ネトゲ廃人、異世界攻略はじめました。

陽本奏多

05 フロント

「エレベーターだ……」

「ね、言ったでしょ?」

 得意げに胸を張るアイリス。その目の前にあるのは、地面から突き出た銀色の円筒だった。その片面はぽっかりと穴が開いており、その中に入れるようになっている。

「さ、乗って。あたしたちの基地へ招待するわ」

 そう言う彼女に続いて僕とミケはその中へ。アイリスが中の電子板を何やら操作すると開いていた扉が閉じられ、急に体が浮くような感覚に包まれる。

「これは……?」

「私たちの探索基地、『フロント』へ続くエレベーターです」

「そんなものが地下に?」

「そうよ。考えてもみて。凶暴な原生生物が闊歩する地上に基地なんて作れると思う?」

「なるほど……」

 そうこう言っている間に、エレベーターは目的地へ到達したらしい。ぐっと、体が地面に押し込まれるような感覚が襲う。

 しかし……結構な距離を下っていたようだけど、そのフロントというのは一体どんな場所なのだろう。その僕の問いに答えるように、エレベーターの扉が開いた。

 ……さて問題。扉を開いた僕には何かが襲い掛かりました。それはいったい何でしょう。

 ①先ほど僕たちを襲った、あのルース。
 ②人間が突然変異した、ゾンビのような化け物。
 ③フロントの人びとが撃った、数々の銃弾。

 ……さて、正解は。

「フロントへ、いらっしゃーい!!」

 正解は、④の『女の子がうった、クラッカーから出た紙吹雪』でした。

「……え?」

「あははは! ミナトちゃんびっくりしてるー! ねぇねぇ、アリスちゃんもびっくりした?」

「あたしの名前はアイリスです。あと、司令官なんでしょ? もうちょっとそれらしく振舞ったらどうなの?」

 エレベーターの開いた先、そこにいたのは、きゃっきゃとはしゃぐ一人の少女だった。
 二つに分けた長く、明るい色の髪を揺らしながら笑う姿に緊張感など一切なく、ここが地球ではないことなんて忘れてしまいそうになる。
 そこまで長身でもないが、小柄とも言えないその体にはなぜか教科書に出てくる戦時中のような軍服をまとっていた。

「なにそれー! ルカわかんなーい!」

「いい加減に、しろ」

 ゴツン。
 そんな音が聞こえてきそうなげんこつが、ルカ、と自ら名乗った彼女の頭にさく裂した。

「あいたたたー……むぅ、アリスちゃんひどい……っと、まぁいいや!」

 打たれた頭を押さえていた彼女だったが、一瞬でけろっと回復。そして、僕のほうに体を向けた。

「初めまして! JPサーバーのミナトちゃん! ルカは、この星、シャヘル探索隊の司令官とかやってる者……なのかな?」

「なぜそこに自信が持てないの……? もういい、あたしから紹介するわ。この人はルカ。本人の言う通り、シャヘル捜索隊の司令官で、ここフロントの最高管理人でもある。こんな感じだけど、かなり偉い人よ」

「はぁ……」

 どうにもその肩書きが本人と一致せず、僕はそんな生返事をしてしまう。というか、この人僕のことをちゃん付けで呼んだんだけど……。
 しかし、偉い人だそうなので、とりあえず挨拶はしておくべきだろう。

「えっと、ご存知かと思いますがミナト、といいます。よろしくお願いします、ルカ……さん」

 なんと敬称をつけてよいものかわからず、ルカさんなんて呼んでしまった……。
 下げた頭のまま、僕はちらと彼女を見やる。

「ルカ……さん……。……なにそれ、変な感じ。ルカのことは、ルカって呼んでいいよ!」

「え、や、……はい」

 ということで、司令官殿も呼び捨てで呼ぶことが決定してしまった。しょうがないのでそう呼ぶしかないか……。
 そう内心で独り言ちていると、ルカは「さてっ」と前置き、話し始めた。

