混じり《Hybrid》【新世界戦記】
療養 4
「ここなんだけど、どうよ?」
「う〜ん、二人で使うには広過ぎないかな?」
「フロンの容態が一段落したら、病室を空けてもらう事になるから、ここからリハビリに通うのが一番良いと思うよ」
「ここを建てた患者さんは、フロンと同じで足を患っていたから、この建物は段差がないし、玄関前にはスロープも付いているからよ」
「そうね、ではここを借りるわ。いつ頃から入れますか?」
「今日から使って構わないよ。家賃は来月からでいいよ」
「ありがとうございます。助かりますわ」
リオールは長期の療養に備えて、一軒家を借りようとポーナに相談したところ、前に療養の為に二階建ての家を建てた患者さんがいて、その患者さんが療養を終えた時に病院で買い上げた建物があると言うので、二人は内覧に来ていた。
その建物は、病院の敷地に面していて条件も良い。リオールはここを借りる事に決めたようだ。
「この建物の周りに、長期患者の為の建物をあと数棟、病院で建てたいと思っているんだけど、なかなかよ〜」
「協力出来る事があれば、私達も協力するわ。この先、貴女のところの病院とは長い付き合いになるでしょうしね」
「荷物は今日中に入れるかい?」
「ええ。テツ君が戻ってきたら手伝ってもらって、早速今日から使わせてもらうわ」
賃貸契約も無事に終わり、ポーナは病院に戻り、リオールは家に残って夕方まで掃除に明け暮れた。
そうこうしているうちにテツがダウアン村から戻って来た。旅の準備は大体整ったようである。
「この家ですか?良いところを借りられましたね」
「ええ。この家は病院の持ち物で安く借りる事が出来たわ」
「テツ君、宿屋には寄らなかったの?」
「はい。真っ直ぐ病院の方に来たら、リオールさんが掃除しているのが見えましたから」
「なら荷物を入れてしまいなさい。今日から使わせてもらえる事になっているのよ」
「じゃあ荷物を置いたら宿屋の荷物も取ってきますよ」
そう言ってテツは玄関を入ってすぐの部屋に、ダウアン村で買ってきた旅の荷物を入れた。
荷物を降ろし終えて、宿屋の方に向かったテツが直ぐに引き返してきた。
「これ、グリードさんの馬を売却した代金です。良い馬でしたから中々の値で売れましたよ」
「あら、後でも良かったのに」
テツはリオールに馬の代金を渡して、あらためて宿屋に向かった。宿屋に残っていた荷物全部を馬に積んで、借りたばかりの一軒家に戻ってきた。二人はテツの荷物はさっきの部屋に入れ、それ以外の荷物は奥のリビングに入れていく。荷下しをしながら、テツがリオールに話しかけた。
「宿屋は引き払ってきましたよ」
「ええ。ありがとう」
「ところでフロンには?」
「少しだけど話しましたよ。お嬢様も納得してくださったわ」
「そうですか」
と、二人は短い言葉を交わし、その後は黙って作業を続けていったのだった。
新しい家の手入れも旅の準備も終えた頃には、日が陰り始めていた。夕食はフロンの病室で食べる事にして、二人は近くの食堂で持ち帰りで夕食を作ってもらった。
病室に行き、久しぶりにみんな一緒に食事を摂った。ジュラのいない寂しさはあったが、それでも久しぶりに話しも弾んだ。
ジュラはこの病院の霊安室に安置してもらっている。この病院では遺体は通常、ダウアン村の斎場で荼毘に付してもらっているが、カクトメスト人には荼毘に付すという習慣がない。
カクトメスト人は土葬か鳥葬にするのが普通である。その為、ジュラはダウアン村の外れにある墓地で土葬にするか、プランターン峠の奥にある鳥葬場に連れて行くかのどちらかになるだろう。
ジュラはテツの所の小作人なので、本来はテツが決める事であるが、どちらの場合でもダウアン村の村長の承認が必要なり、今はまだ申請もしていなかった。なので今回は同郷のセルヒラードに任せる事になっている。
夕食を終えて、リオールがフロンの全身を蒸しタオルで拭いた後に、ネーナがこの日最後の医療魔術を施しに来た。その処置を見守ってリオールとセルヒラードは新しく借りた家に帰っていった。
テツはフロンのベッドの隣の簡易ベッドにゆっくりと腰を下ろした。
「行くんだって、明日」
「うん」
短い会話の後、少しの間、静寂の時が流れる。その静寂を振り払う様に声を弾ませてフロンが続けた。
「まあ、頭を冷やすには旅は良いかもね」
