異世界に転生したので楽しく過ごすようです

十六夜 九十九

勇者編第7話 帰還しました

 戦争が終結した。事の発端は教皇の憎しみから起きた戦争だ。

 教皇の――憎しみ。悲しみ。怨み。

 それによって犠牲になった者は少なくない。俺達も終始、教皇の掌の上で滑稽に踊っていただけだった。

 この戦争で犠牲になった者は優に万を超える。戦争で死んだ者、悪魔となって魂を抜かれた者、教皇に忠誠を誓っていた者など様々だが、命を失った人には冥福を祈っている。

 この戦争は世界規模の争いであった為、各国の民達も戦争の行方を見守っていた。

 戦争が終結し勝利した事を伝えた時は大歓声が上がり、祭りの準備を始めた。

 祭りの喧噪は三日三晩続き、勝利の祝福を盛大に祝った。

 その後も浮き上がった様な雰囲気は消えず、この世界が勝利を喜んでいるように思えた。

 最近世間では三カ国同盟の話で持ち切りになっている。内容は国境の撤廃、3カ国の王の対談による世界の行先の決定、人種差別の厳罰化というもの。

 俺はこの世界の事はよく知らない。マモルによると、革命が起きているらしい。

 聖国の亜人嫌いや、王達の多数決は今後の対策でどんどんいい方に向かって行くんじゃないかとそう言っていた。

 帝国は実力主義から変えることはしないが、誰でも王になれるようにするとの事。だが、それでも王の器を持っており、圧倒的強者である事が条件であるらしい。

 王国は今までと何も変わらない。ただ、国境が無くなったことで、収支が増え豊かになるだろうといった見越しがあるようだ。

 聖国は今回の戦争で、教会のあり方が問題視され宗教というものがなくなった。その事もあり、聖国の今まで代表二人で物事を決めていたものが、完全な王政に移行したらしい。

 教会の責任者は罪に問われるかと言うとそうではない。そもそも責任者は教皇であり、その教皇が討たれたことで民衆は満足しているようだった。

 そういう事もあり、三カ国同盟はつつがなく進んでいる。

 マモルもこの戦争一番の立役者として祭りで持ち上げられ、この世界の象徴として色んな所を転々としている。

 本人はやりたくない事を何故やらなければならないのかと愚痴っていたが、周りの女の子達によって強制的に連れて行かれてた。

 俺は絶対にああはなりたくないと思った瞬間だった。

 そういう俺は魔王様の元で魔法陣制作の手伝いをしていた。

 魔王様はあの戦争の後から飛躍的に魔法陣の理論を組み立てていた。

 その頑張りは俺達を元の世界に戻す事もあるだろうが、純粋に魔法を研究するのが楽しいのだと思う。

 最近は転移陣の研究と併走しながら魔法陣を別の用途に使えないか検討中なのだそうだ。

 いつかはこの世界の役に立つ魔道具を作ると意気込んでいる。

 魔王様の転移陣研究はほぼ終盤だ。後何度かの修正を加えれば理論上、完璧なものが出来上がるそうだ。

「そうなると、この世界に居られるのもあと少しなのか……」

「タクマ? どうかしたの?」

「いや、ちょっと感慨深くてな。色々あったがこの世界は嫌いじゃない」

「それはそうね。私もこの世界で新しい友達を作れたわ。今は世界を回ってる途中だけどね」

 逢奏の友とは、マモルの仲間達だ。特にジュリという者と仲が良くなっている。気が合うのだろう。

「あいちゃんがあんなに感情的になってるの小学校以来だったよー」

「あれはジュリが悪いのよ。恋をしろなんて馬鹿馬鹿しいわ! どうして恋をしなくちゃならないのよ! 恋をすれば世界が変わって見えるとか言うけどそんな訳ないじゃない!」

