ネトゲ廃人、異世界攻略はじめました。

陽本奏多

10 作戦開始

「じゃあ、ブリーフィングを始めよう!」

 ぴんと張りつめた空気の中、緊張感ゼロのその声が指令室に響いた。

 シャヘルに僕が降り立って二日目の朝。目が覚めた僕が身支度をある程度整えるや否や、見計らったようにミケが部屋へ入ってきた。その彼女に連れられて指令室まで下りてきてみれば、ルカとアイリスに加え、何人かの知らない人がその部屋に集まっていた。

「さて、まずはミナトちゃんに自己紹介をしてもらおうか」

「え、僕ですか?」

 回想をしている途中、ふいに声をかけられ思わず声が裏返る。加えて向けられる多くの視線に僕は思わずたじろいだ。
 たぶん、この初めて見る人たちはアイリスやルカが言っていたアーツというシャヘルを探索する人たちなのだろう。きっと今後、協力していかなければいけない相手なのだろうから、しっかり挨拶はしておく。

「えっと……ミナト、といいます。昨日、このシャヘルに来ました。よろしくお願いします」

 途切れ途切れになってしまったが、なんとか自己紹介を終え、まばらな拍手をいただく。
 そして頃合いを見計らって、一人の男の人がこちらに歩み寄ってきた。

「アーツ第一部隊隊長、クラノです。よろしくお願いします」

 自然に手を差し出すクラノさん。その手を慌ててとり、僕は彼と握手を交わす。
 多分、年齢は20代中盤だろう。好青年、という言葉がまだ似合うさわやかな笑顔に、長身で程よく筋肉の付いた身体。整えられた黒髪や、身なりは、清潔感がただよっている。
 なんだろう。エリートとか、キャリアとか呼ばれる人たちって、こんな人なんだろうな、と僕は一人思った。

「さっそくだけどミナトちゃん。今回は、このアーツ第一部隊のみんなと作戦を行ってもらうよ。ここにきてまだ二日目だし、最初は見学、って感じだろうとは思うけど」

「作戦――ですか」

「うん。じゃあ、ミケちゃん説明お願い」

 そう話を振られて、机の端に座っていたミケが立ち上がる。そして、机の上に今僕たちがいるのであろう半島の全容を表示させた。

「はい。今回の作戦の目的は明快です。それは、この半島を出て、大陸本土のポイントをアクティベートすること。――マスターに説明すると、ポイントとはエレベーターを使って地上に出ることができる、あの円筒のことです」

「ゲーム的に言うなら、ワープポイントね」

 ミケの説明にアイリスが一言付け加える。ゲームに例えてもらえるととてもわかりやすい。

「ここ、フロントは半島のちょうど中心あたりに位置しており、いま現在アクティベートしているポイントはここから北に10キロメートル離れた地点です。大陸のポイントは、そのポイントから北西に2キロほど行った場所になります」

 なんだ、2キロ先ほどなら楽勝じゃないか。
 そう口を開きかけるが、周りの人の反応は到底僕と同じことを思っているようには見えなかった。

「2キロか……かなりあるな」

「あぁ。エネミーの密度は大陸に近いほど高いからな……。なかなか厳しいかもしれない」

 先ほどクラノ、と名乗った男が隣に立つアーツのメンバーと言葉を交わしていた。
 確かに、よく考えればそうだ。昨日、僕が行ったあの渓谷も、メニューのマップ上では大した距離ではなかった。しかし、エネミーを避けながら進むというのはかなり時間がかかるものなので、到達するまでに多くの時間を要してしまった。

「みんな、わかってるとは思うけど、あくまで安全を最優先にね。極力戦闘は避けて、戦うときはできるだけ早く仕留める。それだけは本当に気を付けて」

 その言葉に皆は一様に頷く。そして、ミケの「では出発します」という言葉を皮切りに僕たちは移動を始めた。


***


 フロントのエレベーターには二種類ある。
 一つは、フロントの外周にちらほらと設置された、純粋に上へ上るエレベーター。これは、フロント付近の地上の点検や安全確認に使うそうだ。また、僕が昨日利用したエレベーターはこれだ。

 そして、もう一つ。それは、このシャヘル各地にあるというポイントまで乗った者を運ぶエレベーターだ。その入り口はフロントに一か所あり、そこからすべてのポイントへ移動することができるそうだ。上記のエレベーターと区別して、メインエレベーターと呼んだりもするらしい。

