結末のわからない恋の物語

出雲沙之介

マラソン大会当日

朝、私はいつもよりも早く目覚めました。

スマホの時計を見ると、目覚ましをセットした時間よりも1時間半も早いです。

まだ2時間しか寝ていないのか…

スマホを伏せて、私は強引に二度寝の体勢に入ったのですが


モゾモゾ…


モゾモゾ…


モゾモゾ…


「…くそぉ」


尿意には勝てず、一度起き上がりトイレへ。

「ふう…」

用を足し、ブルッと身体を震わせます。

そういえばどうして用を足すと、ブルッと震えるのでしょうね。

私的には人体の七不思議の1つです。

まぁ、専門家の間ではとっくに解明されているのでしょうけど。

寝室に戻り、温もりが少し無くなった布団に潜り込みます。

さて、あと1時間ちょっとだけど寝ておこうかな。


里香ちゃんのことばかり考えていて、結局眠りについたのは丑三つ時を過ぎていましたから、その時点でもう完全に寝不足確定だったのですが、ちょっとでも寝ておきたいので、目を閉じて意識をなんとか断とうと試みます。



ダメだ、思考回路が完全に働いています。いわゆる目が覚めたという状態になってます。

普段は6時間ぐらい寝ても、ぼんやりしているのに、なんでこんな時に限ってシャキッとしてしまうのでしょう。

しょうがないからスマホを開いて、最近暇つぶしに見始めた携帯小説を読みます。


現代日本で生きていた人が不慮の事故に遭い命を落とすところから物語は始まり、RPGのような世界で最弱種のモンスターとして生まれ変わり、その世界の運命を変えてしまうような活躍をする物語。

異世界に生まれ変わってみたいとは昔思ったことはありますが、この設定はちょっと面白そうだったので読み始めたら、すっかりハマってしまいました。


語りが一人称なのもあるかもしれませんが、何というか、テンポがいいとか言うのですかね、文章が読みやすいんですよね。

後から知ったのですが、このサイトでも1番ぐらいの人気作品で、文庫本、漫画、アニメと出ているとのことでした。

素人投稿サイトからそこまで人気が出るなんて凄いと思い、同時に自分も何か書いてみようかという気になってしまうのが不思議です。

そうだ、里香ちゃんとのことでも小説にしてみましょうかね。

いや、そもそも不倫(まだ私的な定義としては不倫の一線は越えていませんが、便宜上そう言っておきます)を題材にした作品が、ファンタジー系の作品が大多数を占める素人投稿サイトで読まれるとは思えないので、やめておいた方がいいですよね。

