異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~
26 選択権を委ね、責任を負わせるだけの単純な誘導
思えば、以前交戦した時に、チグサの服装を見た時点でそれに気づくべきだった。
修道服らしきローブを纏った半吸血鬼の根城は、そのまま教会だったわけだ。
いや――ひょっとすると、居場所がバレた所で問題はないと、見くびられていたのかもしれないが。
「……ところでレイアは、勝手に城を出てきて平気だったんですか?」
並ぶのは嫌だったので、チグサの少し後ろを歩いていると、彼女は藪から棒にそんなことを聞いてきた。
私は眉をひそめる。
「連れ出しておいて……普通、聞く?」
「こうもあっさり付いてくるとは思っていなかったので」
「半ば脅しのようなものだったから」
「そんなつもりはありませんよ? 確かに、強情に拒まれたら少しだけ”影”を使うつもりではありましたが」
「……やっぱり脅すつもりじゃない」
影を使うだなんて、とても恐ろしいことを言う。
やはりこいつは人外だ。
その言葉を聞くだけで、私の体がどれだけ熱を持つのか想像できないのだ。
「そういえば……」
ふと、私は彼女を見て恐ろしい事実に気づく。
「太陽……平気、なの?」
普通、太陽と言えば吸血鬼の弱点だ。
実際――本当に犯人が吸血鬼だったかどうかはさておき――私の故郷を襲撃した時も夜だったし、先日の襲撃だって夜の出来事だった。
だからてっきり、こいつらも太陽に弱いのだと思っていたんだけど。
今は平然と、少し暑そうにはしているが平気な顔をして陽の光の下を歩いている。
「”半”吸血鬼ですから」
チグサは爽やかな笑顔を浮かべながら言った。
また恐ろしいことをさらっと言ってのける。
「太陽は平気ですし、にんにくも食べられますし、鏡にも姿は映る上に流水も平気です。あと別に血を吸わなくても生きていけます」
「……わけがわからない」
それを吸血鬼と呼んで良いのか。
「血でも良いし食事でもいい」
「なら吸わなければいい……それで、人間と共存できるはず」
「無理ですね」
「どうして、言い切れるの?」
「本能が仲間を増やせと叫んでいますし、何より私自身がそれを望んでいるからです。人間の世界なんて腐ってばかりじゃないですか、世界を愛で満たし平和にするためには人間のままでは不可能です」
反吐が出そうだった。
愛だの平和だのと、それが人殺しの言う台詞か。
「兵士や貴族を殺しておいて……よく、言う」
「あれの命に価値はありません」
「身勝手」
「どうとでも言ってください、生物というのは例外なく身勝手です。あなただって、身勝手に私たちをこの世界に召喚したじゃないですか」
「ぐ……」
それに関しては、反論できなかった。
承諾を取る方法なんて無かったし、私自身も異世界の人間を見たいという気持ちがあった。
ああまったく、この上なく身勝手だ、ぐうの音も出ない。
「私は私の力で、私の思う理想を叶えるだけです」
「それで……世界から、人間が居なくなったら……どうするの?」
「喜びます」
「無理……人殺しに喜びを感じるようなやつは、どうせ……同族を傷つけたがるから。無理、理想は、成立しない」
「ふふ、ふふふふっ」
急に笑いだしたチグサを、私は睨みつけた。
「何が……おかしい、の?」
「誰だって知らないうちはそう言います。でも私は知っているから断言できますよ、吸血鬼は人間なんかよりも遥かに深い愛情を持っている。あれだけみゃー姉に嫉妬していたエリスと、みゃー姉自身が愛し合うほどなんですから」
みゃー姉というのは……ひょっとして、ミヤコのことだろうか。
エリスは、先日私を襲った半吸血鬼の名前だったはず。
その2人が、愛し合う? 意味がわからない。
「理解できない、という顔をしていますね。だったらこれはどうでしょう。私はリーナを愛しています、愛し合おうとした結果として、彼女がレイナの親友なのではないかと勘付きました」
「それは……吸血鬼にしかできないことだって、言いたいの?」
「人間は彼女を”穴”と呼んでいたんですよ? そこに愛がないのは明白です」
「それでも、まともな人間が見つけていたら……同じように、助けようとしたはず」
「果たしてそうでしょうか。ダルマに穴が空いただけの肉塊を、人間が愛せますか?」
「……ダルマ?」