「うん」
「全く、あんたは何でも考え込み過ぎるのよ。しっかりしなさい!」
「うん、リオールさんにもそう言われた」
また一時の間、会話が途切れた。また先に話し始めたのはフロンだった。
「ちょっと、ベッドの下に藍染の布に包んであるのがあるから、出してくれる」
「何?」
「いいから取って!」
テツはフロンのベッドの下から藍染の包みを取り出した。
「これ?」
「そう、開けて」
包みを開けると中身は衣服であった。フード付きの黄土色のハーフコートで、両袖の周りには綺麗な模様がぐるりと濃緑の糸で刺繍されている。裏地にもネフラの花の刺繍が入っていた。
「あんたのよ」
「えっ?」
「遅くなっちゃったけどね、誕生日おめでとう」
「そっか」
テツは9月26日に15歳の誕生日を迎えていた。9月26日は山賊の襲撃を受けたその日である。
『そうか、これを取りに戻ったのか』
「なによ、嬉しくないの!」
「いや、嬉しいよ。ありがとう」
「家に居た時は母様に手伝ってもらってたんだけどね。完成は結局、旅の途中になっちゃった」
そう言ってフロンはニコッと笑った。
襲撃の日、宿屋に忘れてリオールと取りに戻った荷物がこれであった。あの日の朝、フロンが眠そうな顔をしていたのは、前日の夜にこれを仕上げていたからだった。あの時、フロンがリオールと二人で取りに戻ると言って、中々納得しなかったのは、忘れた荷物がこれだったからだった。あの時、フロンの言う通りに、フロンに取りに行かせていたら・・・。
「ありがとう。大切に着るよ」
「うん。大切に着てね」
再びフロンが笑顔を見せた。
このプレゼントを渡せば、勘の良いテツがあの日の事に気がつく事はフロンにも分かっていた。それでもフロンは今日渡したかった。今日渡さねば、いつになるかわからないと思っていたからだった。
「フロンにもこれ」
そう言って、テツが上着の内ポケットにある物を取り出した。ネフラの花をあしらったネックレスであった。
「今年もリンとお揃いなのね」
「嫌だった?」
フロンは首を2回大きく横に振った。
「あの子、私とお揃い喜ぶから。今年は三人お揃いになっちゃったね。ありがとう、テツ」
「当日に渡せなくて悪いんだけど」
フロンの誕生日は10月10日である。
「しょうがないでしょ、旅を続けるんだから」
「うん」
フロンは嬉しそうにネックレスを眺めていた。それでもフロンの心の中にある不安は大きくなっていく。
「ねえ、ネックレスつけてよ」
「えっ、もう寝るでしょ」
「着けたまま寝るのよ!」
「しょうがないなぁ」
テツはフロンの上体を起こしてやり、ネックレスをつけ始めた。
「明日の手術、頑張れよ」
「頑張るのは先生達よ。それに義肢を付ける為の処置をするだけの簡単な手術だって、あんたも聞いているでしよ」
「うん」
「傷自体は魔術で殆ど治ってるんだから、あんたは何も心配しなくて良いのよ」
ネックレスをつけてテツは自分のベッドに戻る。フロンをもう一度寝かそうとしたが、フロンがそれを拒んだ。
「どう?」
「うん、似合ってるよ」
「そう。・・・ねえ、テツ」
「何?」
「・・・ちゃんと帰ってくるのよ」
「何言ってんだよ、当たり前だろ」
「そうじゃなくて・・・」
『やっぱりこの人は帰って来ない』フロンはそう思っていた。テツ自身でも今はそんな事を考えてはいなかった。それでもフロンはそう思っていた。この人は、このまま自分を磨く為の旅に出るだろうと。
「直ぐに帰ってくるのよ。用事が済んだら直ぐにちゃんと」
「うん。直ぐ帰ってくるよ」
夜が更けていく。この二人にとって、長い夜が更けていくのであった。
テツとフロンの年齢が間違っていたので訂正しました。正しくはテツが誕生日を迎えて15歳になり、フロンは次の誕生日で11歳になります。お詫びいたします。
この物語も今回の話しで第一部完結となります。出来れば簡単で良いのでコメントにご批評等頂ければ幸いと思っております。
ここまで、大まかなあらすじと設定は決まっていましたが、細かい設定は、行き当たりばったりで書いてきてしまったので、少し整理する時間を頂きたいと思います。
年末の忙しさもあり、次回の最新は少し先になりますが、ご了承下さい。
次回からは[番外編]を挟んで第二部のスタートになると思います。これからもよろしくお願いいたします。
