fate/badRagnarökーー魔王の名はアーリマンーー

家上浮太

交代人格


女装するのに喜びを感じていた。
女として扱われていた事にさえ。
性的に奔放な交代人格が現れることもある。
それが男の娘として自己愛する人格だろう。
危機的状況で現れて、その女性の体格では考えられない腕力でその子を守る交代人格もある、自分を責める交代人格がある、幻聴は、心の声、影より囁く、逆に主人格や、他の交代人格の行動を心の中から見て知っている交代人格もある、多重人格といわれてもひとつの肉体に複数の人格が宿った訳ではない。
 あたかも独立した人格のように見えても、それらは一人の人格の「部分」である。 例えていえば人間の多面性の一面一面が独立してしまったようなものであり、逆にその分、主人格は「感情」が薄いことが多い、「暴力的な人格」の「暴力」は、純粋に加害的な暴力ではなく、多分に自己防衛的な「抵抗性の暴力」であることも多い、とことん別人格だ。
「話をちゃんと聴く」ことと「ほじくりかえす」ことは全く別である、この症状を熟知した精神科医や臨床心理士が少ないこともあり、他の疾患に誤診されやすい、それもまた一つの落とし穴ではある、結果、彼は放逐された、放逐と言うのは、例えば理解不能として恋人をやめるか、不合理だがそれが息子の特性だと認めたからか、どちらにしても、深意には迫っていない。





混沌し孤立し乱立する人格。
彼を、理解する者はいない。





「諦めた、妥協した、まぁいいじゃないか、割りとそういう屑で人間の心を持たない魔性と思われるのを認めよう、多数である事こそ正義だし?」





交代人格の現れ方は多様であるが、例えば弱々しい自分に腹を立てている自分、奔放に振る舞いたいという押さえつけられた自分の気持ち、堪えられない苦痛を受けた自分、寂しい気持を抱える自分などである、シリアルキラーが過剰な善意から生まれるように、サイコパスの心の人間性の剥離の原因は、うんざりとしながら他人の心を弄びのに愉悦を感じて、それを是とするからである、作者の経験談であり、作者は、その無様さを笑殺話にして被虐する、確認中であり、悪性情報を情報源にするため世界は既に正気ではないのが真実。





自分を変えてくれる存在が真実か?
世界を革新する恩人こそが真実か?
自分を理解する伴侶こそが真実か?





「まぁ生きてればなんとかなるだろ(ならない)」

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