異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~
36 物語の深層へ
会議の後、アーシェラは訓練所でダヴィッドと軽く戦闘訓練を行った。
お陰でかなりストレスは解消出来たのだが――汗でも落とそうとシャワールームへと向かう途中で、一番出会いたくない相手と顔を合わせてしまう。
「げ……」
「あら、奇遇ですねアーシェラ。ダヴィッドと訓練でもしていたのですか?」
「別にお前には関係ないだろ、ほっとけ」
「同じ騎士団のメンバーの動向を気にするのはそこまでおかしいことかしら」
同じ騎士団と言っても、団体行動など一度だってしたことはない。
そもそも、こうしてメンバーが同じ場所に固まっている機会自体が、1度あったかどうかも怪しいほどなのだ。
「ところでアーシェラ、わたくしとても困っているのですが」
「そりゃ良かった、そのまま永遠に困っててくれ」
悩み相談に乗るつもりなどないアーシェラは、手をひらひらと振ってその場から離れようとする。
だがラライラライはマイペースに彼女に問いかけた。
「この城のどこにも男性の姿が見えないのです。これではわたくし、聖女としての責務を果たすことができませんの」
「相手ならマディスでもナルキールでも良いだろうが。なんだったら、お前が誘惑して王を外に連れ出してみたらどうだ?」
「それは試してみましたが、どれだけ扇情的に官能的に語りかけても、反応が無かったのです。男性相手でしたら誰相手でも性的興奮を喚起させる自信があったのですが、少し落ち込んでしまいました」
試したのかよ、とアーシェラは心の中で突っ込んだ。
しかしそれがラライラライらしさかもしれない。
彼女は自らが体を捧げる相手を選ばない。
味方であろうと敵であろうと、貴族であろうと浮浪者であろうと、望まれれば喜んで自らを抱かせる。
”それが自分なりの愛なのです”と自分の倫理観を疑うこともなく。
「相手が居ないならいいじゃねえか、せっかくの休暇なんだから文字通り体を休めとけよ」
「あら、わたくしの体を心配してくださるのですね。アーシェラがそんなことを言ってくださるなんて嬉しいですわ、思わず……あぁ、体が熱くなってしまいますぅっ」
「……ほんと、相手選ばないんだなお前。発情期のウサギかよ」
「可愛いではないですか、ウサギ」
「ああそうだな、可愛げも無いって意味じゃウサギ以下だ。あいつらだって適当にガキ堕ろしたりはしないだろうしな」
「適当? 今あなたは、適当に堕ろしていると言いましたかアーシェラ!」
ここまで一切崩れなかったラライラライの笑顔に、影がさす。
堕胎の話題は彼女にとって地雷なのである。
もっとも、アーシェラもそんな彼女を見てにやりと笑い――要するにその話題がタブーであること理解した上で、あえて振ったのだ。
ラライラライは離れていた距離を一歩詰めると、自らの上着の裾に手をかける。
そして自らの肌をアーシェラに見せつけるように、まくり上げ肌を晒した。
「長男のエッジ、次男のルグラード、三男のアルファウス――」
彼女は自らの胴に刻まれた、胎児を描いたタトゥーを1つ1つ指差していく。
「長女のミューズ、四男のセイン、次女のノルン、三女のルーム、四女のキリア、五男のジェス、そして六男のバードン!」
その数は全部で10。
10人もの胎児の刺青が刻まれた彼女の体は、言うまでもなく異様であり不気味である。
全ての”家族”の紹介を終えたラライラライは、改めてアーシェラを睨みつけた。
「家族にとって最大の不幸とは、離れ離れになることです。だからわたくしは、この子たちが生まれる前に肉体という軛から解き放ち未来永劫共に生きていくことを誓った、体に刻まれたタトゥーがその証です! それをっ、この素晴らしき愛の形を適当などと、言うに及んで貴女という人はァッ!」
「気持ち悪ぃし汚らわしい、あたいにゃ色狂いの戯言にしか聞こえないなぁ」
「セックスの何が悪いぃッ! それこそが愛し合う物同士の究極的かつ正しきあり方であるとわたくしは血の繋がった家族から学んだのです、そして長男のエッジを父から授かり、次男のルグラードを兄から授かった!」