「う〜ん、二人で使うには広過ぎないかな?」
「フロンの容態が一段落したら、病室を空けてもらう事になるから、ここからリハビリに通うのが一番良いと思うよ」
「ここを建てた患者さんは、フロンと同じで足を患っていたから、この建物は段差がないし、玄関前にはスロープも付いているからよ」
「そうね、ではここを借りるわ。いつ頃から入れますか?」
「今日から使って構わないよ。家賃は来月からでいいよ」
「ありがとうございます。助かりますわ」
リオールは長期の療養に備えて、一軒家を借りようとポーナに相談したところ、前に療養の為に二階建ての家を建てた患者さんがいて、その患者さんが療養を終えた時に病院で買い上げた建物があると言うので、二人は内覧に来ていた。
その建物は、病院の敷地に面していて条件も良い。リオールはここを借りる事に決めたようだ。
「この建物の周りに、長期患者の為の建物をあと数棟、病院で建てたいと思っているんだけど、なかなかよ〜」
「協力出来る事があれば、私達も協力するわ。この先、貴女のところの病院とは長い付き合いになるでしょうしね」
「荷物は今日中に入れるかい?」
「ええ。テツ君が戻ってきたら手伝ってもらって、早速今日から使わせてもらうわ」
賃貸契約も無事に終わり、ポーナは病院に戻り、リオールは家に残って夕方まで掃除に明け暮れた。
そうこうしているうちにテツがダウアン村から戻って来た。旅の準備は大体整ったようである。
「この家ですか?良いところを借りられましたね」
「ええ。この家は病院の持ち物で安く借りる事が出来たわ」
「テツ君、宿屋には寄らなかったの?」
「はい。真っ直ぐ病院の方に来たら、リオールさんが掃除しているのが見えましたから」
「なら荷物を入れてしまいなさい。今日から使わせてもらえる事になっているのよ」
「じゃあ荷物を置いたら宿屋の荷物も取ってきますよ」
そう言ってテツは玄関を入ってすぐの部屋に、ダウアン村で買ってきた旅の荷物を入れた。
荷物を降ろし終えて、宿屋の方に向かったテツが直ぐに引き返してきた。
「これ、グリードさんの馬を売却した代金です。良い馬でしたから中々の値で売れましたよ」
「あら、後でも良かったのに」
テツはリオールに馬の代金を渡して、あらためて宿屋に向かった。宿屋に残っていた荷物全部を馬に積んで、借りたばかりの一軒家に戻ってきた。二人はテツの荷物はさっきの部屋に入れ、それ以外の荷物は奥のリビングに入れていく。荷下しをしながら、テツがリオールに話しかけた。
「宿屋は引き払ってきましたよ」
「ええ。ありがとう」
「ところでフロンには?」
「少しだけど話しましたよ。お嬢様も納得してくださったわ」
「そうですか」
と、二人は短い言葉を交わし、その後は黙って作業を続けていったのだった。
新しい家の手入れも旅の準備も終えた頃には、日が陰り始めていた。夕食はフロンの病室で食べる事にして、二人は近くの食堂で持ち帰りで夕食を作ってもらった。
病室に行き、久しぶりにみんな一緒に食事を摂った。ジュラのいない寂しさはあったが、それでも久しぶりに話しも弾んだ。
ジュラはこの病院の霊安室に安置してもらっている。この病院では遺体は通常、ダウアン村の斎場で荼毘に付してもらっているが、カクトメスト人には荼毘に付すという習慣がない。
カクトメスト人は土葬か鳥葬にするのが普通である。その為、ジュラはダウアン村の外れにある墓地で土葬にするか、プランターン峠の奥にある鳥葬場に連れて行くかのどちらかになるだろう。
ジュラはテツの所の小作人なので、本来はテツが決める事であるが、どちらの場合でもダウアン村の村長の承認が必要なり、今はまだ申請もしていなかった。なので今回は同郷のセルヒラードに任せる事になっている。
夕食を終えて、リオールがフロンの全身を蒸しタオルで拭いた後に、ネーナがこの日最後の医療魔術を施しに来た。その処置を見守ってリオールとセルヒラードは新しく借りた家に帰っていった。
テツはフロンのベッドの隣の簡易ベッドにゆっくりと腰を下ろした。
「行くんだって、明日」
「うん」
短い会話の後、少しの間、静寂の時が流れる。その静寂を振り払う様に声を弾ませてフロンが続けた。
「まあ、頭を冷やすには旅は良いかもね」
「うん」
「全く、あんたは何でも考え込み過ぎるのよ。しっかりしなさい!」