「おー。あいちゃんが怒ってるー」

「逢奏さん落ち着いて下さい。そういうのはおいおいでいいのですよ。おいおいで」

「……海雪の言う通りね。そのおいおいが来るのかは分からないけど」

「お前達仲良いな……。逢奏と那由多は元々仲良かったが海雪ともいい感じになってる」

「これだけの期間一緒にいれば当然仲良くなるわよ。よね?」

「「うんうん」」

「そういうもんか」

 三人とも、戦争での気負いなんてないように見える。

 それならそれが一番いい。そのままの皆でいて欲しいと思う。

「出来たぁ!!」

 魔王城内に響き渡る魔王様の声。

 出来たのは恐らく、俺達を元の世界に戻すための転移陣だろう。

 すなわち、この世界に居られるのも後少しだけと言う事だ。

 この世界は嫌いじゃない。地球と違って非現実的で楽しいし、純粋な人が多い。

「君達! 遂に出来たよ! いやー、いい経験が出来て感無量だよ。君達に手伝って貰ったっていうもの大きいね」

「そうですか。……戻るのはいつ頃になりそうですか?」

「今から一時間後って所かな。少しだけ待っててね」

「分かりました」

 魔王様は足早にどこかへ消えてった。

「この世界でやり残した事はないか?」

「私はないわ」

「私もー」

「私もないです」

「俺もないから、もうすぐに戻れるな」

 俺達は互いの目を見て、一つだけ頷いた。



 それから魔王様が指定した一時間後。

 俺達は転移陣の上で魔王様が来るまで待機をしていた。

「これが転移陣か……。人四人が余裕で入る事が出来る大きさの陣に所狭しと文字が書かれてるのか……」

「これを完成させた魔王様はやっぱりすごいわね」

「いやー、そんなに褒められると照れるね」

 タイミングを見計らったかのように入ってきた魔王様。その事に逢奏は少なからず顔を歪めた。

「ははは、そんなに怒らせてしまったようだね。そのお詫びと言ってはなんだけど、彼等を連れて来たよ」

 魔王様が横にずれると、そこから複数の人が入ってきた。

「よっ、久しぶりだな元気だったみたいだな」

「なんだ、マモルか」

「おいタクマ。なんだとはなんだ。なんだとは。それにな、俺の方が歳上なの分かってる? マモルさんって言いなさい」

「俺に勝ったことないくせに」

「んな!? 今なら余裕で勝てるわ! おい表でな!」

「嫌だ。俺は勝ち逃げする」

「はっきりと宣言すんな! 俺が馬鹿みたいだろ!」

「馬鹿じゃなかったのか?」

「この小僧! 言わせておけば!」

「その台詞、悪役っぽいな」

「くっ! どうして俺は高校生に口で勝てないんだ!」

 マモルは入ってきて早々に騒々しくする。

 俺はこのやり取りが嫌いじゃない。友達って感じがして心地がいい。マモルがどう思ってるかなんて俺は知らないが、マモルもいやいややっている訳じゃないのは分かる。

「アイカは向こうに戻ったら恋をするのよ? 分かってるわね?」

「だからしないって言ってるでしょ! なんでそんなに恋を推すのよ!」

「そりゃあ恋の良さを知ってしまったから……」

「こんな所で惚気ないでくれる!?」

「別に惚気けてないじゃない。それともなに? 羨ましく見えちゃった?」

「うるさい! そんなんじゃないわよ!」

「アイカのその反応は図星?」

「ミルは黙ってなさい!」

 逢奏が顔を真っ赤にして怒鳴っている。たしかにこれは珍しいかもしれない。

「あははー、あいちゃん頑張れー」

「ナユター! 元気でねー!」

「あ、ゼロちゃん! ゼロちゃんも元気でね!」

「私、ナユタの事忘れないから」

「うん! フェイちゃんみたいな友達が出来て私嬉しいよ!」

 那由多は那由多で友好関係を広げていたみたいだ。元気のいい子達に囲まれていた。

「私、ミユキ様みたいな聡明な女性になりたいです」

「私が聡明って言い過ぎだと思いますよ。どっちかと言うとレンさんの方が頭の回転早いですし」

「そうでしょうか?」

「レンちゃんはまだいいよ……。わたしなんてまだ知らない人の前だと緊張するんだよ?」

「リンさんはもう少し自分に自信が付けばきっと大丈夫ですよ」

 海雪も友達と呼べる人が出来てたようだ。

 それぞれが別れの挨拶を済ませる。誰も泣くことはなかった。皆笑って別れの挨拶をしていた。

「じゃあ転移陣を発動させるよ。忠告しておくけど、この世界で過ごした記憶の一切が無くなるよ。向こうに戻った時の負荷で脳死してしまうかもしれないからね。それを分かってて」