「あっははは、んだよそれ、ただの近親相姦じゃねえか! てめえの親父と兄貴からしてみりゃ、ただの肉穴だ、肉便器だ! 愛なんてそこにはありゃしねえ! 単純に性欲処理の道具でしかなかったくせに、変に美化しようとしてんじゃねえよ!」
「どこまでも侮辱するか、アァシェラァァァァァッ!」
ラライラライは般若のごとき形相でアーシェラに掴みかかった。
一見して柔らかそうに見える彼女の肉体は、しかし騎士に相応しく人間離れした力を持っている。
だが、同等の実力を持つアーシェラは、聖母の殺気を向けられても全く動じない。
むしろ、相手を焚き付けられて満足げだ。
「へへっ、そんなに怒るこたぁないだろ。でもどうしても納得行かないってんなら……やるか?」
「受けて立ちますわ、そしてわたくしの愛の正しさを証明してみせますッ!」
「いいねェいいねェ、ダヴィッドとヤっただけじゃあ欲求不満だったんだよ。その気があるなら、獲物を持って訓練所に来な。そこでどっちが正しいか決めようじゃねえか」
ラライラライが色情狂なら、アーシェラは戦闘狂だ。
まんまと殺し合いの口実を手に入れた彼女は、束ねられた赤い髪を揺らしながら上機嫌に訓練所へと向かった。
◇◇◇
巨大な刃が地を走り、低い姿勢から敵の首を刈るべく斬り上げられる。
だが相手は寸前で左手に握る大剣でその鎌の一撃を受け止めた。
ギィンッ、ゴオォォォオオッ!
激しい金属音。
衝突のインパクトは風圧となって周囲に砂埃を舞い上げる。
その瞬間、ラライラライが微かに目を細めたのをアーシェラは見逃さなかった。
素早く右手の大剣を、叩き潰すように振り下ろす。
空を切りながら自らを肉片に変えるべく落ちてくる鉄塊、ラライラライはそれを咄嗟に鎌の柄で受け止めた。
普通の武器ならそれで折れ曲がってお終いだろう。
しかし、堕胎した我が子の一部を使用しているというその鎌は、アーシェラの怒涛の攻撃を受け止めきる。
「相変わらず不気味な武器使いやがってさァ!」
「愛がわたくしを守っているのです、それが理解出来ぬというからいつもいつもあなたはッ!」
普通の人間には持ち上げることすら叶わぬ重量級の装備を、目にも留まらぬ速さでぶつけ合う2人の騎士。
そんな彼女たちの様子を、ナルキールとマディスは離れた場所で眺めていた。
「あの子らまたやってるわ、以前に顔を合わせた時も似たようなことしてなかったかしら」
「すぐに喧嘩を売りたがるアーシェラもそうだけど、すぐに乗っかるラライラライも悪いよね」
「うちの騎士団はどうも血の気が多い人間ばかりだものねえ、マディスだって薬を馬鹿にされてブチ切れてたことあったわよね?」
「そういうナルキールこそ、美しい女の子を見るだけで怒り狂うじゃないか」
「あら、まるでワタシが堪え性のない美しいオカマみたいな言い方するのね。相当我慢してるわよ、例えば今だってほら、すれ違う兵士がみんな綺麗な女の子ばかりじゃない? あれを見て犯して汚すのを我慢してるのよ?」
「……そうだったんだ」
「相変わらず女の子に興味ないのねえ、そんなんだからまだ童貞なのよ」
呆れながら言うナルキールだったが、何を言われてもマディスは気にしていない様子だった。
彼は基本的に、人間の感情というものに興味がないのだ。
だから他人を好きになることもないし、他人を傷つけても一切罪悪感を抱かない。
ゆえに、悪びれもせずに人体実験を繰り返すことが出来る。
一見して知的な常識人に見られがちなマディスだが、これでも騎士団の一員なのだ、相応に歪みは抱えている。
「……またやってるのか、あの2人は」
騒音に気付き、遅れてやってきたリリィは頭を抱えてため息をついた。
「ええまたやってるわよ、いつも通り。団長さんは止めなくていいのかしら?」
「……」
「あらごめんなさい、あなたには止められるほどの実力が無かったわねえ。でもこのまま放っておいたら、たぶん訓練所が壊れちゃうわよ。また偉い人に怒られちゃうんじゃない?」
「……わかっている」
「だったらほら! 体を張って止めないと。できるはずよね、騎士団で一番偉い騎士団長なんですもの、一番強くなきゃ道理が通らないわ!」
