混じり《Hybrid》【新世界戦記】

小藤 隆也

殺意 9

 階段を登ってテツは3階まで到達した。ここまで躊躇せずに登ってきたが、ここで初めてテツの足が止まる。外から確認したサイロと屋上へと続く外廊下の方から、人の気配が感じ取れたのである。しかし感じ取れた人の気配は、僅かな人数分でしかなかった。
 ダビルドが狡猾な男である事は、テツも十分承知していた。しかも先の襲撃では、ジュラとセルヒラードを一方的に叩きのめした程の、完璧な襲撃計画を立てていた男でもあった。

 ここでテツは自らの気配を消した。そして中廊下を戻り、内階段から4階を目指したのである。
 外観から確認したのみではあるが、この建物の屋上へと上がるには、3階の外廊下から外階段で4階のベランダに出て、そこから更に外階段を登って屋上へと至るのが通常のルートであると思えた。もしくは4階から直接ベランダに出て、外階段を登るルートであろう。
 だがテツは、この時点で既に外階段を登る事を諦めていた。テツが考えていたルートは、4階のベランダの外階段から一番遠い場所から手摺を使って屋上まで飛び移るという、およそルートとは呼べない方法であった。

 内階段を登ると、4階には別に玄関が設けられていた。テツは気配を消しつつ慎重に中に入って行った。廊下を通ってリビングへと入る。
 3階から4階のベランダに続く外階段の上の方、4階のベランダの少し下からも人の気配は感じ取れた。リビングはベランダと繋がっており、人の気配はすぐそこである。ここからは一気に行くしかなかった。
 テツは覚悟を決めて、ベランダの端に向かって駆け出した。

【殺してやる】

 リビングの掃き出し窓を開けてベランダに出る。ベランダの端の手摺に飛び乗り、手摺を蹴って屋上の手摺にテツが手をかけた。

「詠唱ぅおぉ始めろぉやぁ!」

「このガキ〜があ〜!」

 気配を探っていたダビルドとジャロンソが、予想外の行動を取ってきたテツにいち早く気づき、大声を上げてテツの気配に向かって突っ込んで来た。

【殺してやる】

 ダビルドの反応が早い。そして突っ込みの速度も速かった。ダビルド必殺の右腕が伸びてきた時、テツはまだ屋上の手摺の上で宙に舞っている時であった。

「クッ!」

 テツは手摺を掴んでいる右腕に力を込めて、空中で強引に身体を捻る。ダビルドの右腕をギリギリで左に躱したが、ダビルドの右手中指の爪先がテツの右頬を掠めてミミズ腫れを創った。反撃の余裕は無い。
 屋上の手摺の内側に転がり込んだテツにジャロンソが襲いかかる。この場に留まって迎え撃てば、ダビルドの2撃目に襲われる事になる。
 テツは転がりながらも屋上の床を蹴って体勢を立て直し、ジャロンソに飛び込んでいった。

「死ねや〜!」

 長身のジャロンソがリーチの長い左回し蹴りを振り下ろした。テツは下から首を左に傾げながら、ギリギリでかい潜る。

「グワアァ〜」

 ジャロンソのキレのある蹴りは、ツマ先がテツの右のこめかみを掠めて、その皮膚を薄く切ったが浅い。
 テツも蹴りをかい潜った瞬間に反撃の刀を振るっていた。その反撃の一刀は、ジャロンソの右脚の内腿深くを斬りつけていた。切断するまでには至らなかったが、動脈まで深く斬り裂いた一刀は、十分致命傷を与えていた。

「くそ〜!こんのガキがぁ〜」

 ジャロンソは床に転がり喚き散らしているが、テツは冷静に今一番危険な相手を判断して、その相手に向かって襲いかかる。その相手とはリバードであった。

 リバードは詠唱を始めてはいたが、その反応はダビルドやジャロンソに比べかなり遅かった。テツは刀を構えつつ、真っ直ぐにリバードへと向かって行く。

「待て!おい、ちょっと待って!」

 明らかに間に合わない詠唱を途中で止めたリバードが、イヤイヤをするかの様にテツに向かって両手を前に出した。が、テツはお構い無しに向かって来る。

「ヒイイィィィッ!」

 テツは前に突き出した腕ごとリバードを袈裟斬りにした。リバードの左肩から入った刀は左腕を切断しながら右脇腹まで斬り裂いた。

【殺してやる】

 ダビルドに向き直り刀を構え直したテツが、今度はダビルドの方ではなく、3階の外廊下に近い方のベランダの端に向かって動いた。

「キャウゥンッ!」

 ベランダの手摺から突然飛び出してきた獣人を、テツは空中で斬り落とした。斬られた獣人は、一声悲鳴を上げただけで、そのまま3階の外廊下に落ちていった。
 獣人は外階段を使わずに、自らの身体能力を生かして直接ベランダの手摺まで飛び移ってきたのだが、その気配を察していたテツは、先回りしてまだ空中にいる獣人を迎え撃っていたのだ。
 あっという間に山賊の残りは3人だけとなっていた。その内の2人は戦力にならないと言われたアース人である。

「テぇツぅぅ!てめぇえぇ!」

 ダビルドが唸っていた。完全にダビルドの失策であった。ダビルドの誤算は、テツがカクトメスト人の様に気の力を扱える事を知らなかったことだろう。ダビルドの知る幼い頃のテツは、まだジュラから気の力の使い方を教わる前のテツであったのだ。

「殺ぉしてぇやぁるぅ!殺ぁしてぇやぁるぅぞぉテぇツぅぅ!」

「「頭あ頼んます。頼んますぜ頭ぁ」」

 外階段を登ってきたアース人の2人が、ダビルドの後ろに回って武器を構えてきた。

「てぇめぇらぁ退がってぇろぉやぁ。テツぅの奴ぅあぁ俺様ぁがぁ殺ぉしてぇやるぅぜぃ。ゲヒャヒャヒャヒャ」

 部下達を一喝してダビルドが1人前に出てくる。

「テツぅ、てぇめぇもぉ混じっちゃぁいるがぁよぉ、混じりぃのぉ覚醒っちゃあぁ聞いたぁ事あぁねえだぁろおぉ」
「俺ぁやりてぇ事をぉ好きにぃやる様にぃなってぇからぁよおぉ、覚醒したんだぁぜぇゲヒャヒャ」

『混じりの覚醒?何言ってんだこいつ?』

 テツにはダビルドの言っている事がサッパリわからない。

「俺ぁ混じりぃのぉ力をぉ好きにぃ引き出ぁせるぅ様にぃなったぁのぉよおぉ。ゲヒャヒャヒャヒャアァ」

 次の瞬間、テツは自分の目を疑った。耳障りな下卑た笑い声と共に、ダビルドの右腕が少しづつ太くなっていく。更には右手の爪も伸びて鋭くなっていき、右腕全体と右手の甲には鱗の様な模様が浮かび上がってきた。

「ゲヒャヒャッ、死ぃねぇやぁテツぅ!」

 ダビルドは猛然とテツに向かってきた。さっきの攻撃よりスピードも明らかに速くなっていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品