それに、もしどこかで私が個人特定されてしまったら全部バレちゃうので、やっぱりやめておきます。

と、そうこうしているうちに妻のスマホのアラームが鳴り、妻は着替えて朝の家事をしに寝室を出て行きました。


こんな早くから起きてるんだ。

毎日毎日、よくやれるなぁ。

自分に出来なさそうなことをしている人は、尊敬してしまいますね。

感謝です。

なのに、私はいったい何をしているのでしょう。

複雑な気持ちを飲み込み、布団の中に頭の先まで蹲りました。



結局、そのまま一瞬も微睡むことなく起床時刻を迎え、朝の支度をして、いつもよりも少し早めの時間に家を出ます。

外は生憎の雨。しかしそれほど激しく降っているわけではないので、走ることには支障はないかも。

一週間前から天気予報で雨だと言っていたので、里香ちゃんにも合羽を用意しておくように言っておいて正解でした。



里香ちゃんとの待ち合わせの場所まではそんなに距離はないのですが、朝はとても渋滞する道を通るのでかなり時間に余裕を持って出ました。

しかし、道は思ったほど混んでおらず、かなり早く着いてしまいました。

おそらく、里香ちゃんも多少早めに来るでしょうから、時間を見計らって到着の連絡を入れましょうかね。

そう思い、連絡を入れる時間にアラームをセットして、シートを倒し目を閉じます。

少しでも睡眠が欲しかったので。

思考回路が夢へと繋がり、ほんの数分ですが眠れた感覚があり、アラームで目覚めました。

一応、車を降りて里香ちゃんが来ていないか確認します。

まだ来ていないようなので、里香ちゃんにLINEを送ろうとスマホを開くと、視界に里香ちゃんの青い軽自動車が飛び込んで来ました。

「里香ちゃん!!」

その瞬間、自分でもびっくりするぐらいテンションが上がり、彼女の名前を大きな声で叫んでいました。

駐車場の入口に見えた青い軽自動車に大きく手を振ります。

心なしか里香ちゃんが苦笑いしているような気がしたのは、たぶん気のせいです。嬉しくて笑っているに決まってます。

里香ちゃんは、私の隣に車を止めると、すぐに車を降りて来ました。

私はそのまま抱きしめようと両手を広げましたが、一歩踏み止まり辺りをキョロキョロ見渡した里香ちゃんの様子を見て、察して辞めました。

その代わりというか、そっと手を握り合って「おはよう」と挨拶を交わします。

「ちょっと待っててね」

里香ちゃんはそう言って、一旦車の中に戻り、荷物を持って私の車の方へ来ました。

朝の駐車場は車も疎らで数えられる程しか停まっていません。当然、人の数も少ないです。

車に乗り込み、ほんの数瞬見つめ合うと、里香ちゃんは少し恥ずかしそうに顔を伏せ、辺りをキョロキョロ見渡した後

チュッ

と、一瞬だけ口付けをしました。

が、私がそれしきで満足するとでも?

私は強引に里香ちゃんを抱き寄せると、今度は2〜3秒ほど唇を合わせ、ほんのちょっと大人のキスも織り交ぜてから、顔を離します。

満足そうな、でもまだちょっと恥ずかしそうな笑顔を見せる里香ちゃんに、私の心は大いに満たされ、いざマラソン大会の会場へと車を走らせて行きました。

会場に着くと、エントリーのハガキを出し、ゼッケンや参加特典のスポーツドリンクなどを受け取り、準備をします。

周りのランナー達は、慣れた感じで既にストレッチやコンディションチェックをしている人もいれば、立ち話をしている大人女子、こういったイベントにまだ慣れていなさそうに、ソワソワしている人たちなど様々です。

で、私と里香ちゃんはというと…



「ちょwwwなんかバカップルみたいwww」

「いいじゃん、バカップルで」

以前、カラオケBOXでストレッチしたり公園でお散歩デートしたりしましたが、まともに2人で出かける機会なんてほとんどないので、テンション上がりまくりのアラフォー親父と、女子高生のようにはしゃぐアラサー女子がいました。

写真撮ったり、くっついて歩いたり

ここぞとばかりにカップルっぽいことをしたがる私と、まだそういうことは恥ずかしいのか、少しだけ遠慮がちな里香ちゃん。

まぁ、平日ということもあり、学生さんのような年齢の方はほとんど見受けられない中でのバカップルっぷりは、確かに客観的には恥ずかしいかもしれませんが、周りの目なんか気にしてたら、大人の恋愛なんて楽しめません!!

もちろん、万が一知っている人に見られたらアウトですが、簡単なリサーチですが私の持つ情報では問題ないはずです。

というのも、確認できる範囲ですが運動習慣についての話題でこういったイベントに参加しそうな人をピックアップし、その人たちに実際に今日のイベントについて話を振ることで、来ていないというのは確認済みです。

もちろん、エントリーが締め切られたあとに実施しています。

「へぇー、そんなイベントあるんだ。俺も出てみようかなー」

なんて言われたらかなわんですからね。



そんなこんなで準備体操も終わり、コースごとにスタート位置へ移動します。

雨がパラついていて、この後収まる気配もないので、雨合羽を着て走ります。

「運動不足のオッサンなんか気にしないで、自分のペースで走っていいからね」

「はい」

いやいやいや

にっこり笑顔が可愛いけどさ、そこは「一緒に走りましょうよ」とかなんとか言ってくれるところでは?

そして実際にレースが始まると、里香ちゃんは私を置き去りに一気に駆け出して行ってしまいました。

しかし、中盤に差し掛かる手前、全体の4分の1〜3分の1の間あたりで里香ちゃんに追いつくことができました。

待っていてくれたのもあるみたいですが、どうやらスタート時にハイペース過ぎて失速していたようで、後半は苦しそうに息も切れ切れで走っていたようです。

それでも、日頃から結構体を動かすという里香ちゃんとペースを合わせて走っていたら、私もお陰様で自己ベストを更新することができました。

最後は2人一緒にゴールイン。

人生のゴールインは決めることができませんが、こういった小さなゴールを2人で一緒にくぐることができるだけでも、なんだか幸せな気分になりました。


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