混じり《Hybrid》【新世界戦記】

小藤 隆也

殺意 1

 程なくしてセルヒラードが目を覚ました。彼は直ぐに起き上がろうとした。リオールとテツは止めようとしたが、彼は二人を右手で制して上体を起こした。顔が苦痛に歪む。そして彼は二人の顔を交互に見てから、ゆっくりと静かにテツに向かって頭を下げた。

「すまんテツ。何も出来なかった」

 セルヒラードの肩が震えている。彼は涙を流していた。そしてうつむいたままテツの腕を掴み、

「たのむ、お嬢を……」

 言いかけて喉を詰まらせる。リオールがセルヒラードの肩に手を置き、一度なだめ落ち着かせてから、何が起きたのか説明を求めた。
 セルヒラードは時折、口惜しさに唇を噛み締めながら事の真相を正確に細かく語り始めたのだ。

「……。奴らはここから北西にある牧場跡地に来いと言っていた。俺は君らへの伝言役として生かされたに過ぎない…」

 周到に準備されていた襲撃の一部始終を聞かされ、テツとリオールは、自分達の迂闊さを痛感しながら、同時に奴らの非道への怒りの感情が増していくのを感じていた。

「奴らの言動から、お嬢が殺される事はないと思う。だが、無事というわけではない。容赦ない暴力をお嬢に向けてくるだろう」
「早く!一刻も早くお嬢を…」

 言い終わらぬ内に、重傷の身体で立ち上がろうとするセルヒラードをテツが止めた。

「リオールさん。ここでセルヒラードさんの介抱をお願いします。それと、いつまでもジュラをあのままに…」

『この子、一人で行く気だわ』

 テツの決意を敏感に察したリオールが、テツの話しの途中で割って入った。
 
「待ちなさい、テツ君。あなた、一人で山賊達の所に行くつもりではないわよね」
「それは駄目ですよ。行くにしても、先ずは人数を集めないと」

「大丈夫ですよ、無茶な事はしません。なんとか隙を見つけて助け出すだけです。一人で闘ったりしませんよ」

 やはり行く気であった。一見冷静に見えてはいたが、テツは焦っているのだ。
 リオールにはわかっていた。フロンが連れ去られているこの状況で、テツが冷静でいられるはずなどない事を。この子は今のこの会話の時間すら惜しいと思っている。本当なら今直ぐ駆け出したいに違いないのだと。

「テツ、俺を馬に乗せてくれ!折れた骨に気を通せば身体は動く。お嬢の盾くらいにはなれる筈だ」

 こちらも冷静ではない。セルヒラードは、自分の目の前でフロンを連れて行かれ、山賊への怒りと自分への失望で我を忘れている。
 なんとか二人を止めなければならない。リオールは説得を続ける。

「駄目ですよ、テツ君。相手は待ち構えている。隙なんて簡単に見せる筈がない」

「大丈夫、僕は冷静ですよ。兎に角奴らの状況だけでも探ってきます」
「それには一人の方が動きやすい。お二人はここで待っていて下さい」

「だけどねテツ君。一人では何かあった時も対処に……」

 今のテツを止める事は不可能だろう。だが、それでもなんとか止めようとリオールは食いさがったが、テツは聞かなかった。

「……。それからジュラの事をお願いします。なんとか運べないか、茶店の人に聞いてみて下さい」

 そう言い残してテツは離れを跡にしてしまった。彼は馬に跨ると、あっという間に北西の方角に消えていった。

「セルヒラード。あなた本当に動ける?」

 テツが去った後、リオールはしばらく考え込んでいたが、おもむろにセルヒラードに向き直り、真剣な表情で尋ねた。

「テツ君は必ず無茶をするわ。こうなってしまっては私達も動かざるを得ない。一人でも多く救援に向かわなくてわ」

「動くだけなら出来る筈だ。必ずお嬢は守る」

「あなたの命は保証出来ない、いや、おそらく死ね事になるわよ」

「構わん」

 二人はお互いの顔を見合わせながら決意を固めた。
 セルヒラードはリオールの肩を借りて立ち上がり、表に出て馬に乗せてもらった。
 リオールは茶店の方に行き、店の人に事情を話した。ジュラの方には直ぐに人を出してくれる事になったが、山賊の討伐には直ぐには人が集まらないという事だった。集まり次第に向かってくれるという約束を取りつけ、リオールも馬に跨った。
 セルヒラードが痛みを堪えてリオールの腰にしがみつき、リオールは馬を走らせた。早まった無茶はしてくれるなと願いながら、二人はテツの後を追ったのである。

