ネトゲ廃人、異世界攻略はじめました。
15 金色の竜
間違いない。あれは、図鑑の中で最大のレベルを持つエネミー、『アルノ―シカ』だ。
「アルノ―シカ……? なんであんな奴が――!」
絶叫にも似た声を上げるアイリスの腕を引っ張りながら、僕は森の中を駆ける。
木の根に足を引っかけながらも全力で走り抜けていく。
頭上から、甲高い鳴き声が響いた。きっとあの『アルノ―シカ』の鳴き声だろう。
かなり近い。確実にこちらに向かって降下している……!
「アイリス! 急ぐぞ!」
「えぇ!」
もう大丈夫だと判断し、僕は彼女の手を放す。そして、一気に加速した。
追い付かれる前に森から出られれば……。
そう考えを巡らせながらも、足は必死に動かす。HIの造られた身体が、熱を帯びていくのを感じる。
「ミナトっ!」
後ろからアイリスが僕の名前を呼んだ――とそう認知した瞬間にはもう、僕の体は彼女に引っ張られて急停止していた。
直後。
僕が走り抜けるはずだった場所に、紫がかった炎が渦巻いた。
直接当たってはいないのに、肌がびりびりと震え、まるで表面を焦がされているような感覚が襲う。
この攻撃――!
見覚えがある炎。この、意思を持ったかのような揺らめき、妖しさを帯びた紫色。忘れるはずがない。
やはりこの『アルノ―シカ』とも、GoSで僕は戦っている。
その炎が迸ったその一帯は、一瞬にして焼け野原となった。木は灰と化し、ほとんどが倒れてしまっている。
森の中に突如発現した黒色の空間。そこに『アルノ―シカ』はまるで天使が下界へ降り立つがごとく、神々しさをまとって降り立った。
『ミナトちゃん、アリスちゃん! 大体そちらの状況は把握してる! そいつには勝てない! 早く逃げて!』
腕のメニューからルカの声が響いた。
そんな簡単に、逃げれれば苦労しないよ……。
内心でそう返しつつ、僕は正面の『アルノ―シカ』を見つめる。
西洋の竜のようなフォルムに、全身金色の鱗をまとう体躯。
その双翼の縁は短い棘がずらりと並んでおり、その美しささえを感じさせる見た目に、残酷さを加えていた。
あの炎のように紫色の双眸に、鋭い鉤爪。
その姿は自然界に生きている者とは到底信じがたいほど、神秘性に満ちていた。
「ミナト、どうせこいつもGoSにいたんでしょ?」
「うん。主な攻撃はあの炎と急降下からの引っ掻き。あと、離れたところには翼の棘を飛ばして攻撃してくる」
「全射程に対して攻撃手段を持ってる、ってわけね」
苦笑いしながらアイリスは背の双銃剣を抜き取る。
それに合わせて、僕も腰のナイフを抜き去った。
「一発、攻撃を入れたら少しだけど隙ができるはず。その間に逃げよう」
「わかったわ」
彼女の頷きを合図に、僕たちは『アルノ―シカ』へ左右に分かれながら近づいていく。
普通ならこの森という地形を生かすべきなのだろうが、たぶんこんな細い木などあのエネミーの行動を阻害するには至らないだろう。
「流れ弾に当たらないでよ!」
左側面に回り込んだアイリスが両手の武器をガンモードに変形させ、銃弾をばら撒く。
『アルノ―シカ』を挟んでとはいえ、その射線上にいる僕にはなんの気遣いもないようだ。
……まぁ、この程度の弾掠りもしないのだが。
回り込んでくる僕たちを察知し、『アルノ―シカ』は回転しながら炎を吐き、周りをさらに焼き払った。
それをギリギリのところで僕は回避。そこら中に延焼した炎を潜り抜けて、一気に目標との距離を詰める。
あの世界では、こう一気に距離を詰めれば――
「アイリス、今だ!」
向かってくる僕から離れるように、『アルノ―シカ』は翼をはためかせ移動した。しかし、そちらはアイリスがいる方向。
「はあっ!」
跳躍とともにアイリスは剣を振りかざし、勢いよく振りぬく。
その太刀筋はうまく腹部を切り裂くように思えたが、寸前でその爪にはじかれてしまう。
応酬として返された炎に少し当たりつつも彼女はなんとか後退した。
普通に攻撃しているだけじゃダメージは通らない。どうすれば……。
アイリスへ追撃をさせないため、僕は再び『アルノ―シカ』へ突撃する。
「だ、大丈夫か!」
ふいに届いたその声。
その方向を見遣れば、アーツと思しき人間が三名ほど森の中から顔を出していた。
あのボルグハルグの作戦の時とは違うメンツ。あの時のメンバーがアーツの中では精鋭だったはずだから、きっと彼らはそこまでの実力を持ってないはず。
「――! 馬鹿ッ、今すぐ逃げて!」
僕の叫び声がこだまする中、『アルノ―シカ』はターゲットをそのアーツたちに変えていた。
攻撃予備動作は――翼をはためかせ、棘が仄かにきらめく動き。
美しくしなる翼は虹色のような光に包まれ、その光は徐々に増大していく。
「まずいっ」
直後、『アルノ―シカ』は翼を再び大きくはためかせ、そこから無数の棘を飛ばした。
その先には、あのアーツたちが。
まるで、蝶の鱗粉のような光の粒子を棘はまき散らし高速で空間を抜ける。
気付いた時には、もう飛び出していた。
ありったけの力を込めて地面を蹴り、空気を裂いて前へ。
こちらから見るにあの三人へ刺さる可能性がある棘は4本。それさえ防げれば――!
