ネトゲ廃人、異世界攻略はじめました。
18 山下り
あの、ベインというアーツ隊員との手合わせ後、僕はアーツの隊員の訓練に立ち会い、わずかながら助言させてもらったり、少し練習相手になったりとなかなかに充実した時間となった。
しかし、気になったことが一つ。
以前、食堂で僕に近接戦闘を教えてくれと言ったあの彼女。その姿が見えなかったのだ。
クラノに訊こう訊こうとは思っていたのだが、その機会もなく時間は過ぎていき、長いようで短かった訓練は終了した。何人かの隊員に、「参考になりました」とか、「ぜひいつか一緒に探索しましょう!」などと言われると、やっぱりうれしいものがある。
そして、その明朝。僕は、ミケと二人で探索に出かけた。
普段、ミケはあまり探索に参加しないのだが、今日は僕が頼んで彼女についてきてもらった。
アイリスはというと、武器の点検かなにかに今日は一日中つきっきりらしい。
「マスター、着きました」
「うん、行こうか」
僕たちは乗っていたエレベーターから出て、外の空気を吸い込む。
周囲を見る限り脅威になりそうなエネミーはない。
この場所は、前回の探索でアクティベートしたいわゆる最前線のポイントだ。
『アルノ―シカ』戦のあと、特に苦労することなくアクティベートしたこのポイントだが、なかなかにいい場所に設置してある。
というのも、このポイント、なんとごつごつとした岩山の頂上にあるのだ。おかげで、エレベーターから出ればすぐに360度パノラマビューを楽しむことができる。いやぁ、シャヘルの景色は美しい。
……とでも言うと思った? いや、はっきり言って馬鹿じゃないのと思うよ。
だってこのポイントを使うときには、フロントからここまでエレベーターで来て、その後、下山しないと探索を始められないわけだ。毎回毎回足がだるいことこの上ない。
そんな倦怠感に思いをはせている僕のことなどいぞ知らず、ミケはしゃっしゃか山を下りていく。
しかし、よく考えると今日に限るとこの山下りの時間はありがたいな。今日、フロントを出てシャヘルの大地に降り立ったのは探索するためではない。ミケに、いくつか尋ねたいことがあったからだ。
「マスター?」
「あ、うん、今行くよ」
後ろをついてくる気配がなくなったのを感じたのか、ミケはこちらを振り返って小首を傾げる。
それに声を返してから、小走りで彼女に追いつく。
「……一雨きそうだね」
「可能性はありますね。雨雲を見るに、もってあと一、二時間ほどでしょうか」
頭の上に広がるどんよりとした雲を見上げ、そう言葉を交わす。この山を下るのは1時間もかからないが、何があるかわからない。一応、雨が降るかもしれないということを頭に入れておこう。
「それでさ、ミケ。いくつか訊きたいことがあるんだ」
「はい、私が答えられるものであれば」
「それじゃ早速。まず素朴な疑問から。なんで君は僕のことを『マスター』って呼ぶの?」
少し今までそういうものだと放置していたが、よく考えればなかなかに謎な事案である。
別に、ミケと主従契約を交わした覚えはない。
「……それに答えるのは少し難しいですね。しいて言うならば……癖、とでも言いましょうか」
「癖?」
「はい。まぁ、あまり面白い話でもありません。ほかにも尋ねたいことがあったのでは?」
どことなく、彼女にはぐらされた感じがしたのだが、本人が話したくないことを無理やり話させるわけにはいかないだろう。僕はすぐさま用意していた疑問を口に出す。
「じゃあ、えっと、僕たちが地球からこのシャヘルに来る時には、ゲート、ってのを通ってくるんだよね?」
ここまでは以前にルカから聞いている。そのゲートが開くのは10年前が一度目、今回が二度目らしい。
「はい、そうですがそれが?」
「いや、そのゲートっていうのはどこにあるのかな、っていうのが僕の疑問」
僕がこのシャヘルに降り立った時にはよくわからない森の中だった。だから、そのゲート自体を見てはいないのだ。だから、少し見てみたいと思った。
「ゲート自体は、フロントの地下にあります。しかし、シャヘル側から地球へ行くときはいいのですが、あちらからこちらに飛ぶときにはずれが発生する場合があって、予想した場所と違う場所に繋がるときもあります」
