異世界に転生したので楽しく過ごすようです

十六夜 九十九

第176話 少女達の想いのようです

 魔力が枯渇して気を失いそうだった俺は、誰かの手によって魔力が復活した事によって、気を確かに持つことが出来るようになった。

 霞む目を擦り、重い体を無理矢理起こす。次第に視界も晴れ、目の前にいる存在を改めて認識する。

 俺からは後ろ姿しか見えない。だがそれでも、その姿は慣れしたんだ、あの少女達のものであるとすぐに分かった。

 六人の少女。

 それは今から約二週間前に、戦わせたくないと俺の身勝手な想いで自分から遠ざけた仲間達。

 徐々に覚醒していく俺の頭が、混乱を始める。

 幻を見ているのではないかと、初めはそう思った。だが、声もはっきりと聞こえるし、少女達と対峙する勇者も少女達を見据えている。

 この事からこの少女達は俺が見ている幻の存在などではなく、実際に、実体を持ってそこに立っている存在だということが分かる。

 しかし、それが分かっても混乱はさらに酷くなる。

 何故ここにいるのか。どうしてここに来たのか。なんで戦いに参加するのか。そんな疑問ばかりが頭の中を支配していく。

「どうして――」

 堪らず口から漏れた言葉に、少女達のうちの一人が少しだけ振り向いて、一言俺に返す。

「仲間だからよ」

 その一言がどれだけ俺の心に響いたかなど誰にも分かるまい。

 己の勝手な都合で仲間を捨てたにも等しい行為をし、更には自分一人だけ死んで楽になろうとしていた俺に、『仲間だから』と言ってくれる事がどれ程胸を締め付けたか。

 この二週間、ずっと罪悪感を感じていた。でも、一度我儘をしてしまえば、それを通さなければ戻ることなんて出来ないと思った。それは俺のくだらない自尊心が働いたからだ。

 だから、意地を張った。自分はちゃんとやっているんだという体裁を取りたくて、初めに聖王を救出した。

 それを冷静に見ている自分もいて、自分が嫌いになりそうだった。何様のつもりだと思った。

 国王に諭され、帝王に糾弾された。俺のやり方は間違っていると。

 言われた通り全て間違っていた。俺のやるべき事は意地を張って我儘を通す事では無かった。

 今、そう思えた事も『仲間だから』と言う言葉を彼女達から聞いたからだろう。

「後は任せなさい。私達だってずっとやられっぱなしじゃないのだから!」

 少女達は一度殺された、ゼロに限っては二度殺された相手の勇者に悠然と立ち向かう。

 一切の迷いも無く、そこには強い想いだけがあった。

「ねぇ、皆が来てくれたよ……。皆があなたの事守ってくれたよ……」

 女神が俺の隣に歩いて来て、噛み締めるようにそう伝えてきた。

「辛い時に支えてくれる人がいて、誰かの為に戦う事が出来る。……やっぱり皆は仲間なんだよ」

「…………」

 俺は答えない。その資格が無いとそう感じだからだ。

 今だに少女達は勇者と対峙したままで、動いていない。俺達の話を聞いているように思える。

「…………ん……」

 そんな時、タクマから短い吐息が漏れる。さっきまで寝ていたのだが目を覚まし、上体を起こそうといている。

「タクマも起きてきたようね」

「マスター、あとはわたし達に任せるのー!」

「主様がいなくなる事に比べたら、勇者と戦う事など些細な事です」

 仰々しい物言いをするレンだが、そこには一切の嘘がない事が読み取れる。

「あたし達強いから」

「もうあるじさまに捨てられないようにするんですっ」

「目が覚めたら皆バラバラなんて悪夢かと思ったしね」

 少しおどけて言うフェイからも全く嘘の感じはない。

「どうしてそこまで――」

「どうしてって、マスター分からないの?皆マスターの事好きだからだよ?」

「でも――」

「でももへったくりもないわよ。色々言ったけど、全てはゼロの言った一言で片付くのよ。私達はあなたが好きで、死んで欲しくないからここにいる。本当はそれだけよ」

 皆の視線が俺に集まる。俺は見られている事に居心地の悪さを感じて肩をすくめた。

 少しの沈黙が訪れる。それは何秒だったか。若しかすると数分だったかもしれない。何を言えばいいのか分からなかったのだ。

「…………ここは……」

 その沈黙を破ったのはタクマの一言だった。

 完全に目を覚ましたタクマは、俺の思った通り正気に戻っていた。今までの虚ろな目はしていない。

 そんな時、戦場に一本の光の柱が顕れる。その光には一切の殺傷能力もなく、ただ人を照らしているだけのように見えた。

「ニーナが始めたようね」

「ニーナが……」

 ジュリが言葉にした人物に少なからず驚く。

 ニーナとはほんの数十分しか一緒にいなかったが、教皇を止めたいという想いは本物だったのを覚えている。その想いが、ニーナを駆り立ててこの戦いに参加しているのだろう。

「私達ももう始めるわ。勇者達ももう待ってくれないようだし。寧ろ今までよく待っててくれたわ」

「もう負けられないもんね」

「フェイの言う通りよ。ここで負けたら何もかもがおしまい。だから皆で勝つわよ」

 ジュリの言葉に少女達が頷く。

 何と頼もしいのだろう。後ろ姿しか見えなかったが、彼女達の想いが充分に伝わってくる。

 俺の頬にふと何かが流れる感覚がした。触れてみると頬が湿っていて、その原因となっていたのが俺の目から流れる涙だった。

 無様にも泣いているのかとそう思った。あれだけ自分勝手をしておきながら、それでも優しい仲間達を見て嬉しくて泣いているなどと。

 そして俺は彼女達に願いを込めた頼み事をする。自分でも格好悪いと思う。それでも彼女達に向かって願いの言葉が出てしまった。

「皆を助けてやってくれ……」

「任せなさい。言われなくてもやってあげるわ」

 そうして少女達は勇者へと突っ込んで行った。

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