「四肢のない人間のことですよ」
その程度で、愛せなくなるほど人間は薄情じゃない。
けど――それが本当にリーナなのだとしたら、彼女をさらったのも、そして四肢を切断したのも他ならぬ人間であって。
さらに言えば、故郷が滅びてからの数年間、誰にも救われなかったからこそ、こうして今日、私は教会に行く羽目になった。
……ううん、違う。
例えば私が彼女をいち早く見つけていたら、その時だって救おうとしたはず。
「あなたが言うほど……人間は、捨てたもんじゃない」
「そうですか。なら、実際に彼女の姿を見てみると良いですよ、それで改めて答えを考えてみてください」
それきり会話はなく、無言で私たちは歩いた。
ほどなくして、下町の教会へとたどり着く。
ここは敵地だ、おそらくエリスと呼ばれた女だけでなく、他の半吸血鬼も生息している。
残存魔力の確認、そして仕込んできた無詠唱で魔法を放つための宝石の数も確かめる。
大丈夫、倒せはしなくても逃げることぐらいは出来るはず。
私は一度大きく息を吐くと、チグサに続いて教会へと足を踏み入れた。
◇◇◇
礼拝堂を通り抜け、私が案内されたのはその先にある寝室だった。
「げ……」
部屋に入るなり、人間の”ようなもの”に寄り添うエリスが、嫌そうに頬を引きつらせた。
私も同じ気持ちだ、けど力はこちらの方が上である以上、彼女ほど嫌悪感を露わにする必要はない。
目があった瞬間に「ふん」と鼻をならし、すぐさま顔をそむけた。
「お姉さま、なんでこんなやつ連れてきちゃったの!?」
「確かめるには見せるのが一番早いじゃないですか。大丈夫ですよ、私が居る限り誰にも手出しはさせませんから」
そう言いながらチグサはエリスの頭をぽんぽんと撫でた。
すると彼女は顔を赤くしてうつむき、黙り込む。
あれは愛の真似事、人真似だ。
見ているだけで嫌気がさす。
「それで……リーナは、どこにいるの?」
私は部屋中を見回すも、それらしき人影は無い。
チグサと、エリスと、そしてその傍らの椅子に座っている人間のような何か――
「彼女がリーナですよ」
「この期に及んで、冗談は……いいですから」
こんな、こんな醜い生き物が、リーナなわけが、ましてや人間なわけがない!
手足がないだけならともかく、顔も――いや、確かに原型は留めてないって言ってたけど、これじゃあ……原型どころか、顔自体が無いみたいで。
髪も無ければ耳も無い、体からも女性らしい特徴は取り除かれていて、ガリガリにやせ細って、全身に刻まれた卑猥な入れ墨は見ているだけで痛々しい。
思わず私は、口に手を当ててしまった。
「だから言ったじゃないですか、実際に姿を見てみると良い、と」
「……どうして」
「ん?」
「どうして、これが、リーナだって……思ったの?」
「レイナの名前らしき言葉を繰り返していたことと、試しに”リーナ”と呼びかけてみると反応があったことの2つが理由です。試しに語りかけてみたらどうです?」
促されて、私は一歩、リーナと呼ばれている肉塊に近づいた。
酷い匂いだった。
排泄物の匂いはもちろん、そもそも染み付いた体臭が不快で、何を食べて生きてきたのか、どんな場所で生かされてきたのか、想像もしたくない。
それでも……もし本当に彼女がリーナだって言うんなら。
私は、私は――
「リーナ」
耳に口を近づけて、私はそう言った。
「ぇ……いあ、あ、ああぁ……え、い、あ。えぇ、ぃ……ぁ……っ」
すると彼女は明らかに反応する。
喉が潰されているのかかすれた声しか聞こえなかったが、それを聞いた瞬間、私の中にあるリーナとの思い出が一気に蘇ってきて。
認めるしか、無かった。
「リーナ、なの?」
「えぇ……ぃ、うあぁ……あー……ああぅ」
何か伝えたい事があったのかもしれない。
ずっと私のことを待っていたのかもしれない。
そう思うと、自然と涙が溢れてきた。
いや……それだけじゃない。
最初に見た時、私はこれを人間じゃないと思った。
”助けよう”とかこれっぽっちも思わなくて、最初にあらわれた感情は嫌悪で、これはただの肉塊だと軽蔑した。
リーナなのに。
リーナだってわかってたはずなのに。
それが、なによりも、情けなくて。
「う、ううぅ……リーナ、リーナぁ、ごめんね……ごめんねぇ、リーナ……!」
「あぅあ、あー! うぅ、けほっ……あぅ、えぉ……!」
抱きしめると、臭かった。