「はぁ……ナルキール、意地悪な姑じゃないんだからやめてやりなよ、コネで騎士団長になった彼女にそんなこと出来るはずがないだろう」
「あらそうだったわ、ごめんなさいねリリィちゃん」
終始リリィは無言だった。
何も言い返せる言葉がない。
責任感の強い彼女は、ここまで好き勝手に言われても”実力のない自分が悪い”と自分を責め続けるのだ。
「はぁっ……へへっ、いい勝負だなあ、ラライラライ」
「ふん、消耗はあなたの方が大きいですわ、そろそろ決着を付けさせて頂きます!」
「いいやまだだね、まだまだだ。あたいには奥の手が残ってんだよ――っああぁぁぁぁああああああ!」
アーシェラが苦痛に顔を歪めながら絶叫する。
すると彼女の背中で不気味に何かが動き出した。
動きは次第に激しくなり、やがて服を突き破り、その姿を露わにする。
「ぐっ……はあぁぁ……ああぁぁぁああ……ど、どうよ……ラライラライ……!」
「あなた、その体は……」
「強くなれるなら手段は選ばねえ、それがあたいだ!」
アーシェラは全身に汗を滲ませながら、苦しそうに、だが笑いながら言い放つ。
その背中からは巨大な2本の緑色の腕が生えており、それぞれが彼女が両手に握るものと同程度のサイズを持つ大剣を握りしめている。
明らかに人間のものではない、異形の双腕。
それを見て、観戦していたマディスは顎に手を当てながら言った。
「移植した腕は上手く機能してるみたいだね」
「うわあ、あれあんたがやったの?」
「ああ、アーシェラ曰く、腕が増えればその分強くなれるはずだ、という理屈らしくてね。頼まれて魔物の腕を背中に埋め込んだんだよ」
「……馬鹿げてる」
「確かに団長の言うとおりアーシェラは馬鹿だ、だが実際に効果はあったらしい」
四本腕になったアーシェラは、さらに激しさを増した攻撃でラライラライを追い詰めていく。
一本の鎌で、二刀流ならまだしも四刀流を捌き切るのは難しい。
受け止めず、回避に専念しだしたラライラライが劣勢に追い込まれるのは当然の道理だ。
「いい気分だなっ、最高だラライラライ! あんたをこうして一方的に嬲れる日が来るなんてさぁ!」
「ぐっ、わたくしは――わたくしの正しさを――!」
「だから間違ってんだよ、あんたはァッ! あたいに負けてそれを認めろおぉぉおぉおお!」
四本の腕が、同時に振り下ろし、ラライラライを押しつぶす。
それを鎌で受けようと試みた彼女だったが、そのパワーには敵わず――
「きゃあぁぁぁああっ!」
悲鳴を上げながら吹き飛ばされてしまう。
じきに彼女は立ち上がるだろう、だが勝負はすでについた。
ここからラライラライが巻き返すことは無いだろう。
すでに――と言うより元よりリリィに出来ることは無かったが、これ以上とどまる必要もない。
彼女は無言で踵を返し、訓練所を出ようとした。
「あら、団員が傷ついて倒れようとしてるってのに、無言で出ていっちゃうの?」
ナルキールがリリィを挑発するが、彼女は動じない。
慣れっこなのだ、昔からずっと、ナルキールに限った話ではなく、色んな人から言われ続けてきた。
もっとも、それでもナルキールの言葉がリリィに効いていないかと言えば嘘になるが、彼がこれだけ彼女のことを嫌うのには理由があった。
ナルキールという人間は、自分の美しさに絶対的な自信を持つ一方で、女性に――特に美しい女性に対して、かなり強いコンプレックスを抱いている。
そして機嫌が悪い時にそんな女性を見ると、衝動的に犯した上で、自身の得意とする武器である鞭で締め殺してしまうのだ。
だがリリィ相手となると、立場から犯すわけにもいかないし、もちろん殺せるわけもない。
だからこうして、彼女を罵倒することで欲望を発散していた。
かと言って、ナルキールの行いが正しいわけではないのだが、それでもリリィの味方は誰もいない。
マディスですら、半笑いで時折諌めるぐらいで、彼を止めようとはしなかった。
そしてリリィ自身も、この手の輩に反論したって無駄だということを良く知っている。
彼女はそのまま足を止めること無く、訓練所を後にした。
◇◇◇
「はぁ……」