「改めて、フロントへようこそ、ミナトちゃん。じゃあ、軽く説明したいんだけど……場所を変えようか。ついてきて」

 そのルカに黙って僕たちはついていく。ここでやっと、僕はこのフロントの大きさに気づいた。

 その天井は、きっとビルぐらいすっぽり入るのではないかというほど高い。形としては、半球状、ドームのような形で、僕たちはそのドームの端へ降り立ったようだった。

「このフロントは直径約1キロの円ほどの面積があるよ。そこに、大体200人ほどが生活してるの」

「ちょっと待って。そんなにも人が……?」

「うん。アーツ、って呼ばれる探索をする人たちが、80人ぐらい。スミスって呼ばれる技術系の人たちが100人ほど。あの残りは、ルカみたいな指令室の人たちだね」

 どうやら僕たちはフロントの中央方面へ向かっているようで、少しずつ人とすれ違う頻度が上がってくる。
 その度、ルカは「お疲れ様です!」と声をかけられ、「うむ、お勤めご苦労!」と敬礼していた。……なんで司令官だけ敬礼するのかという疑問は置いておこう。

 それからしばし歩き、工業区、といった風のストリートへ差し掛かる。
 道端には様々な機械が置いてあり、それを技術者らしい人たちがいろいろとやっていた。多分、この星を探索するための道具か何かだろう。……ロボ系のゲームは不得手なのです。

 そんな道を抜けて、僕たちが到着したのは、ひときわ大きな建物だった。
 ほかの建物とは少し違うその建物は一段分高い位置に作られており、そこに入る扉までの階段が妙に威圧感がある。

「ここは、ルカ達の指令室がある建物だよ。ミケちゃんやアリスちゃんもここに住んでるね。とりあえず、この中で話そうか」

 ルカに続いて僕たちもその建物の中へ。「だからアイリスだって……」というつぶやきを微かに聞きつつ、彼女に導かれるまま進んでいき、一つの部屋へ入る。
 そこには大きな机が中央に置かれ、その周りに椅子がたくさん置かれていた。会議室、いや、ミーティングルームといった部屋だろうか。

「さて、座って。んー、じゃあ何から話そうか」

「えっと、さっそく質問いいですか?」

「うむ、認めよう!」

 頷くルカにありがとうございます、と感謝を述べて、質問をする。

「この星の開拓は、どれほど進んでいるのですか?」

「いきなりな質問だね。でも、正直に答えよう。探索は、全く進んでいない」

「……え?」

 ルカの言葉に、僕は衝撃を受けた。だって、ミケから聞いた僕の使命は、この星の大陸一つを人が住めるようにすること、だったはずだ。それなのに、まだ全く探索も進んでいないなんて……。
 そこで、僕は疑問を再び持つ。

「じゃあ、このフロントは? 探索もまともに進んでいないのに、基地はこんなに立派なんておかしいですよ」

「よく気付いたね。やっぱりミナトちゃんは頭の回転がはやいなぁ。えっとね、このフロントは、ルカ達が作ったんじゃないんだよ。ルカ達がシャヘルに来てからはまだ、一か月しか経ってないよ」

「じゃあ、だれが……?」

 一か月程度でここまで大きな基地を作れるはずもない。それも踏まえて、僕はルカに問う。

「10年前。人類は、このシャヘルへ探索に来たんだよ。突然開いた、ゲートを通ってね」

「ゲート?」

「うん、そう。このシャヘルとつながった一つのゲートが地球に現れたの。そこで、国連の指揮の下、人類は探索隊を編成。このシャヘルへ旅立ち、その拠点としてこのフロントを造った……」

「なるほど……」

「でもね、ここからが謎なんだよ。10年前の探索隊が旅立った直後、ゲートは閉じてしまったんだ。その影響で、通信や、データのやり取りはできたんだけど、物資の補給、人員の拡充は不可能になった。そして、探索の2年目。今から8年前に……探索隊は全滅した」

