ネトゲ廃人、異世界攻略はじめました。

陽本奏多

04 USの騎士

「……もしかして……あの、アイリスさん……?」

「質問に質問を返すなんて……日本人は礼儀がいいんじゃなかったの? 呆れるわ」

 思わず口をついた僕の言葉に、彼女は髪を払いながらそう答える。怒り……とまではいかないが、苛立ちを感じさせるその声音に、僕は背筋をこわばらせた。

「もう一度訊くわ。あなたがJPサーバーの王なの?」

 彼女の言う、JPサーバーというのは、おそらくJapanサーバーのこと。そして、それはたぶんGoSの中の話……。
 僕は少しぎこちなく首を縦に振った。

「本当にこんなもやしみたいなのがJPサーバーで優勝したわけ? ミケ?」

「はい。彼はれっきとしたJPサーバーの王者です。アイリス」

 いつの間にかこちらに歩み寄っていたミケが、その金髪の少女の問いに答えた。

「マスター、紹介します。彼女はUSサーバーの王、アイリス。デュアルウェポンを使って、あのGoSの頂点を取った天才です」

「紹介の通り、あたしはGoS、USサーバートーナメントで一位を取ったアイリスよ。よろしく」

 ミケの天才、という言葉を否定などせず、むしろ誇るような態度で彼女は自己紹介する。
 しかし、僕の頭の中を回っていたのは、その彼女の自己紹介ではなく、ミケの言った『デュアルウェポン』という言葉だった。

「デュアルウェポンって……あの……『最強の出来損ない』じゃ……?」

 うろたえるように、僕はそう言葉を紡ぐ。

 GoS内で、ある特定の条件を満たした者のみアンロックされるエクストラウェポン。その最上位に位置するのが、このデュアルウェポンだった。
 DPS――秒間火力――はGoSの中でトップクラス。加えて、ブレードモードとガンモードという二種類のモードを持ち、汎用性まで兼ね備えている。しかし、両手の武器を同時に使いこなすという芸当を仮想世界の中で行うのは難しすぎたのだ。
 たとえそれのアンロックに至ったトッププレイヤーたちでも、使いこなすのは不可能で、それは次第に『最強の出来損ない』と呼ばれるようになっていった……。

 だが、僕の言葉をアイリスと呼ばれた少女は笑った。

「そんなの、これを扱いきれないのnoobの負け惜しみでしょ? あたしは、この武器でアメリカの王となった。それが、この武器がいかに強いかという証明よ」

 誇らしげにその双剣を腰のさやに収める彼女。ちなみに、noobというのは初心者などを蔑む呼び方だ。
 そんな彼女に僕はもう一つ問いを重ねる。

「もしかしてだけど……あの、アイリスさん、ですよね?」

「えぇ。もしかしなくとも、そうよ」

「うわぁ……!」

 『最強の出来損ない』と呼ばれていたそのデュアルウェポン。だが、USサーバーにたった一人だけ、それを扱える天才がいた。
 ユーザーネーム、アイリス。双の銃剣を携え、戦場に舞う金色の天使。
 この文言を聞いたことのないGoSプレイヤーはきっといない。そのくらい、有名なプレイヤー。

 そんな彼女本人が、今僕の前に立っている……!
 僕は思わず、彼女の手を両手で握っていた。

「なっ――」

「あ、アイリスさん! ずっと憧れでした! あのステップでも踏んでいるように美しい立ち回りと、正確無比な斬撃、銃撃……。それに、余裕ぶっていながらも試合にはいつも真剣で、どんな相手だって全力でかかるその姿勢……。いつも、あなたの試合だけは見ていました!」

「……何言ってるの。手を放しなさい」

 とめどなくあふれてくる感情を次々に言葉にする僕。それに彼女は冷たい声を返すと、勢いよく僕の手を払った。
 その時、やっと僕は自分がした行動の間抜けさを自覚する。

「あっ……すみません 手、なんか握っちゃって」

 すぐさま一歩後退し、角度が直角になるような礼をする。
 ……てっきり、何発か殴られる程度のことはされるかと思っていたのだが、いつまでたっても僕にその手の衝撃は加わらなかった。
 耐えかね、ちらとアイリス――いや、アイリスさんをうかがう。

「べ、別にいいわよ……。えっと、あなたは、その……あたしの、ファン、とかそういうのなの?」

「大ファンです!」

 ノータイムだった。
 腕を組んで、視線を横に流しながら僕に尋ねたアイリスさん。僕は彼女の問いに、ノータイムで即答した。
 ノータイムと即答、という言葉は意味がかぶっているかもしれないが、そのくらいの表現をしないと伝わらないほど、僕は瞬時に彼女の問いに答えた。

「そ、そう……まぁいいわ。あなたみたいなnoobがあたしのファンであること、許してあげる」

「ありがとうございますっ!」

 何に対しての感謝なのか自分でもわからなかったが、僕は半無意識にそう答えていた。
 しかし、直後、アイリスさんは怪訝なものを見るような表情になる。

「でも……ミケ。どうしてこの人にはナイフだけしかあげなかったの? あたしみたいに、普段使ってるメインウェポンを渡してたなら、ルースなんて敵じゃなかったんじゃない?」

