異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~

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閑話1 トロイメライは終わらない・上

 




 わたしの世界はとても狭い。
 まるで檻みたいな薄暗い部屋の中で、じっと座り、外を眺めることしか出来ない。
 ほとんど外に出ないから、お友達も居なくて、わたしにとってはレリィお姉ちゃんが全てみたいなものだった。
 お父さんとお母さんも優しかったけど、最近はあんまりお仕事が上手く行ってないみたいで、お姉ちゃんが居ない時間によく喧嘩している。
 だからと言って、わたしに当たることは無いけれど、前に比べるとぜんぜん部屋に来てくれなくなったし、たまにお話してもとても冷たかったりする。
 わたしを見る目も冷めていて、それが、すごくつらい。

 わたしは生きるのにほんのちょびっとの場所しか使っていないのに、それでも生きるのって、わたしに価値が無いとだめみたい。
 だったら、どうしてわたしは生まれてきたの? って毎晩お星さまに聞くのだけれど、誰も答えてくれない。
 それは、わたしが光っていないから。
 価値がない人間は光らないから、きっと、お星さまも見つけてくれないの。

 もしもお姉ちゃんがわたしの家族じゃなかったら、お姉ちゃんはわたしを見つけてはくれなかった。
 光ってたからじゃない、たまたま傍に居ただけ。
 そんな幸運が無いと、わたしは誰かに見つけてもらうことすら出来ない。
 だから、わたしは、今あるものを大事にしたい。お姉ちゃんを失いたくない。

「お姉ちゃん、どうして行っちゃうの……?」

 けれどお姉ちゃんは、ディックさんと結婚してしまう。
 わたしじゃない別の人の家族になって、この家には、わたしを必要としないお父さんとお母さん、そして重荷になるだけのわたしだけが残る。
 わかってるよ、ディックさんはお金持ちだもんね、あの人と結婚したら、きっと家は楽になるもんね。
 実際――ディックさんとの結婚が決まってから、お父さんとお母さんは喧嘩しなくなった、そしてわたしと接する時の目も暖かくなった。
 けれど、わたしはそれが余計に辛かった。
 お父さんやお母さんにとってのわたしの価値って、所詮はお金なんだって、嫌でも気付かされたから。
 変わらないのはお姉ちゃんだけ。
 お姉ちゃんがさえ居ればそれでいい。

「行かないで、お姉ちゃん。いつまでもわたしの、わたしだけのお姉ちゃんで居て――」

 暗い部屋でそう呟いても、月日は過ぎて、やがてお姉ちゃんは居なくなる。
 だったらいっそ、わたしなんて消えてしまえばいいのに。
 悲観的になったわたしは、本気でそんなことを考えていた。

「かわいそうなミリィ」

 一人きりのはずの部屋に、知らない女性の声が響く。

「誰っ!?」

 わたしは慌ててドアと窓を見るけれど、どちらも開いていませんでした。
 つまり、だれもこの部屋には入ってこられないはずなんです。
 すると、部屋を包む暗闇の一部が、まるで液体のようにうねり、形を作り始めました。
 わたしは呆然とその光景を見つめています。
 何が起きているのかわかりません、ひょっとすると、わたしは夢でも見ているのでしょうか。
 そして影はやがて綺麗な――とても、とても綺麗な黒髪の女の人に姿を変えて、暗闇の中に赤い瞳を光らせながら、わたしに向かって恭しく頭を下げました。

「こんばんは、ミリィ。わたしは半吸血鬼デミヴァンプのチグサ、あなたを食らいに来ました」
「わたしを……食べに?」
「ええ、陰鬱な夜に綺麗に輝く星が見えたので、どうしても欲しくなってしまったのです」

 輝く星……わたしが?
 お姉ちゃん以外の誰かに、そんなことを言われたのははじめてでした。

「似た者同士、愛し合ってみませんか?」
「あ……」

 全てを見透かすようなその瞳に見つめられると、わたしは金縛りに合ったように動けなくなってしまいました。
 そして彼女はわたしの顎を持ち上げると、唇を寄せ――
 やろうと思えば、振りほどけたはずです、叫んで助けを呼べたはずです。
 しかし、わたしは目を閉じて、それを受け入れました。
 半吸血鬼とか、食べられるとか、そんなことどうでもよくて――ようやくわたしを必要としてくれる誰かが現れたことが、何よりも嬉しかったから。
 ふわりと、思っていたよりもずっと柔らかくて優しい感触が、わたしの唇に触れました。
 ……ファーストキスは、ほんのり血の香りがしました。

「よかったんですか、知らない女の人とキスなんてして」

 唇を離すと、チグサさんは妖しい笑みを浮かべながらそう言いました。
 いけないことだとは思う。
 けど……それ以上に――

「あなたがわたしを求めてくれたことが、嬉しかったの。今までは、お姉ちゃん以外の誰からも必要とされなかったから」
「そう……ひどい人たちですね、こんなにかわいい子を放っておくなんて」

 わたしの体は彼女に抱きしめられ、頭は豊かな胸に埋もれました。
 吸血鬼だからなのかな、体温は少し冷たい。
 けれど、体温が無いわけではなくて、血の通った誰かに抱きしめられたっていう実感張って。
 誰かに抱きしめられたのは久しぶりだった。
 心が落ち着いて、嫌なことなんて全然浮かばなくなって。
 こんなに気持ちが楽になるなら、ずっと誰かに抱きしめて欲しい。
 けど――わたしももう13歳だから、さすがにお姉ちゃんに甘えるわけにもいかない。
 だから、今、わたしを抱きしめてくれるのはこの人だけ。