「ずれ……なるほど、それで僕はあんななんにもない森に落とされてたのか」
「そういうことになりますね」
まぁ、とにかくゲートがどこにあるかなんてわかりません、なんて言われなくてよかった。
何かあったとき、帰ろうと思えば地球へ還れると思うだけで気が楽なものだ。……まぁ、帰ったところで何もすることがないので帰ることはないと思うが。
「それじゃあ、最後の質問」
僕はそう言って足を止めた。チカっと視界が一瞬明るくなり、数秒後に遠くで雷の音がした。
はっきり言って、今までの質問はしなくてもよかった質問だ。僕がわざわざ外に彼女を連れだして問いたかったことは、ただ一つ。
「T2個体って……なんだ?」
その言葉を聞いた時、彼女の体がこわばるのが見ていて分かった。
「……なぜ、その言葉を?」
「ルカと話しているのが聞こえたんだ」
やはり、何かある。
僕はここで再び確信した。このT2個体という単語にどういう意味が込められているのかはわからないが、ルカやミケは、何か重大なことをこの言葉の裏に隠している。
「質問を変える。T2個体について、だれがどこまで知ってる?」
「……この言葉自体は、アーツ隊員にも何人か知っている方がいます。全容を知っているのは、シャヘルでは私とルカだけです」
アーツにも、この言葉を知っている人がいる、というのは驚きだった。そして、気になるのがミケの、『シャヘルでは』という言い回し。それが妙に不自然に感じた。
「T2個体は、transition2ndの略称です」
「セカンド……?」
「はい。お察しの通り、ファーストもサードも存在しますよ。ただし、私たちの脅威となり得るのはこのシャヘルのセカンドぐらいでしょうね」
彼女は立ち止まり、珍しく困ったような表情を見せた。
トランジション……たしか、以前アイリスが殺され、新しい身体になったとき、「トランシジョン完了しました」と言っていた気がする。その単語とこのT2個体が無関係なはずはない。
「T2個体っていうのは、エネミーのなかの特別な個体、ととらえていいんだよな?」
「はい、それで構いません」
「じゃあ、ほかの個体と一体何が違うんだ?」
僕がそう尋ねると、ほんの少しミケは目をそらした。
「秘匿事項です」
「……そっか」
その言葉が返ってくるのはわかっていた。しかし、なぜ隠す?
シャヘルに関する情報なら、皆で共有したほうが探索の効率は高くなるに決まっている。
しかし、ミケは黙って再び歩き出した。
これ以上訊いても情報はもらえないだろう、と判断し、僕も彼女に続く。
そのままなかなかに険しい道を下っていくことしばし。
ぽつり、ぽつりと空から雨粒が落ちてきた。
「意外に早かったね」
「そうですね。本格的に降り出す前に雨宿りできる場所を探しましょう」
そう言う彼女にうなづいて、僕たちは小走りで周囲を見回ってみる。
もしこれがラブコメかなにかならきっと無人の山小屋が見つかったはずだが、残念ながら見つかったのは無骨な洞穴だった。
「とりあえずは降りやむまでここにいましょう」
「うん、そうしよう」
その洞穴は思っていたより奥が深いようだった。
僕たちがいるのは洞穴に入ってすぐの入り口付近だが、奥を見ればまぁまぁ奥まで闇が続いている。
そうやって洞穴の奥を目を凝らしてみていると、横ではミケが何やらきょろきょろしていた。
「どうかした?」
「いえ、なにやら先ほどから音が」
「音?」
ミケに言われて僕も耳を澄ましてみる。
洞穴の奥から……きゅ、きゅっという甲高い音が聞こえてくるような……
「マスター、あれを」
「……!」
彼女が急に洞穴の奥を指さした。その先を僕はつられて見る。
そこには、赤い点のようなものがぽつりと光っていた。
それが次第にいくつも増えていき、真っ暗だった洞穴の奥におびただしい数の赤い光が。
「じょ、冗談だろ……」
その光一つ一つ、それはよく見ると、『眼』だった。
血走ったような眼球。その瞳が真っ赤に輝く『眼』であったのだ。