落ち着ける場所を求め、兵舎にある食堂に来たリリィは、椅子に座ると大きなため息をついた。
食事に毒が仕込まれるという前代未聞の事件が起きてからと言うのもの、しばらくこの場所は封鎖されていた。
しばらくして調査も終わり、こうして再び開放されるようにはなったものの、数十人の兵が死んだ場所を利用したがる人間など居ない。
結果的に、食堂は人気のない、リリィにとっては格好の休憩場所になっていた。
リリィは背もたれに体を預け、目をつむる。
いっそこのまま眠ってしまいたいほど、疲れ果てている。
いや、むしろ眠ったまま二度と目を覚まさなければいいのに――
「……ん?」
ふと、リリィは何者かの気配を感じて目を開いた。
食堂の入り口付近には、彼女と同じく休憩しにきたのか、1人の女兵士が立っていた。
黒い髪に白い肌、王都ではあまり見かけない特徴だ。
大人しそうではあるが、目鼻立ちも整っているし、手足は細い。
およそ兵士とは思えない風貌だった。
「申し訳ありません団長様、起こしてしまいましたか」
「構わないよ……えっと、すまない、まだ新しい兵の名前を覚えきれていなくてな。聞いてもいいか?」
「グラスと言います」
言うまでもなく、それは千草がとっさに捻り出した偽名だったが、リリィは疑っていない様子だ。
むしろ疑うどころか、見ていると不思議と親近感が湧いてくるようで。
1人になりたがっていたはずなのに、気づけば彼女は千草のことを手招きして居た。
「君も休憩しにきたんだろう? なら、もしよかったら向かいの席に座ってくれ」
「いいんですか? 私なんかが」
「無理にとは言わないが、従ってくれると私は喜ぶ」
戸惑いつつも、促されるままに椅子に座る千草。
そんな彼女を、リリィはじっと見つめている。
「あの、私の顔に何かついていますか?」
「いやな、なぜだかわからないんだが、君を見ていると気持ちが落ち着くというか、懐かしい気分になるんだ」
「……まさか団長様、ナンパですか?」
「どうしてそうなるっ、私は女だぞ!? まったく……外見と違ってジョークも言うんだな」
千草自身、あまりそういったやり取りが得意な方では無い。
だがなぜか、気づけば言葉を発していた。
「懐かしい感覚になったのは、ひょっとすると君が私の知人に似てるからかもしれないな。もちろん外見は違うし、口調に至ってはかすっても居ないが」
「知人、ですか。団長様のお知り合いならさぞ高貴なお方なんでしょうね」
「一応貴族ではあったな、だがさっきみたいに、よくジョークを言って私をからかっていたよ」
「それなら友人と言うべきだと思いますけど」
「……それは憚られるな」
「なぜですか?」
「色々あったんだよ、主に私が悪いんだが」
リリィは天を仰ぐと、その”知人”のことを思い出しながら目を閉じた。
蘇る記憶は、どれも今ではもう手に入らない、幸福なものばかりだ。
あるいは、ひょっとすると、彼女との付き合いを続けていれば――今のように息苦しい生き方を選ぶ必要も無かったのだろうか。
「団長様にとって大事な人だったんですね」
「大事……大事、か。そうだな、そうだったんだろう、これだけ影響を受けていると自覚すると、認めるしか無い」
「それだけ想える友人が居るというのは、素敵なことだと思います」
「なら、素敵ついでに私の思い出話を聞いてくれないか? 気分転換に、少し浸りたい気分になった。もちろん、退屈だというのなら断ってくれてもいいが」
「意地悪ですね団長様は、一兵卒に断れるわけがないじゃないですか。それに……その人の話に私も興味があります」
それは千草の本心だった。
不思議と、リリィのことが気になっている。
「そうか、ありがたいな。なら聞いてくれ、私をクリアライツ家の娘ではなく、リリィとして見てくれた唯一と言っても良い存在……」
それは千草自身の意思と言うよりは、彼女の中に宿る、後から付け足された何かの意思で――
「カミラ・ディーリディードとの思い出話を」
その名を聞いた瞬間、千草は自分の中で燻る違和感の正体を知った。
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