「あの、チグサさん」
「ん?」
「わたしを、食べるんですか?」
「ええ、いずれは食べますよ、けれどしばらく下準備が必要なんです。だから……」

 下準備が何を指しているのかはわからなかったけれど、わたしの胸に1つの期待が芽生えました。
 もし、その準備が終わるまでの間だけでも、この人と一緒に居られるのなら。
 例えその最後にある結末がわたしの死だったとしても、得られた幸福の対価として、命を捧げてもいい。
 ううん、この人に、捧げたい、って。

「それまでは毎晩、あなたに会いに来ます」

 その言葉を聞いて、わたしは思わず笑顔を浮かべてしまいました。

「食べられるというのに、笑うなんて変な子ですね」
「うん……変な子でもいい。わたしを必要としてくれる誰かがいるなら、死んだっていいもん」

 わたしはそう言って、自分の頬を彼女の胸に擦り付けました。
 甘い匂いがした。
 幼いころ、こうして抱いてくれたお母さんやお姉ちゃんとは違う。
 もっと濃密で、吸うだけで頭がくらくらしてしまうほどの、禁断の果実めいた匂いが。



 ◇◇◇



 宣言通り、その次の日からチグサさんはわたしの前に現れるようになった。
 昨日の夜は、ずっと抱きしめられながら、お話をしたり、体を触ってもらったり。
 今でもチグサさんの感触が体に残っていて、それを意識するだけで熱くなってしまう。
 あまりにチグサさんと合う時間が楽しみすぎて、今日は、なるべく長い時間起きていられるよう、昼寝を多目に取ることにした。
 もちろん、お姉ちゃんが会いに来てくれる時間は別だけど、それ以外の時はほとんど寝てたんじゃないかな。

「ミリィ、何か良いことでもあったの?」

 あまりにわたしが上機嫌なせいか、お姉ちゃんは不思議そうな顔をしてわたしにそう問いかける。
 さすがに、チグサさんの存在を教えるわけにはいかない。
 悩んだ挙句、わたしはぼんやりとした答えを返すことしかできなかった。

「とても素敵な夢を見たの」
「へえ、どんな夢?」
「うーん……ぽかぽかして、ふわふわして、気持ちいい夢かな」
「ふふふ、何それ、全然わかんないんだけど」

 結局、お姉ちゃんは笑って、それ以上追及してくることはありませんでした。
 一番大事なお姉ちゃんに嘘をついてしまった。
 初めての経験に、わたしの胸はドキドキ高鳴ってる。
 わたし、いけないことをしてる。
 いけないことは、いけないことなんだけど――それが気持ちいいと知ってしまった今、もう手放すことはできなかった。



 ◇◇◇



 その日の夜も、チグサさんは会いに来てくれた。
 彼女と合うのは、今日で3度目。
 もはやわたしは、何をされてもいいと思ってしまうほど彼女に夢中になっていて、今日も胸を躍らせながら、窓から見える景色が黒に染まるのを待っていた。

「こんばんは、ミリィ」

 何もない場所からその声が聞こえてくると、わたしの胸は一気に高鳴る。

「チグサさん……会いたかった」
「昨日も同じことを言っていましたよ?」
「昨日よりずっと会いたかったの! 起きてる間もずっとチグサさんのことを考えてて、寝てるときもずっとチグサさんの夢を見るぐらい!」
「嬉しいです、そんなにミリィに好かれているだなんて」

 わたしは影から現れた彼女を、自分のベッドに入るよう「早く早く」と急かす。
 チグサさんは少し困ったように笑って、わたしの隣に座った。
 肩が触れ合う。
 それだけでも死んでいいぐらい幸せだけど、できれば、もうちょっといろんな部分で触れ合いたいな。

「ねえチグサさん、いつになったらわたしを食べてくれるの?」
「気が早いですよ、まだ準備が済んでいないんです」
「でも、わたしの気持ちの準備はとっくに済んでるの。いつだって、チグサさんになら食べられていいって」
「そんなに食べてほしいんですか?」
「うん、だって……わたしはチグサさんの一部になれるんだよね? ずっと、一緒に居られるんだよね?」
「でも、大好きなお姉さんとは一緒に居られなくなりますよ」
「それは……寂しい、けど。でも、どうせお姉ちゃんは、そのうち居なくなっちゃうから」

 ディックさんとの結婚が迫っている。
 それはわたしには口出し出来ない場所で起きている出来事で、檻から出られないわたしは、たまに面会をしにくるお姉ちゃんに自分の想いを伝えることしかできなかった。
 けれど、お姉ちゃんに『ずっと一緒に居て欲しい』と言うと、いつも困った顔しかしなくて。
 ああ無理なんだ、お姉ちゃんにはわたしなんかよりずっと大事な人がいるんだって、わかっちゃったから。

「ミリィ、おいで」

 わたしが悲しい顔をしているのに気づいたチグサさんは、両手を広げてわたしを迎えた。
 彼女の太ももの上に座ると、正面から抱き合う。
 わたしの体は小さいので、すっぽりと体は収まりますし、これでちょうど、チグサさんの顔と同じ高さになる。
 チグサさんの体はとてもやわらかくて、こうして抱きしめるだけでも、胸がいっぱいになるぐらい気持ちいいの。
 でもね、チグサさんはわたしを抱きしめるだけじゃない。
 もっと、もおっと気持ちいいこと、たくさん教えてくれるから――
 わたしは期待に潤む瞳で、全てを飲み込むような深い紅の瞳を、じっと見つめていた。





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