 リオール達が出発した後、茶店では一人の男が怪しい動きを始めた。討伐に加わる人数を調べ始めた、山賊の仲間であった。テツ達はたったの3人しかいない上に1人は重傷を負っている。問題にはならないだろうと判断して、討伐隊の方を詳しく調べてから報告に走るつもりのようである。


 テツは初めての土地にもかかわらず、迷う事なく牧場跡と思わしき所に到着した。まるでこの場所を初めから知っていたかの様にである。
 目の前の林の先が広く開かれている。かなり大規模な牧場だったのだろう、開かれた土地は広大であった。だが、幸いな事に山賊のアジトと思われる巨大な建物までは、テツの地点からはさほど離れてはいない。
 テツのいる林から30メートル程の所に小さな小屋があり、その小屋に、おそらくは牛舎として使っていた物だろう細長い大きい建物が3棟、隣接するように建っている。目指すアジトと思われる、サイロの付属した巨大な建物はその向こうにそびえていた。広大に開かれた土地は、その巨大な建物の左・後ろ・右と囲むように広がっているのである。

 テツは手近な木に馬を繋ぎ、小さな小屋を目指した。大きな音は立てられない。おそらく見張りであろう人影が小屋に入っていくところを、先ほど目撃しているからである。テツは鎌を構えながら、静かに素早く小屋に取り付いた。

『いる!おそらく一人だ!』

 テツは神経を集中して、小屋の中の気配をうかがう。見張りの男の人種はアースイエロー。見張り役を命じられた事が不満なのだろう。時折外を確認はするものの、やる気はなく、ブツクサと独り言を言っては酒を煽っている、初老に近い歳の男である。

『いける!』

 リオールの心配していたように、やはりテツは本当には冷静ではなかった。焦ってもいた。初めて人と相対するというのに全く躊躇がない。普通の状態とは程遠く、錯乱しているとさえ思える異常な精神状態だったのである。
 そんな中でテツは己の気を高め、扉越しに見張りの呼吸を読む。そしてタイミングを測り、一気に小屋の中に飛び込んだ。
 見張りは反応し切れていない。テツは飛び込んだ勢いのまま右上から左下まで、鎌を振り下ろした。

『マズイッ』

 小屋は道具小屋であった。テツの大きな鎌を振るうには、狭く物も散乱していたのだ。道具を吊るす為の物であろう、天井から下がっている鉄の金具にあたり、鎌は僅かに軌道を逸れた。鎌の切っ先は見張りの眉間を掠めて空を切った。

「死ねや小僧!」

 当然の如く武装していた見張りが、狼狽しながらも斧を振り上げ反撃に出た。しかし、テツから見たら遅い。
 鎌の切っ先を返して、左下から振るう。見張りとテツとの間には作業台と椅子があり、今度は椅子の背もたれが鎌の軌道上にあった。

『マズイか、いやイケル。振り切れ』

 鎌は背もたれにあたったが、木でできた背もたれを切り裂き、そのまま鎌の切っ先は見張りの右の腹から左胸までを斬り裂いた。見張りはしばらく呻いていたが、程なくして絶命した。

 テツは初めて人を殺した。見張りが呻いている姿を見て手が震えた。絶命する時には気分が悪くなった。そして頭の中が真っ白になった。

『早くフロンを助けないと』

 真っ白になった頭に、一番にその事が思い出された。今やらなければならない事。何よりも大事な事を思い出した。だが普段の冷静なテツは戻っては来なかった。

『それ以外、何も考えるな!』

 テツは鎌を構え直して、牛舎の方を見つめた。

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