 彼女はミケに対して、そんな言葉を向けた。それにミケは、静かに首を横に振る。

「アイリス。あなたは勘違いをしています。そのナイフ。それこそが、このJPトッププレイヤー、ミナトのメインウェポン。彼は、このコンバットナイフのみで、サーバーのトップを取ったのです」

 その返答に、彼女はそんなのありえない、とばかりに目を見開いた。

「え……ナイ、フ? そんなのおまけみたいな武器じゃないの……? 大体、銃弾が飛び交うゲームでそんなリーチの短い近接武器なんて……」

 敵に届きっこない。そう言外に付け加えて考えこむようなしぐさを取る。

「……あの、アイリスさん……?」

「なるほどね」

「え?」

 突然に口を閉じたアイリスさんに声をかけた僕。しかし彼女は僕の目を見て、口元をにやりと吊り上げた。

「彼が、日本の切り札ってわけね、ミケ」

「えぇ。仮想世界最高のスペックを持つ、マスターミナト。彼こそが、このシャヘル攻略のカギとなるでしょう」

 直立不動を保っていたミケだったが、突然向けられたアイリスさんの問いかけにもすんなりとそう応じた。
 でも……僕が、切り札なんて……。

 ルースに襲われた時とは別種の恐怖。本能的なものではなく、人間としての社会的な怖いという感情。それがアイリスさん、ミケの言葉を聞いた僕に渦巻いていた。

「ん? なに今から緊張しちゃってるの」

「いいや、そんな期待されるのなんて初めてで」

 その言葉を口に出してから、僕ははっとする。なんというか、その言葉が相手にどう取られるか心配だった。
 しかし。

浅水あさみず みなと。大企業浅水グループの次男として生まれる」

 突然、アイリスさんがそう言葉を紡ぎだした。浅水湊というのは、僕の現実世界の本名……。

「長女、長男に次ぐ第三子として浅水家で時を過ごすうちに、ほかの兄弟と比べ、勉強、運動、芸術、社交性。あらゆる点で劣っていることが判明。それにしたがい、家族、親戚、知人などから虐げられてきた。そのストレスからか、高校に入学したものの一度も登校せず、ゲームばかりをして日々を過ごす――」

「やめてくれ」

 まるで、自分の声ではないようだった。
 喉の奥から絞り出されるように発した、恐ろしく低い声。
 その声に、アイリスさんは言葉を切る。

「あ……すみません……」

「謝らないで。悪いのはあたし。勝手に、あなたの素性まで調べたりなんかして」

 彼女は、僕に向かって頭を下げた。

「マスター。あなたの事情は私も知っています。シャヘルへ本当に招いていい人間なのか確かめるために調べさせてもらいました」

「そう、なのか……」

 俯くミケに、僕はなんと声をかけてよいものかわからずただつぶやく。

 ……あぁ、いやな思い出だ。

 僕の家は、ある程度名の知れた、いわゆる名家、と呼ばれる家だった。ある程度、財力もあったし、家だってものすごく広い。
 お父様は小さな財団を一代で日本最大級のものまで育てた天才。お母様は世界的に名の知れた芸術家。
 さらに、僕の姉は誰だって名前ぐらいは知っている超一流大学へ留学し研究を行っている。兄は鬼才、と世間に呼ばれるほどの技術をもつ芸術家だ。
 それなのに……そのあとに次いで生まれた僕には、何もなかった。

 別段、優れた才能はなく、全てはひたすらに平凡。
 優秀な姉と兄に笑われ、両親には常にいないものとして扱われ、使用人たちには暴力まで受けることもあった。

 そんな、状況下で、僕を救ってくれたのが、あのGoSという作り物の世界――。

 そこまで話し、僕は最後に付け加える。

「僕、ミケにここがどこか、どんな状況かをさっき少し聞かせられた時、信じられない、っていう気持ちより、やった、っていう気持ちが強かったんです。ゲームの中に逃げ込むなんて方法ではなく、あの家から逃げ出せる方法ができたって。だから――、えっと、なんだろう。……こんな、どこかもわからない星だって、あんな家よりましだ、なんて思ったり……」

 心の中からあふれてくるものをすべて言葉にしまったせいで何をしゃべっているのかわからなくなってしまった。
 だけど、それでも彼女たちは黙ってその話を聞いてくれていた。

「……なら、ここで生きていきましょう。家が嫌なら、ここで生きていけばいいのです」

「そうね。歓迎するわ、ミナト」

 一人はただ無表情に、一人は少しの微笑みをたたえてそう言った。

「ごめんなさい、長話をしてしまいました。ミケ、アイリスさん」

「気にしないで。あと、あたしのことは呼び捨てで呼びなさい。あと、敬語も禁止」

「わかり……、わかった、アイリス」

 その僕の言葉に、うむと頷くアイリス。

「でも、とりあえずはフロントまでミナトを連れて行かないとね」

「そうですね。エレベーターまで急ぎましょう」

「エレ、ベーター?」

 エレベーター。確かにミケはそう言った。しかし、こんな未開の惑星にエレベーターなんてあるはずがない。

「行けばわかるわ。さ、急ぎましょう」

 そうして、遥かな惑星での僕の冒険は幕を開けた。

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