「全滅……!?」

 急に下がった声のトーン。その最後に言われた全滅という言葉は、恐ろしいくらい重かった。

「うん。その原因は不明。で、その後、そのままゲートのことは忘れ去られていったんだけど、一か月前、そのゲートが再び開いた」

「そして、そのゲートから……」

「うん。ルカたちはこのシャヘルへやってきた。とりあえず、今までの状況説明はこんなところかな」

 彼女はにこりと小さく微笑んで話を一度切った。その微笑みに少しの影が入っていたのは、司令官として探索の進捗が思わしくないからだろうか。

「じゃあ、ここからはあたしが。HIについて説明するわ」

「うん、よろしくお願――じゃなくて、よろしく」

 お願いします、と丁寧語を使おうとした僕をアイリスがものすごい目でにらんできたので僕はため口へ瞬時に切り替える。
 それを聞いた後、アイリスは真剣な表情になり説明を始めた。

「まず最初に。ミナトの体、というか、ここにいる四人と、数少ない探索員、アーツの体はHI、ヒューマノイドインターフェイスという人工の体だってことは説明したのよね、ミケ?」

「えぇ。司令の出した命令の通り、少々手荒な真似をマスターにしてしまいましたが」

 その言葉を聞いて、僕はルカをジト目で見つめる。ミケが僕をいきなり刺したのは目の前の司令、ルカの命令だったわけだ。それに彼女はバツが悪い表情で、「あれが一番確実に信じてもらえると思って……。ごめんね?」と僕に微笑みかけてきた。……この人、かわいらしい見た目をしているが、もしかしたら中身は相当なつわものかもしれない。

「はいはい、そこらへんの事情は置いておくとして、ミナト、あんたはHIについてどこまで聞いた?」

「え……操作がかなり難しいロボットだ、ってことぐらいかな」

「まぁ、そうね。究極的にかみ砕けばそうなる。だけど、このHIはただのロボットなんかじゃない。これを見て」

 アイリスはそう言うと机の上をぽんぽんと指で叩いた。すると、そこから人の形をしたホログラムが表示される。

「これは、HIの構造図。説明用にはミナトのを使わせてもらうけどいいわよね? えっと、このHIが普通のアンドロイドやロボットと決定的に異なる点、何かわかる?」

 そう問いかけられて、僕は表示されたホログラムを観察する。現実世界と変わらない、小柄な自分の体に少々うんざりしつつ、詳しく見る。
 だけど、おかしいところなんてどこにもない。普通の、人間の人体模型と変わらないじゃないか。……普通の、人間……?

「わかった。この体、内臓がある」

「正解。このHIにはね、臓器があるの。完全に人間と同じではないけど、消化、呼吸に関する器官はほとんど人間と変わらないわ」

「それは、どういう……?」

「つまりね、この体はロボットでありながら、呼吸も食事も必要とするの。すなわち、この体は電気などではなく、人間と同じような燃焼によってエネルギーを得ているわけ。結局のところ、完全に突き詰めていったら自然界の英知には勝てないのね。このHIの動力源としてはこれがもっとも効率が良かったの」

 そうアイリスが説明している間、机の中のホログラムは食事をとり、呼吸をして、エネルギーを作り出すという営みを実演していた。

「だから、このHIの体においても食事はとても大事なの。食欲はある程度コントロールできるけれど、しっかり栄養は摂らないとだめよ?」

「うん、わかった」

「なーんか、旦那の体調を気にする奥さんみたいだね、アイリス♪」

「……は?」

 説明にちゃちゃを入れたルカを、アイリスはサバンナの猛獣もかくやといった目つきでにらむ。あの目でにらまれたら速攻で土下座する自信があります。

「さて、ミナト。次はゲーマー大好き、レベリングについてレクチャーしてあげる」

 続いて、アイリスの口から出たのは、僕にとってなじみの深いその単語だった。



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