まず先頭の一本を上から下への斬撃で下へ叩き落す。
そして、回転するようにナイフを振り切り連続で二本の棘を落とす。
そこから、手首を返し、最後の一本を切り裂――こうとしたのだが、一瞬間に合わなかった。
「……えっ……?」
痛みはない。ただ、ずきりとした衝撃が体を突き抜いた。
視線をゆっくりと下に下げる。
自分の胸の中心。そこに、あの光る棘が突き刺さっていた。
「ミナトっ!」
どこからか、アイリスの声が聞こえた。
……あ、だめだ。もう、頭がぼーっとする。
指先、足の先から順に感覚が失われていく。
地面に立つ足には力が入らなくなり、自然と崩れ落ちるように僕は倒れた。
まだ、目は見えている。
『アルノ―シカ』が空中へふわりと浮き上がり、あのアーツたちを正面に見据える。
「う、撃てっ……撃てぇっ!!」
三人のうちの一人がそう叫んだ。
その声で我に返った残りの二人。そのうち一人は背中のアサルトライフルを引き抜き、『アルノ―シカ』へ弾をばらまく。
そして、もう一人は小さく最初に後ずさり、直後、全力で後方に逃げ出した。
「か、勝てるわけねぇ! 俺は死にたくねぇ!」
逃げ出した一人。その彼に怒号を浴びせるあとの二人。
しかし、彼らはその瞬間。殺到した光の棘に全身を貫かれ、倒れこんだ。
そして、しばし静寂。
閑散とした森の中に広がる灰の土地。
そこに転がる三人と、一人の体。
『アルノ―シカ』は空中で体勢を返し、今度はアイリスに目を向けた。
彼女はまるで放心しているかのようにただ目の前の竜を見つめている。
「……ア、イリス……!」
震える喉から出たのは、そんなかすれた声だけだった。
遠目にもわかるほど彼女の脚は震えていた。
今にも折れてしまいそうなほどかくかくと震える足に彼女は手を添えてなんとか立ち続ける。
彼女の正面で宙に浮き続ける『アルノ―シカ』はゆっくりとその咢を開いた。
その口の奥に、幽かな光が宿る。
――お願い、やめてくれ。
小さかった光は少しずつ大きくなり、明らかな熱を帯び始める。
――だめなんだ。いやだ。目の前で人が消えるのは。
目の前に近づく死にも一切反応なく、アイリスはそれを見つめていた。
「ミナト、大丈夫だよ」
ふいに開かれた彼女の口。そこからこぼれるように紡がれた言葉は、とても小さく、優しかった。
やがて炎は膨れ上がり、紫色の光球が形作られていく。
そして。
「――あ」
消滅。
そこにあったアイリスの体がまるでほどけていくように消え去った。
紫色の炎と一緒に、綺麗なほど清々しく消え去った。
何の痕跡も残さず、灰とも化さず、ただ彼女は消え去った。
――嘘だ。嘘だ。嘘、だ……。
「ふざ、けるな」
感覚なんてない。力も入れれない。なぜ立てているのかわからない。
そんな状態ながらも、僕は立ち上がった。
あのまま、寝転がったまま死にゆくなどありえない。せめて。せめて最後まで、死力を尽くさなければ。
なんとか握ることのできているナイフを強く握りしめ、僕は正面の金色の竜を見遣る。
殺そうなんて思わない。だけど、あいつに少しでも、ほんの少しでいいから……苦しみを与えたい。
しかし。
一歩を踏み出そうとしたその時。はるか上空から現実世界の鳶にも似た鳴き声が聞こえた。
ゆっくりと顔を上げる。
蒼いそらと同じ色。
完全な蒼色に全身を包み、それは降りてくる。
大きな双翼をはためかせ、ゆっくり降下するその姿は見まごうことない、蒼色の竜だった。
意味の分からないこの光景だけれど、絶対的に言えることが一つある。それを僕は諦観じみた笑みとともに、独りごちた。
「一回目のゲームオーバー……か」
「アルノ―シカ……? なんであんな奴が――!」
絶叫にも似た声を上げるアイリスの腕を引っ張りながら、僕は森の中を駆ける。
木の根に足を引っかけながらも全力で走り抜けていく。
頭上から、甲高い鳴き声が響いた。きっとあの『アルノ―シカ』の鳴き声だろう。
かなり近い。確実にこちらに向かって降下している……!
