 吸血鬼は男性の命をおもちゃか何かとしか思っていない。
 おそらくこれも、彼女らのデモンストレーションの1つなのだろう。
 この町もすでに吸血鬼の手に堕ちていたのだ。
 もしくは、昨晩のうちに秘密裏に行動していたのかもしれない。
 音ひとつ立てずに町を支配するなど普通では不可能だが、吸血鬼ならば出来てしまうのだろう。
 そう考えるしか、辻褄を合わせる方法は無かった。
 自分の感覚を過信したのがまずかったか――とリリィは後悔した。
 気配の察知に関しては常人より優れている自身があったのだが、その程度で太刀打ち出来る相手ではないのだ、吸血鬼とは。
 そして宿から出て、町の惨状を目の当たりに瞬間、彼女はさらに強く自分の選択を悔やむこととなる。

「馬鹿な――一晩でこのようなことが」
「な、なに……これ……?」

 リリィはとっさにサーラに頭を抱きかかえ、視界を塞いだ。
 それは、まだ幼い彼女にはあまりに刺激が強すぎる光景だった。

 夜になると町を照らしていた街灯には、ランプの代わりに男たちの生首がぶら下がっていた。
 主要な建物への道を示す木で作られた矢印は、男たちの腕に成り代わっていた。
 足は花壇に適当に埋められ、そして残った体は中央広場の噴水で、意味不明なオブジェとして組み上げられている。

 抱き合うリリィとサーラの前を、かつて人間だった女性2人が手をつなぎながら通り過ぎていく。
 そのうちの1人が、リリィに声をかけた。

「あなたは楽園に行かないの?」
「……」
「楽園、わからない? 王都にあるんですって。そこではみんなが幸せに生きられるって言ってたわ」
「だから、こんなことをしたのか?」
「うん、どうせもう廃棄することに決めたから。最後ぐらい好きにしたいでしょう? そうやって散々騒いで、遊んで、そしてみんな楽園で暮らそうって。不思議なの、どうして手を伸ばせば掴める幸せから目を背けるのかしら、理解できないわ」

 そう言い捨てて、女性たちは王都の方へと向かっていく。

「楽園だと……ふざけるな。このような命の冒涜の先に、楽園など存在するものかッ!」

 リリィの叫びは、虚しく死んだ町に響き渡る。
 彼女はサーラを抱きしめたまま立ち上がり、あやすように頭を撫でながら、出口へと向かった。
 どこへ行けば良いのか、何をすればいいのか、地獄のようなこの景色を見ていると何もかもがわからなくなるが。
 しかしはっきりとしているのは、リリィが求める場所は、吸血鬼たちが導く先には無いということだけ。

「リリィ、どこいくのです?」
「わからない。だが……必ず奴らの手が届かない場所がどこかにあるはずなんだ。そこへたどり着いて、私は必ずこの国を奴らの手から奪い返してみせる!」

 強がりだ。
 出来るわけがない。
 それでも――立ち止まれば、そこで心が折れてしまいそうだから、勇むしか無い。
 終わりの見えない旅は、まだ始まったばかりだった。





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