 そして、僕たちはそのエレベーターへいま乗り込んだ。
 今回の作戦に参加するのはアーツの10名と、僕、アイリス、ミケの計13名だ。そんな大人数でも、メインエレベーターは余裕をもって乗ることができた。

 電子音が鳴るのと同時に扉が閉まり、上昇を開始する。その後、停止し、今度は横移動。そのまましばし待っているとまた停止し、上昇し始めた。
 なるほど、エレベーターなのに様々な場所へ移動できるのはなぜかと疑問を抱いていたが、スライドするようにこれは横移動し、目的地まで乗客を運ぶようだ。

 開かれた扉の先、そこに広がっていたのはやはり壮大な草原だった。
 順々に降りていき、アーツの面々が先頭、僕、アイリス、ミケが後ろという隊列が組まれる。

「それでは、北西に向かって移動する! 各自、周囲の警戒は怠らずに進むように!」

 先頭のクラノの声が響き、アーツの面々が大きく返事をする。それに気圧され、僕が返事をすることはかなわなかった。

 草原の中を歩き始める。周囲の警戒、と言われたものの、今現在歩いているのはほとんどまっさらな草原で、周囲には小さな丘ぐらいしか遮蔽物がない。このあたりはまだ安全だろう、と僕は隣のミケに目を向ける。

 彼女は、メニューに何やらホログラムを表示させ、まじまじと見つめていた。

「何を見てるの?」

「エネミーの一覧です。この地域に出現するエネミーについて再確認をしていました」

 そのミケのメニューには、昨日、戦ったルースがホログラムで立体表示されていた。色はついていないものの、シルエットだけでそれがルースだということはすぐにわかる。
 瞬間。頭の中に何か引っかかったような感じがした。

「あれ……ルースを僕はどこかで……」

「どうかしましたか?」

「いや、このシャヘルに来る前、このルースを見たことがあるような気がしたんだ」

 ミケにそう言って再びそのシルエットを凝視する。見れば見るほどその感じは確かなものになっていった。
 しかし、最後の最後。その部分にだけ靄がかかったように思い出せない。

「……大丈夫ですか?」

「ん? ……あ、うん、大丈夫。ところで、そのエネミーの情報はどうしてそんなにいっぱいあるの? 一か月で到底集められそうにはないけど……」

 メニューを覗き込んだまま静止する僕に、ミケは声をかけてきた。それを誤魔化すように、僕は一つ質問をぶつける。
 表示されたルースのほかにも、画面の端には多くのエネミーの名前が並んでいた。それら一つ一つに、きっと詳細なデータが記録されているのだろう。

「それは、あのフロントが存在する理由と同じですよ。このデータは10年前に記録されたものです。地形のデータなどは残っていなかったのにも関わらず、このエネミーのデータだけは存在したのです」

「それはそれでおかしい話だね……なぜエネミーのデータだけ……」

 ほかのデータは消えているのに、エネミーのデータだけは残っている。これは、どうとらえるべきなのだろう。ただの偶然か、もしくは、このデータが重要だった……?

 そこまで僕が思考を巡らせた時、先頭のクラノが大声で吼えた。

「総員、戦闘配置! 左前方の丘陵地にエネミーが数体隠れている!」

 その声に応じて、アーツ隊員たちが背中に背負ったアサルトライフルを一糸乱れぬ動作で腰だめに構えた。
 直後。
 予想以上に低い銃声が草原へ鳴り響き、丘の上へ数えきれないほどの銃弾がばら撒かれる。そこへひょいと姿を出した極端に足の細い馬、といった風貌のエネミーはたちまち風穴だらけになった。

「すごい……」

 生きているエネミーを僕が目視できたのは一秒にも満たなかった。あのエネミーが特段弱いというわけでもないだろうし、やはり、本職のアーツはレベルが違うということか……。
 討伐を完了したアーツの方へ再び目を向ける。彼らは10人が10人、全く同じ重火器を手にしている。攻撃前にも確認した事実ではあるが、僕は少し不安を感じた。
 この装備編成ではエネミーに急速に近づかれたとき、反応することはできない。しかも、隊列の中にエネミーが入り込んだ場合、誤射の危険性もある。
 確かに近接戦闘はリスクが大きい戦い方だが、全員が全員、銃器を装備することもないのではないだろうか。

 そんな疑問を感じながら、僕は再び移動を開始した。

 

 

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