力を込めると、硬かった。
「会いたかったよぉ、ずっと、ずっとぉ……会いたがっだよぉ……」
「ぇ、い、あ、あぅあ……い、お……!」
会いたかったのかな、リーナも。
ひどい目に合わされてきて、それでも私のことを思っててくれたのかな。
それとも、いつか私が助けに来てくれるって信じてたのかな。
ごめんね、本当にごめんね。
きっと、助けに来たのが私だったら、あなたのことをリーナだったって気づけなかったかもしれない。
軽蔑して、そのへんに投げ捨ててたかもしれない。
そんな冷たい私でも……リーナは、抱きしめてくれるのかな。
「決まり、ってことかな」
「ですね、やはり彼女はリーナだったようです」
「それでどうするの? このままレイアに渡す?」
「彼女がそれを望むのならそうしてもいいですが……さてレイア、私から提案があるんですが」
「……ぅ……な、なに?」
涙でボロボロになって、まともに思考回路も働いていない私に、チグサは悪魔のように語りかけた。
「ここでリーナを吸血してしまえば、彼女は元の体を取り戻します」
「っ……」
「現代の医療技術では、いくら魔法を使ってもリーナを回復させるのは難しいはずです。肉体はもちろん、精神も」
「でも……それは……」
私は腕で涙をぬぐい、鼻を啜りながら返事をした。
つまりそれって、リーナに、私の判断で人間をやめさせるということじゃないか。
「私が保証します、と言っても無駄でしょうが、半吸血鬼の生活は人間だった頃よりずっと幸せですよ」
それが、何より怖かった。
価値観が変わり、人間の時は絶対に幸せだとは思わなかったような日常で幸せだと思ってしまうことが。
だってそこに居るのは私でもリーナでもない、生まれ変わった、別の生き物じゃないか。
「嫌がる気持ちもわかります、確かに少々の変化はありますからね。ですがそれが無ければ、同族殺しを繰り返す人と同じではないですか。同族を人間以上に愛すようになるからこそ私たちは幸せなんです」
「ミヤコは……どうしてるの?」
「呼んできましょうか、隣の部屋にいますから」
「それは……いい。怖いから。現状だけ、聞かせて」
「現状と言っても、現在進行形で隣の部屋で仲間たちと仲良くしている、としか言えませんね。もちろん私とも愛し合っていますし、たまにレイアのことも話題に出て、心配したりしてますよ」
それは、正直に言って結構驚いた。
吸血鬼になってしまえば、もう人間のことなんてどうでもよくなると思っていたから。
けれど考えてみれば、人間がどうでもいいなら、こうしてリーナと合わせるために私を呼び出す必要だってなかったはず。
変わっても……完全に、変わり果ててしまうわけじゃない?
結構、人間だった頃の自分も残る?
それなら……変わっても、リーナはリーナなのかな。
少なくとも、このまま生き続けるよりは、ずっと――
「少し、時間を貰ってもいい?」
「構いませんが、リーナの体調を考えるといつ死んでもおかしくはない状態です」
「わかってるよ……だから、少しだけなの。明日の朝までには、済ませてくる」
「教会に吸血鬼が住んでますって騎士にバラしたりしないでね」
「それはしない……たぶん、騎士が死ぬだけだから」
チグサの力量はわかってる。
私がどうにもできなかった以上、私に束になったって敵わない騎士がどうこうできる相手じゃない。
いや、そもそも影を全て操り、100人近くの貴族を一瞬で殺す彼女相手に、軍を動員しても敵うかどうか。
そう思うと――そもそも抗うだけ無駄なんだろう。
それでも私に選択権を委ねてくれるあたり、人外としては話す余地のある方なのかもしれない。
「すぐに戻ってくるからね、リーナ」
「ぇ……ぁ……」
リーナの口元が動く。
微かに笑ったように見えたのは気の所為だろうか。
彼女をこのままにしておくことだけは、してはならない。
けれど魔法の力でもリーナを癒やすことはできなかった。
楽にしてあげるのなら、殺すか、吸血鬼に変えるかしかない。
私はその結論を出すために、教会から出て、とある貴族の屋敷に向かった。
もう答えは決まっているようなものだけれど――最後に、真実を確かめるために。
そこに、人間の善意が残っていることを信じて。
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