「アイリス! 急ぐぞ!」
「えぇ!」
もう大丈夫だと判断し、僕は彼女の手を放す。そして、一気に加速した。
追い付かれる前に森から出られれば……。
そう考えを巡らせながらも、足は必死に動かす。HIの造られた身体が、熱を帯びていくのを感じる。
「ミナトっ!」
後ろからアイリスが僕の名前を呼んだ――とそう認知した瞬間にはもう、僕の体は彼女に引っ張られて急停止していた。
直後。
僕が走り抜けるはずだった場所に、紫がかった炎が渦巻いた。
直接当たってはいないのに、肌がびりびりと震え、まるで表面を焦がされているような感覚が襲う。
この攻撃――!
見覚えがある炎。この、意思を持ったかのような揺らめき、妖しさを帯びた紫色。忘れるはずがない。
やはりこの『アルノ―シカ』とも、GoSで僕は戦っている。
その炎が迸ったその一帯は、一瞬にして焼け野原となった。木は灰と化し、ほとんどが倒れてしまっている。
森の中に突如発現した黒色の空間。そこに『アルノ―シカ』はまるで天使が下界へ降り立つがごとく、神々しさをまとって降り立った。
『ミナトちゃん、アリスちゃん! 大体そちらの状況は把握してる! そいつには勝てない! 早く逃げて!』
腕のメニューからルカの声が響いた。
そんな簡単に、逃げれれば苦労しないよ……。
内心でそう返しつつ、僕は正面の『アルノ―シカ』を見つめる。
西洋の竜のようなフォルムに、全身金色の鱗をまとう体躯。
その双翼の縁は短い棘がずらりと並んでおり、その美しささえを感じさせる見た目に、残酷さを加えていた。
あの炎のように紫色の双眸に、鋭い鉤爪。
その姿は自然界に生きている者とは到底信じがたいほど、神秘性に満ちていた。
「ミナト、どうせこいつもGoSにいたんでしょ?」
「うん。主な攻撃はあの炎と急降下からの引っ掻き。あと、離れたところには翼の棘を飛ばして攻撃してくる」
「全射程に対して攻撃手段を持ってる、ってわけね」
苦笑いしながらアイリスは背の双銃剣を抜き取る。
それに合わせて、僕も腰のナイフを抜き去った。
「一発、攻撃を入れたら少しだけど隙ができるはず。その間に逃げよう」
「わかったわ」
彼女の頷きを合図に、僕たちは『アルノ―シカ』へ左右に分かれながら近づいていく。
普通ならこの森という地形を生かすべきなのだろうが、たぶんこんな細い木などあのエネミーの行動を阻害するには至らないだろう。
「流れ弾に当たらないでよ!」
左側面に回り込んだアイリスが両手の武器をガンモードに変形させ、銃弾をばら撒く。
『アルノ―シカ』を挟んでとはいえ、その射線上にいる僕にはなんの気遣いもないようだ。
……まぁ、この程度の弾掠りもしないのだが。
回り込んでくる僕たちを察知し、『アルノ―シカ』は回転しながら炎を吐き、周りをさらに焼き払った。
それをギリギリのところで僕は回避。そこら中に延焼した炎を潜り抜けて、一気に目標との距離を詰める。
あの世界では、こう一気に距離を詰めれば――
「アイリス、今だ!」
向かってくる僕から離れるように、『アルノ―シカ』は翼をはためかせ移動した。しかし、そちらはアイリスがいる方向。
「はあっ!」
跳躍とともにアイリスは剣を振りかざし、勢いよく振りぬく。
その太刀筋はうまく腹部を切り裂くように思えたが、寸前でその爪にはじかれてしまう。
応酬として返された炎に少し当たりつつも彼女はなんとか後退した。
普通に攻撃しているだけじゃダメージは通らない。どうすれば……。
アイリスへ追撃をさせないため、僕は再び『アルノ―シカ』へ突撃する。
「だ、大丈夫か!」
ふいに届いたその声。
その方向を見遣れば、アーツと思しき人間が三名ほど森の中から顔を出していた。
あのボルグハルグの作戦の時とは違うメンツ。あの時のメンバーがアーツの中では精鋭だったはずだから、きっと彼らはそこまでの実力を持ってないはず。
「――! 馬鹿ッ、今すぐ逃げて!」
僕の叫び声がこだまする中、『アルノ―シカ』はターゲットをそのアーツたちに変えていた。
攻撃予備動作は――翼をはためかせ、棘が仄かにきらめく動き。
美しくしなる翼は虹色のような光に包まれ、その光は徐々に増大していく。
「まずいっ」
直後、『アルノ―シカ』は翼を再び大きくはためかせ、そこから無数の棘を飛ばした。
その先には、あのアーツたちが。
まるで、蝶の鱗粉のような光の粒子を棘はまき散らし高速で空間を抜ける。
気付いた時には、もう飛び出していた。
ありったけの力を込めて地面を蹴り、空気を裂いて前へ。
こちらから見るにあの三人へ刺さる可能性がある棘は4本。それさえ防げれば――!