「「「はい」」」

「じゃあ行くよ」

 そうして、魔王様は転移陣を起動させる。

 俺は転移前に、マモルに話しかけていた。

「マモル。彼女達を幸せにしろよ?」

「俺には荷が重いわ。何人いると思ってんだ」

「それでもだ。特に詩織とはな」

「はぁ……分かったよ」

「それでよし。じゃあな」

「おう、じゃあな」

 そして俺達は転移陣の光を受けながら、この世界から存在を消した。



◇◆◇◆◇



 放課後の夕暮れ時。外からは部活動をしている生徒達の声が聞こえてくる。

 窓から赤い陽の光が差し込み、教室を橙色に染め上げる。

 ついさっき何か非現実的な事が起きていた様な気がするが、全く思い出せない。

 何か大切な事を忘れている様でもどかしい。

「な、なゆ? ど、どうしたのよ?」

「えっ……?」

「なんで泣いてるのよ? 私何かした?」

「う、ううん! そんなことないよ! でもなんかね、ここがすごく寂しくて。大切なものを失くしたみたいな感じで……」

 那由多が自分の胸を抑える。

 俺も那由多と同じ感情を抱いている。何かとても大切なものを失ったこの感覚。気を付けてないと涙がこぼれてしまいそうになる。

「そう……那由多もなのね……。私もそうなの。何かがポッカリと空いてしまってる気がするの。海雪もそうよね?」

「はい……何なんでしょうかこの不思議な感覚は……」

「……あれ? 私ってなゆ以外にこんなに話せたっけ?」

「そういえばそうだね。あいちゃんと海雪ちゃんいつの間に仲良くなったの?」

「い、いえ……特に何もなかったように思います……。ですが確かに逢奏さんと気兼ねなく話せます」

「皆、同じなんだな。俺もなんだ。失ったものの大きさが分かる程に大切だったんだ。でもそれが何か思い出せない……」

「「「……」」」

 忘れてはいけないものだったのかもしれない。忘れたくなかったものなのかもしれない。

 ただ一つだけ分かるのは、それが"俺達"にとって大切なものだったと言う事だ。

 今は忘れてしまっているようだが、いつか思い出せる時があるかもしれない。その時まで待っていようと思う。

「たくー! 待たせてごめーん! 一緒にかえろー!」

 少し落ち込んだ空気だった教室へ、俺をあだ名で呼びながら誰かが入ってきた。

 俺はその人物を見て、ようやく来たかと帰る準備を始めた。

「真衣、遅かったな。部活でまたなんかやらかしたか?」

 真衣は俺の幼馴染であり、彼女だ。誰にも言ったことはなかったが、逢奏達にはバレたかもしれない。

 だが、バレても全く焦りなんてなかった。何故か、彼女達に全幅の信頼をよせていた。それが何故なのかは分からない。

「私は何もやってないよー。ただ先生が私に目を付けてるだけだもん」

「なにかやらかしたんだな。まあいい、帰りながらゆっくり聞かせてもらうから」

 俺は真衣を連れて教室を後にした。


◇◆◇◆◇


「拓真って彼女がいたのね……。もしかして海雪は知ってたの?」

「えぇまあ。何時だったか、図書室からの帰りに見かけまして」

「えー! 知らなかったー! あいちゃんどうする? 拓真くんと一緒にいるの遠慮して誰かの所にいく?」

「私は恋なんてしないわよ。何度も……あれ? 何度もって何かしら? 私恋なんてしないってなゆに言うの初めてよね?」

「うん」

「何なのかしら。なんか恋の話したらムカムカしてきたんだけど」

「逢奏さんが感情的になるのは珍しいですね……? そんな事もないような気が……?」

「私も海雪ちゃんと同じ気持ちだー」

「「「んん?」」」

「……まあいいわ。私達も帰りましょう。海雪も一緒に帰らない? あなたがいないとなんか変な感じがするような気がするのよ」

「私もそう思っていたところでした。ぜひ一緒に」

「海雪ちゃんと一緒だー!」

 そして彼女達は親友と呼ばれる様な雰囲気の中、下校を共にした。

 何時かこの心に空いた穴の原因が分かることを願いながら――。

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