fate/badRagnarökーー魔王の名はアーリマンーー

家上浮太

真夜・青き剣と血族全部の澱み

「アルベリッヒ、貴方はここで待機を」

「はっ」

「テスカトリポカ、隙を見て攻撃を」

「おう」

廃墟の冬木市。 
ゴーストタウン。
禍津ではない。
その中の廃校。
二人のみいる。

そこで二人はいる。

「どうしました、血族全部の澱み」
「『青き剣』か、漸く未来を関知したか」
「貴方は暗黒カバラをどうして極めた?」
「強くなりたい、それだけが生きる動機」
「何のために強くなる?」
「最初は馬鹿にされたくなかったから、弱いとか、そういうの言われたくない、僕はなよなよも、ぐだぐだもしない、ただ力がいる」
「この地での災禍は新たなる聖杯のためだ」
「黒聖杯、ブラックマリア像をこの地に置いた、暗黒カバラの傑作『殻』それを置いた」
「西の王は世界の人口を一割まで減らすそうですね、貴方はひょっとして『虐殺魔王』になるか、『滅魔』になるのでしょうかね?」
「どっちでもいいしどうでもいいだろう?」
「そうですね、ここで貴方を止めないといけない事には変わりありません」
『青い剣』が抜かれてしまう。
対する血族全部の澱みは身体中から卒塔婆を出す、元より彼は生まれた時から死体である、そして死んで、直ぐに反魂の術をした。
堕児であるはずの。
そもそもが死なる。
それはウロボロス。
生と死の噛み合わせ。
『蝙蝠』は卒塔婆を二つ握り置換した。
二つの呪刀の二刀流で『青い剣』を迎え撃つ、ここより始まるは最終戦争の逆時なり。

fate、それは英霊の物語。 
もしくは、聖杯を巡る話。
人理を描く物語には神気取りのさがが目覚めやすい。
物語が壮大なほどに。
それが自分を起点にして進められていないのにも関わらず、太陽の座を奪い合うアステカ神話のように、彼は自分を作品にとっての太陽だと妄想してしまう。
元々いた月など食らう。
自意識過剰そのものだ。
自己顕示欲が強い典型的なナルシスト。
そのクリエイターは神に近づいたと錯覚する、神に近づく者は悪魔に宿られるのだ。
その神に成りたいという願いは悪魔にとって最大の叶えさせたい歪な望みなのであった。

「俺のおかげでこの作品は名作となった!」
「誰もが羨む、この神のごとき才能!!!」

『血族全部の澱み』『蝙蝠』は別に神とか悪魔の区別はつかないし、作家としてのキャスターらしい性格をしている、『物語』至上主義者である、蝙蝠キャラであるのは物語の傍観者に位置したいがため、彼にとって世界は壊れたり終わったりしても、それは人理の完結として彼は祝福するであろう。
黒き聖杯に望むは至上の愉悦だ。

その願いは神のみぞ知るである。
人類最凶の蝙蝠はついに紡いだ。

「さぁニューゲームの時間だぜ」
「第六次聖杯戦争を始めようか」

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