まず先頭の一本を上から下への斬撃で下へ叩き落す。
そして、回転するようにナイフを振り切り連続で二本の棘を落とす。
そこから、手首を返し、最後の一本を切り裂――こうとしたのだが、一瞬間に合わなかった。
「……えっ……?」
痛みはない。ただ、ずきりとした衝撃が体を突き抜いた。
視線をゆっくりと下に下げる。
自分の胸の中心。そこに、あの光る棘が突き刺さっていた。
「ミナトっ!」
どこからか、アイリスの声が聞こえた。
……あ、だめだ。もう、頭がぼーっとする。
指先、足の先から順に感覚が失われていく。
地面に立つ足には力が入らなくなり、自然と崩れ落ちるように僕は倒れた。
まだ、目は見えている。
『アルノ―シカ』が空中へふわりと浮き上がり、あのアーツたちを正面に見据える。
「う、撃てっ……撃てぇっ!!」
三人のうちの一人がそう叫んだ。
その声で我に返った残りの二人。そのうち一人は背中のアサルトライフルを引き抜き、『アルノ―シカ』へ弾をばらまく。
そして、もう一人は小さく最初に後ずさり、直後、全力で後方に逃げ出した。
「か、勝てるわけねぇ! 俺は死にたくねぇ!」
逃げ出した一人。その彼に怒号を浴びせるあとの二人。
しかし、彼らはその瞬間。殺到した光の棘に全身を貫かれ、倒れこんだ。
そして、しばし静寂。
閑散とした森の中に広がる灰の土地。
そこに転がる三人と、一人の体。
『アルノ―シカ』は空中で体勢を返し、今度はアイリスに目を向けた。
彼女はまるで放心しているかのようにただ目の前の竜を見つめている。
「……ア、イリス……!」
震える喉から出たのは、そんなかすれた声だけだった。
遠目にもわかるほど彼女の脚は震えていた。
今にも折れてしまいそうなほどかくかくと震える足に彼女は手を添えてなんとか立ち続ける。
彼女の正面で宙に浮き続ける『アルノ―シカ』はゆっくりとその咢を開いた。
その口の奥に、幽かな光が宿る。
――お願い、やめてくれ。
小さかった光は少しずつ大きくなり、明らかな熱を帯び始める。
――だめなんだ。いやだ。目の前で人が消えるのは。
目の前に近づく死にも一切反応なく、アイリスはそれを見つめていた。
「ミナト、大丈夫だよ」
ふいに開かれた彼女の口。そこからこぼれるように紡がれた言葉は、とても小さく、優しかった。
やがて炎は膨れ上がり、紫色の光球が形作られていく。
そして。
「――あ」
消滅。
そこにあったアイリスの体がまるでほどけていくように消え去った。
紫色の炎と一緒に、綺麗なほど清々しく消え去った。
何の痕跡も残さず、灰とも化さず、ただ彼女は消え去った。
――嘘だ。嘘だ。嘘、だ……。
「ふざ、けるな」
感覚なんてない。力も入れれない。なぜ立てているのかわからない。
そんな状態ながらも、僕は立ち上がった。
あのまま、寝転がったまま死にゆくなどありえない。せめて。せめて最後まで、死力を尽くさなければ。
なんとか握ることのできているナイフを強く握りしめ、僕は正面の金色の竜を見遣る。
殺そうなんて思わない。だけど、あいつに少しでも、ほんの少しでいいから……苦しみを与えたい。
しかし。
一歩を踏み出そうとしたその時。はるか上空から現実世界の鳶にも似た鳴き声が聞こえた。
ゆっくりと顔を上げる。
蒼いそらと同じ色。
完全な蒼色に全身を包み、それは降りてくる。
大きな双翼をはためかせ、ゆっくり降下するその姿は見まごうことない、蒼色の竜だった。
意味の分からないこの光景だけれど、絶対的に言えることが一つある。それを僕は諦観じみた笑みとともに、独りごちた。
「一回目のゲームオーバー……か」
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