「うん、リオールさんにもそう言われた」
また一時の間、会話が途切れた。また先に話し始めたのはフロンだった。
「ちょっと、ベッドの下に藍染の布に包んであるのがあるから、出してくれる」
「何?」
「いいから取って!」
テツはフロンのベッドの下から藍染の包みを取り出した。
「これ?」
「そう、開けて」
包みを開けると中身は衣服であった。フード付きの黄土色のハーフコートで、両袖の周りには綺麗な模様がぐるりと濃緑の糸で刺繍されている。裏地にもネフラの花の刺繍が入っていた。
「あんたのよ」
「えっ?」
「遅くなっちゃったけどね、誕生日おめでとう」
「そっか」
テツは9月26日に15歳の誕生日を迎えていた。9月26日は山賊の襲撃を受けたその日である。
『そうか、これを取りに戻ったのか』
「なによ、嬉しくないの!」
「いや、嬉しいよ。ありがとう」
「家に居た時は母様に手伝ってもらってたんだけどね。完成は結局、旅の途中になっちゃった」
そう言ってフロンはニコッと笑った。
襲撃の日、宿屋に忘れてリオールと取りに戻った荷物がこれであった。あの日の朝、フロンが眠そうな顔をしていたのは、前日の夜にこれを仕上げていたからだった。あの時、フロンがリオールと二人で取りに戻ると言って、中々納得しなかったのは、忘れた荷物がこれだったからだった。あの時、フロンの言う通りに、フロンに取りに行かせていたら・・・。
「ありがとう。大切に着るよ」
「うん。大切に着てね」
再びフロンが笑顔を見せた。
このプレゼントを渡せば、勘の良いテツがあの日の事に気がつく事はフロンにも分かっていた。それでもフロンは今日渡したかった。今日渡さねば、いつになるかわからないと思っていたからだった。
「フロンにもこれ」
そう言って、テツが上着の内ポケットにある物を取り出した。ネフラの花をあしらったネックレスであった。
「今年もリンとお揃いなのね」
「嫌だった?」
フロンは首を2回大きく横に振った。
「あの子、私とお揃い喜ぶから。今年は三人お揃いになっちゃったね。ありがとう、テツ」
「当日に渡せなくて悪いんだけど」
フロンの誕生日は10月10日である。
「しょうがないでしょ、旅を続けるんだから」
「うん」
フロンは嬉しそうにネックレスを眺めていた。それでもフロンの心の中にある不安は大きくなっていく。
「ねえ、ネックレスつけてよ」
「えっ、もう寝るでしょ」
「着けたまま寝るのよ!」
「しょうがないなぁ」
テツはフロンの上体を起こしてやり、ネックレスをつけ始めた。
「明日の手術、頑張れよ」
「頑張るのは先生達よ。それに義肢を付ける為の処置をするだけの簡単な手術だって、あんたも聞いているでしよ」
「うん」
「傷自体は魔術で殆ど治ってるんだから、あんたは何も心配しなくて良いのよ」
ネックレスをつけてテツは自分のベッドに戻る。フロンをもう一度寝かそうとしたが、フロンがそれを拒んだ。
「どう?」
「うん、似合ってるよ」
「そう。・・・ねえ、テツ」
「何?」
「・・・ちゃんと帰ってくるのよ」
「何言ってんだよ、当たり前だろ」
「そうじゃなくて・・・」
『やっぱりこの人は帰って来ない』フロンはそう思っていた。テツ自身でも今はそんな事を考えてはいなかった。それでもフロンはそう思っていた。この人は、このまま自分を磨く為の旅に出るだろうと。
「直ぐに帰ってくるのよ。用事が済んだら直ぐにちゃんと」
「うん。直ぐ帰ってくるよ」
夜が更けていく。この二人にとって、長い夜が更けていくのであった。
テツとフロンの年齢が間違っていたので訂正しました。正しくはテツが誕生日を迎えて15歳になり、フロンは次の誕生日で11歳になります。お詫びいたします。
この物語も今回の話しで第一部完結となります。出来れば簡単で良いのでコメントにご批評等頂ければ幸いと思っております。
ここまで、大まかなあらすじと設定は決まっていましたが、細かい設定は、行き当たりばったりで書いてきてしまったので、少し整理する時間を頂きたいと思います。
年末の忙しさもあり、次回の最新は少し先になりますが、ご了承下さい。
次回からは[番外編]を挟んで第二部のスタートになると思います。これからもよろしくお願いいたします。
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