侯爵と約束の魔女 一目惚れから始まる恋

太もやし

クレアの見たもの

 四人は応接室に移動した。クレアの前には、銃弾と馬車の部品である留め具が置かれている。

「じゃあ先に留め具から視ますね」

 クレアは手袋を外した。この手袋は、エヴァが満月の夜に魔法を込めた、恒常的な彼女の異能を抑えるための手袋だ。そして彼女は留め具を握り、目を閉じる。彼女の明るい雰囲気は一変し、冷たく硬いものになった。彼女の精神が、別の次元へ飛び立ったのだ。

 誰もが黙り、クレアの動向を見守る。

「あれ、ノイズが……おかしい、わたしの異能が邪魔されてます!」

 クレアは留め具を強く握りしめ、驚きで瞳を大きく開いた。その瞳は爛々と光り、異能を使っている最中だとひと目でわかる。そんな彼女に、エヴァはその手を上から触ろうとしたが、異能の邪魔になると触るのをやめた。代わりに優しい声で語りかける。

「落ち着いて、クレア。今見えるものを教えて」

 クレアは泣きそうな顔で、エヴァを見た。

「エヴァさん……レディっぽい女性と、貴族じゃない男性が見えます。馬車からこの留め具を外してます。顔を見ようとすると、ノイズが走って……これ、エヴァさんと訓練するときに感じる嫌な感じと全く同じです。魔法で邪魔されてるんだ!」

 クレアは留め具を放り、銃弾を握る。

「これもそうだ、留め具とノイズの入り方が同じ……ミュルディスが証拠に魔法をかけてるのに、魔法で殺そうとしないのは、なんで?」

 クレアの質問に、ジョンは厳しい顔つきで答えた。

「ミュルディスは、キングレイに魔法で害をなすことができない。だから、それ以外の方法で攻撃しているんだろう。……だが、レディとは誰だ?」

 その言葉に、エヴァが大きく声をあげて反対した。グレイとクレアは、その姿に驚く。ジョンといるエヴァは、いつもと違った面を見せていた。

「いいえ、ミュルディスは決して自分の意志でキングレイに牙を剥きません! そのミュルディスは、そのレディに脅されて、無理矢理言うことを聞かされているに違いないですわ!」

 ジョンはエヴァを気遣い、それ以上、そのミュルディスについて悪し様に言わないように気をつけた。

 だがグレイは、エヴァに遠慮しない。

「エヴァ、お前は信じたくないだろうが、様々なことを考えたほうがいいだろう? 最悪を想定しろ。ミュルディスはキングレイ以外の人間を、魔法で傷つけることができるんだぞ」

 グレイの隊長としての通告は、エヴァにとって耳に痛いものがあった。エヴァは軍にいる際、魔法で標的を攻撃する訓練を命じられたことがある。その訓練でエヴァが悟ったことは、魔法を使えば簡単に人を傷つけることができるということだ。

 エヴァが何も言えず、うつむいているとき、クレアはグレイに目で訴えた。二人は馬車でここに来たのではない。その力を使えば、魔法で攻撃されても逃げることができるのではないだろうか、クレアはそう訴える。

「なら、みんな帰ってくれ。私が彼と対峙すれば、誰も傷つかずに済むだろう? それに、私がいなくなって得をするレディで、ミュルディスと契約できるレディといえば誰か? 段々、わかってきたんだ」

 ジョンは剣呑な雰囲気を散らすように手を振ると、貴族的で怠惰な物言いで言った。

「ジョン! 私はもう、あなたを危険にさらさないわよ!」

 エヴァは弾かれたように顔を上げ、目尻を釣り上げた。
 二人が言い合いのケンカをしそうになっているときも、クレアはグレイを見つめていた。

 ついにグレイが折れる。彼は大きな溜息をついた。

「セシルを連れてきている……あの子がいれば、魔法を避けることができる」

 グレイは外で待たせているセシルを思った。
 セシル、本当の名前をペルセポネ・ティンバレンは、空間を把握しイメージすることで、どこにでも行くことができる、テレポートの異能を使う女性だ。ティンバレン公爵令嬢だが「ノブレス・オブリージュ」を実践するため、《戦乙女》に所属している。

「まあ、セシルが……! セシルなら魔法を使われる前に、姿を消すことができますね」

 エヴァが驚いたことは、セシルがここにきたこと、彼女がよくグレイの頼みを聞いたこと、の二つだった。

「セシルさんとエヴァさんがいれば、《戦乙女》の独擅場ですよ! なんたって《戦乙女》の2大リーダーですもん!」

 クレアはニコニコと、愛らしく笑った。彼女は《戦乙女》の先輩たちを、激しく信頼している。既に彼女の脳裏には、勝利の光景しか浮かんでいなかった。

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