真っ赤な単眼を持つ、兎のような丸々とした動物。らんらんと輝く彼らの目は、はっきりと僕たちをとらえていた。
しかし、気になったことが一つ。
以前、食堂で僕に近接戦闘を教えてくれと言ったあの彼女。その姿が見えなかったのだ。
クラノに訊こう訊こうとは思っていたのだが、その機会もなく時間は過ぎていき、長いようで短かった訓練は終了した。何人かの隊員に、「参考になりました」とか、「ぜひいつか一緒に探索しましょう!」などと言われると、やっぱりうれしいものがある。
そして、その明朝。僕は、ミケと二人で探索に出かけた。
普段、ミケはあまり探索に参加しないのだが、今日は僕が頼んで彼女についてきてもらった。
アイリスはというと、武器の点検かなにかに今日は一日中つきっきりらしい。
「マスター、着きました」
「うん、行こうか」
僕たちは乗っていたエレベーターから出て、外の空気を吸い込む。
周囲を見る限り脅威になりそうなエネミーはない。
この場所は、前回の探索でアクティベートしたいわゆる最前線のポイントだ。
『アルノ―シカ』戦のあと、特に苦労することなくアクティベートしたこのポイントだが、なかなかにいい場所に設置してある。
というのも、このポイント、なんとごつごつとした岩山の頂上にあるのだ。おかげで、エレベーターから出ればすぐに360度パノラマビューを楽しむことができる。いやぁ、シャヘルの景色は美しい。
……とでも言うと思った? いや、はっきり言って馬鹿じゃないのと思うよ。
だってこのポイントを使うときには、フロントからここまでエレベーターで来て、その後、下山しないと探索を始められないわけだ。毎回毎回足がだるいことこの上ない。
そんな倦怠感に思いをはせている僕のことなどいぞ知らず、ミケはしゃっしゃか山を下りていく。
しかし、よく考えると今日に限るとこの山下りの時間はありがたいな。今日、フロントを出てシャヘルの大地に降り立ったのは探索するためではない。ミケに、いくつか尋ねたいことがあったからだ。
「マスター?」
「あ、うん、今行くよ」
後ろをついてくる気配がなくなったのを感じたのか、ミケはこちらを振り返って小首を傾げる。
それに声を返してから、小走りで彼女に追いつく。
「……一雨きそうだね」
「可能性はありますね。雨雲を見るに、もってあと一、二時間ほどでしょうか」
頭の上に広がるどんよりとした雲を見上げ、そう言葉を交わす。この山を下るのは1時間もかからないが、何があるかわからない。一応、雨が降るかもしれないということを頭に入れておこう。
「それでさ、ミケ。いくつか訊きたいことがあるんだ」
「はい、私が答えられるものであれば」
「それじゃ早速。まず素朴な疑問から。なんで君は僕のことを『マスター』って呼ぶの?」
少し今までそういうものだと放置していたが、よく考えればなかなかに謎な事案である。
別に、ミケと主従契約を交わした覚えはない。
「……それに答えるのは少し難しいですね。しいて言うならば……癖、とでも言いましょうか」
「癖?」
「はい。まぁ、あまり面白い話でもありません。ほかにも尋ねたいことがあったのでは?」
どことなく、彼女にはぐらされた感じがしたのだが、本人が話したくないことを無理やり話させるわけにはいかないだろう。僕はすぐさま用意していた疑問を口に出す。
「じゃあ、えっと、僕たちが地球からこのシャヘルに来る時には、ゲート、ってのを通ってくるんだよね?」
ここまでは以前にルカから聞いている。そのゲートが開くのは10年前が一度目、今回が二度目らしい。
「はい、そうですがそれが?」
「いや、そのゲートっていうのはどこにあるのかな、っていうのが僕の疑問」
僕がこのシャヘルに降り立った時にはよくわからない森の中だった。だから、そのゲート自体を見てはいないのだ。だから、少し見てみたいと思った。
「ゲート自体は、フロントの地下にあります。しかし、シャヘル側から地球へ行くときはいいのですが、あちらからこちらに飛ぶときにはずれが発生する場合があって、予想した場所と違う場所に繋がるときもあります」
「ずれ……なるほど、それで僕はあんななんにもない森に落とされてたのか」
「そういうことになりますね」
まぁ、とにかくゲートがどこにあるかなんてわかりません、なんて言われなくてよかった。
何かあったとき、帰ろうと思えば地球へ還れると思うだけで気が楽なものだ。……まぁ、帰ったところで何もすることがないので帰ることはないと思うが。
「それじゃあ、最後の質問」
僕はそう言って足を止めた。チカっと視界が一瞬明るくなり、数秒後に遠くで雷の音がした。
はっきり言って、今までの質問はしなくてもよかった質問だ。僕がわざわざ外に彼女を連れだして問いたかったことは、ただ一つ。
「T2個体って……なんだ?」
その言葉を聞いた時、彼女の体がこわばるのが見ていて分かった。
「……なぜ、その言葉を?」
「ルカと話しているのが聞こえたんだ」
やはり、何かある。
僕はここで再び確信した。このT2個体という単語にどういう意味が込められているのかはわからないが、ルカやミケは、何か重大なことをこの言葉の裏に隠している。
「質問を変える。T2個体について、だれがどこまで知ってる?」
「……この言葉自体は、アーツ隊員にも何人か知っている方がいます。全容を知っているのは、シャヘルでは私とルカだけです」
アーツにも、この言葉を知っている人がいる、というのは驚きだった。そして、気になるのがミケの、『シャヘルでは』という言い回し。それが妙に不自然に感じた。
「T2個体は、transition2ndの略称です」
「セカンド……?」
「はい。お察しの通り、ファーストもサードも存在しますよ。ただし、私たちの脅威となり得るのはこのシャヘルのセカンドぐらいでしょうね」
彼女は立ち止まり、珍しく困ったような表情を見せた。
トランジション……たしか、以前アイリスが殺され、新しい身体になったとき、「トランシジョン完了しました」と言っていた気がする。その単語とこのT2個体が無関係なはずはない。
「T2個体っていうのは、エネミーのなかの特別な個体、ととらえていいんだよな?」
「はい、それで構いません」
「じゃあ、ほかの個体と一体何が違うんだ?」
僕がそう尋ねると、ほんの少しミケは目をそらした。
「秘匿事項です」
「……そっか」
その言葉が返ってくるのはわかっていた。しかし、なぜ隠す?
シャヘルに関する情報なら、皆で共有したほうが探索の効率は高くなるに決まっている。
しかし、ミケは黙って再び歩き出した。
これ以上訊いても情報はもらえないだろう、と判断し、僕も彼女に続く。
そのままなかなかに険しい道を下っていくことしばし。
ぽつり、ぽつりと空から雨粒が落ちてきた。
「意外に早かったね」
「そうですね。本格的に降り出す前に雨宿りできる場所を探しましょう」
そう言う彼女にうなづいて、僕たちは小走りで周囲を見回ってみる。
もしこれがラブコメかなにかならきっと無人の山小屋が見つかったはずだが、残念ながら見つかったのは無骨な洞穴だった。
「とりあえずは降りやむまでここにいましょう」
「うん、そうしよう」
その洞穴は思っていたより奥が深いようだった。
僕たちがいるのは洞穴に入ってすぐの入り口付近だが、奥を見ればまぁまぁ奥まで闇が続いている。
そうやって洞穴の奥を目を凝らしてみていると、横ではミケが何やらきょろきょろしていた。
「どうかした?」
「いえ、なにやら先ほどから音が」
「音?」
ミケに言われて僕も耳を澄ましてみる。
洞穴の奥から……きゅ、きゅっという甲高い音が聞こえてくるような……
「マスター、あれを」
「……!」
彼女が急に洞穴の奥を指さした。その先を僕はつられて見る。
そこには、赤い点のようなものがぽつりと光っていた。
それが次第にいくつも増えていき、真っ暗だった洞穴の奥におびただしい数の赤い光が。
「じょ、冗談だろ……」
その光一つ一つ、それはよく見ると、『眼』だった。
血走ったような眼球。その瞳が真っ赤に輝く『眼』であったのだ。
真っ赤な単眼を持つ、兎のような丸々とした動物。らんらんと輝く彼らの目は、はっきりと僕たちをとらえていた。
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